第13話 年上の女の真実

先ほどまでいたファミレスとは打って変わり、モダンでモノトーンのインテリアが洒落ているカフェのテーブルで私と女性は向かい合って座った。


女性は軽く手を挙げてカフェスタッフを呼び、すばやくアイスコーヒーを頼んだ。


「あなたは?」


そう促され、私もアイスミルクティ―を頼む。


注文した品が届くまでの沈黙の時間が長く感じられ、やっと目の前に飲み物が届くと思わず大きく息を吐き出した。


女性はストローでアイスコーヒーを一口飲むと、やっと言葉を発した。


「とりあえず自己紹介しない?名前も知らない人間同士じゃ腹を割って話せないでしょ?」


女性は余裕たっぷりにそう言って微笑んだ。


「私は神原奈美子。あなたの名前は?」


「私は・・・一宮皐月といいます。よろしくお願いします。」


そう奈美子さんに頭を下げながら、こんな状況なのに低姿勢に出てしまう優等生な自分が嫌になる。


「で?さっきの話は本当なの?あなたの父親と五代冬実が結婚したって・・・。」


「はい。事実婚なので苗字はそのままですが。」


「私を納得させる証拠になるもの、あるかしら?」


それでもまだ疑いの目を向ける奈美子さんに、私はスマホの写真フォルダに保存しているパパと冬実さん、廉、そして私の4人で写した画像を見せた。


パパは冬実さんの肩を抱き、冬実さんはパパに寄り添い、柔らかい笑みを浮かべている。


奈美子さんはその画像を、ただ氷のような眼差しでじっとみつめていた。


「あの・・・信じて頂けたでしょうか。」


奈美子さんは私の問いに答えずに、プッと息を噴き出したかと思うと、大きな声で笑い出した。


「あーはははっ!」


その目には涙がにじんでいる。


しばらく笑い続けた奈美子さんは、その後真顔になりハンカチで目元を拭いた。


「何にも知らずにあの女、幸せになったんだ。可哀想な廉君。」


廉が可哀想・・・?


あの女って冬実さんのことだよね。


「あの・・・奈美子さんは冬実さんのお友達、ですか?」


だとしたら廉は母親の友人とお付き合いしているの?


でもそれはあまりにも不自然に思えた。


すると奈美子さんは私を鋭い目で睨み、吐き捨てた。


「ふん。お友達?笑わせないでよ。私はあの女が大嫌いなの。どうせならあの女が逝けば良かったのよ。どうして誠一郎さんが・・・」


そう語尾を弱めた奈美子さんは泣きそうな顔をした。




まだ話が見えず混乱している私の表情に、奈美子さんは再びアイスコーヒーを口に含むと、口元を歪めた。


「皐月ちゃんだっけ。あなた彼氏いる?」


何故そんなことを聞かれるのかも判らないまま答える。


「いません。」


「そっか。じゃあ好きな男の子は?」


頭に浮かび上がった廉の顔をあわてて打ち消す。


「いません。」


「そう。」


自分から聞いておきながら、次の瞬間まったく興味のないようなそぶりを見せる。


そして急に核心にせまった言葉を吐いた。


「皐月ちゃん、廉と私の関係を知りたいのよね?」


「それは言われなくてもわかっています。恋人、ですよね。」


自分の口から飛び出た恋人、という言葉に打ちのめされる。


「違う違う。廉は私のことなんか全然好きじゃないの。」


「じゃあ、なんで・・・」


「いいこと教えてあげる。」


奈美子さんがローズピンクの唇を引き上げた。


「廉は身代わりなの。」


「身代わり・・・?」


「私が愛しているのはこれまでもこの先も、ずっと誠一郎さんだけ。私は誠一郎さんと付き合っていたの。いわゆる不倫の関係ってやつ。」


「廉のお父さんとあなたが不倫・・・?」


冬実さんが今も大切な想いを持ち続けている誠一郎さんが、廉の良き父親だった誠一郎さんが・・・不倫?


にわかには信じがたく、私はただ呆然としていた。


そんな私の様子など気にもとめず、奈美子さんは話し続けた。


「誠一郎さんは私の会社の上司だったの。優しくて頼もしくて、私はすぐに誠一郎さんを好きになった。でも誠一郎さんはすでにほかの女性のものだった。」


「・・・・・・。」


「ある日、仕事でミスをして落ち込んだ私を慰めるために、誠一郎さんは食事に誘ってくれたの。私はあふれる想いを隠し切れなくなって駄目もとで告白した。あなたが好きですって。最初は困惑していたけれど、誠一郎さんは私の想いに応えてくれた。嬉しかったな。」


奈美子さんは当時を思い出したのか、穏やかに微笑んでみせた。


「不倫とは言っても、誠一郎さんは心から私を愛してくれていたわ。時期を見てあの女と別れるって、私と結婚するって、そう誓ってくれていたの。」


「・・・・・・。」


「誠一郎さんは星が好きでね。夜のデートで空を見上げながら星座を教えてくれたわ。そのあとは必ず私のマンションへ寄って、キスをして抱き合ってベッドで深く愛し合った。そして」


「もうやめてください!」


これ以上、こんな話聞きたくない。


冬実さんと廉が誠一郎さんに裏切られていたなんてこと・・・ふたりには絶対に聞かせたくない。


「ごめんね。バージンで潔癖な皐月ちゃんには少し刺激が強すぎたかしら。」


バージンだと馬鹿にされ、私の耳が燃えるように熱くなる。


「だから誠一郎さんが亡くなった時、私の世界は終ったと思った。ううん。今でも思ってる。誠一郎さんは私の全てだったの。」


「・・・・・・。」


「でも・・・私はお葬式にも行けなかった。辛くて悲しくてやりきれなくて。」


奈美子さんはそう言ったあと、人が変わったように目をギラつかせた。


「だからね。私のこの地獄のような心を、あの女にも分けてあげようと思ったの。」


「え・・・?」


「葬式が終わった翌日の午後、あの女と廉が暮らすアパートを訪ねたわ。誠一郎さんと私の仲を教えてあげようと思ってね。」


「!!」


「けど、あの女不在だったのよ。ほんと悪運の強い女!で、そのとき初めて会ったの。廉に。」


「まさか・・・」


私の嫌な予感は的中した。


「廉にあなたと誠一郎さんとのことを話したのですか?!」


「ええ。話したわ。」


奈美子さんはケロッとした顔で言った。


「廉はなんて・・・。」


「ええ。冷静だったわよ?黙って私の話を聞き終えて、私に一言だけ告げたの。このことを母