#31 「プロモーション」
ピンポーン。
軽快なチャイム音がリビングに響く。
俺はビクッと反応してソファから飛び起きた。
「はーい!」
冷凍庫のアイスを物色していた義母より早く玄関へダッシュする。
ドアを開けると宅配便のお兄さんが爽やかな笑顔で立っていた。
「お届け物です。天音様ですね」
「はい!」
「ここにサインをお願いします」
受け取った段ボール箱はずっしりと重い。
伝票の依頼主欄には『株式会社チャハーン楽器』の文字。
俺は逸る気持ちを抑えながら箱を自室へ運ぶ。
カッターナイフで慎重にテープを切り箱を開ける。
緩衝材の海の中にそれは鎮座していた。
『CHAHA-N05』。
マットブラックの金属筐体。
無骨だが洗練されたデザイン。
フロントパネルにはアルミ削り出しのノブが整然と並んでいる。
渋いぜ。
「カッコいい……」
思わず溜息が漏れる。
最新のガジェットを手にした時の高揚感は何歳になっても変わらない。
いや中身はおっさんだから変わらなくて当然か。
早速デスクの上の機材を再配置する。
これまで使っていた入門用のインターフェースを脇に退け、特等席に『CHAHA-N05』を設置する。
USBケーブルをPCに接続しドライバをインストール。
認識は一瞬。
トラブルなくセットアップが完了するあたり流石はチャハーン楽器製だ。
「さて、お手並み拝見と行きますか」
俺は愛用のギターを手に取りシールドをインプット端子に差し込んだ。
ヘッドホンを装着しボリュームを上げる。
まずはクリーントーンでコードを一発。
「へえ……!」
鳥肌が立った。
音が「近い」。
膜が一枚剥がれたようなクリアなサウンド。
ピッキングのニュアンス、弦の振動、倍音の広がり。
その全てが余すことなくデジタル信号に変換されている。
無音時のノイズフロアが圧倒的に低いのだ。
「これは想像以上に馴染むね」
もちろん機能性も大事だが、使っていて馴染みやすいかも重要だ。
(これなら前より更に繊細な表現ができそう)
カッティング、アルペジオ、リードフレーズ。
どんな奏法でもしっかりと追従してくる。
一通りの仕様や使用感は把握できた。
「よし。構成を練ろう」
俺はギターを置き、メモ帳を開いた。
ただスペックを羅列するだけじゃつまらない。
実際に音を聴いてもらうのが一番だ。
それも、この機材のポテンシャルを最大限に引き出すような。
「うーん……デモ用の曲、作っちゃうか!」
ジャンルはフュージョン寄りのテクニカルロック。
クリーンのカッティングから激しいディストーションサウンドまで幅広く使い、ダイナミックレンジの広さを証明する。
ベースもライン録りで録音し、低域の解像度をアピール。
そして何より、ノイズの少なさを活かした静寂の表現を入れる。
俺の中でイメージが膨らんでいく。
*****……
それから三日間。
俺は学校から帰るとすぐに部屋に籠もり、動画制作に没頭した。
作曲、録音、ミックス。
そしてレビューパートの撮影と編集。
特に気をつけたのは「正直さ」だ。
吉永さんとの約束通り、良い点だけでなく気になった点もしっかりと盛り込む。
『音質は最高ですが、付属のUSBケーブルが少し短いですね。デスクトップPCを床置きしている人は別途長いケーブルを用意した方がいいかもしれません』
『あと、フロントパネルの文字が小さくて暗い場所だと見づらいかも。慣れれば手探りで操作できますけどね』
こういう些細な不満点を挙げることで、逆にレビューの信憑性が増す。
褒めちぎるだけの動画は視聴者には響かない。
「リンカネ」という配信者のフィルターを通した、等身大の言葉が必要なのだ。
「……よし、完成」
最終レンダリングが終わった動画を確認する。
尺は15分弱。
前半で製品の概要とスペック解説。
中盤でデモ曲の演奏。
後半で総評とまとめ。
テンポよく、かつ情報は濃密に。
「義母さん、チェックお願いできるかな」
俺はリビングでテレビを見ていた義母を呼び寄せた。
「おっ、できた? どれどれ……」
義母は真剣な眼差しで画面を見つめる。
デモ曲のパートで身体を揺らし、解説パートで「ふむふむ」と頷く。
「うん、分かりやすい。私みたいな機械音痴でもなんとかなりそうな感じがするね」
「それは良かった。専門用語多すぎなかった?」
「大丈夫。字幕見れば分かるからねー、在処の説明が上手だからスッと入ってくる」
義母は両手で「おけおけよ~」とノリノリである。親馬鹿入ってないかと少し心配になるな。
俺は深呼吸をして、吉永さんに確認用の限定公開用のリンク先を送る。
数時間後、返信が来た。
『拝見しました。……完璧です。
修正点はございません。このまま公開をお願いいたします。
特にデモ曲のクオリティには関係社員も驚愕しております』
(よし)
クライアントのOKも出た。
あとは公開するだけだ。
「ふうー……はいっと」
マウスカーソルを『公開』ボタンに合わせる。
カチッ。
――【新機材導入】プロ御用達!?最新オーディオインターフェース『CHAHA-N05』をガチレビューしてみた【オリジナル曲あり】
投稿後、すぐにはそんなに再生数は回るまい。今のうちに他のことを済ましてしまおう。
「よしっ……さあーて、ご飯の準備っと」
*****……
翌日。
学校から帰宅した俺は、恐る恐る動画の反応を確認した。
再生回数:174,000回
「うおっ……伸びてる」
公開からまだ24時間経っていないのにこの数字。
やはり前回の歌枠で増えた登録者がアクティブに見てくれているようだ。
コメント欄をスクロールする。
【うぽつ】
【企業案件キター!】
【リンカネちゃんが案件とか胸熱】
【チャハーン楽器か。渋いとこ突いてくるなあ】
【デモ曲がカッコよすぎる件】
【これ見てポチりました】
【正直なレビューで好感持てる】
【使いかた分かりやすっ!】
概ね好評だ。
「案件動画だから」といって敬遠されることもなく、むしろコンテンツとして楽しんでもらえている。
(まだ企業案件がメジャーになっていない故の物珍しさもあるだろうし)
「ポチりました」というコメントがいくつかあるのが嬉しい。
なんとかプロモーションとしての役割は果たせそうだ。
俺は小さくガッツポーズをした。
自分の作った動画が、企業の売上に貢献する。
その事実は再生数や登録者数とはまた違った、実績として大きな武器になる。
「ただいまー!」
義母が帰ってきた。
「うちの子たちも例の動画見たってさ。大好評だったよ」
うちの子たちとは、佳代さん含むライブハウスの従業員だろう。
「そりゃ良かった。こっちも吉永さんからもメール来てたよ。『予約注文が急増しています』って」
「すごいじゃん! 在処効果だ!」
次も期待されるだろう。
もっと良い動画を、もっと良い音楽を。
(俺の知識という貯金が有利に働いてる間に成長しないとな)
今世の身体に宿る才能は前世の記憶持ちである俺ですら扱いきれていない。
演奏技術に限れば前世を超えている。
(今回のような企業案件も成長に利用させてもらう。今後も問題なければ積極的に受けていこう)
「さ、ご飯にしよっか。もう準備はできてるよ」
「やった! お腹ぺこぺこだよー」
「今日は義母さんが好きなカツカレーね」
「っしゃあ!」
拳を突き上げる義母の背中を見ながら、「ぷっ」と堪えきれず笑ってしまう。
こういう愉快で元気なところがたまらなく好きなのだ。料理の腕にも、つい熱が入る。
「福神漬けいる?」
「いる!」
*****……
1:名無しの視聴者さん
演奏系動画投稿者リンカネについて雑談をするスレです。
荒らしは即通報&NG設定。
ネットマナーを守りながら利用しましょう。
次スレは>>950
……
…………
………………
521:名無しの視聴者さん
リンカネの案件動画見た?
522:名無しの視聴者さん
見た
クオリティ高すぎて真顔になったわ
523:名無しの視聴者さん
デモ曲が普通に神曲なんだが
曲単品の動画が上がってないのが悔やまれる
524:名無しの視聴者さん
チャハーン楽器もすげえな
まだまだ未成熟な場所で企業案件回すとか勇気あるわ
525:名無しの視聴者さん
小学生がオーディオインターフェースのレビューする時代……
俺が小学生の頃なんて鼻水垂らしてセミ取ってたぞ
526:名無しの視聴者さん
>>525
今でも垂らしてるだろ
527:名無しの視聴者さん
>>526
やめてくれ~
528:名無しの視聴者さん
しかし音良かったな
値段も手出しやすいし
529:名無しの視聴者さん
買え
良いと思ったら買え
530:名無しの視聴者さん
あの動画見て危うくポチるとこだった
プレゼン上手すぎだろ
531:名無しの視聴者さん
悪いとこもちゃんと言ってくれるのが信用できる
ケーブル短いのは確かに盲点だった
532:名無しの視聴者さん
企業側もよくOK出したなあれ
533:名無しの視聴者さん
自信があるからこそだろ
チャハーン楽器の株上がったわ
534:名無しの視聴者さん
リンカネちゃんどんどん遠くへ行ってしまう……
535:名無しの視聴者さん
古参アピールおじさんは置いていくぞ
536:名無しの視聴者さん
ま、待て
537:名無しの視聴者さん
次はどんな案件来るかな
ギターメーカーとか?
538:名無しの視聴者さん
食品メーカーかもしれんぞ
料理動画も人気だし
539:名無しの視聴者さん
ありそう
「このフライパン、音がいいんですよ(カンカン)」
540:名無しの視聴者さん
>>539
料理で音楽を?!
541:名無しの視聴者さん
これからの活躍も楽しみだな
登録者数もガンガン増えてるし
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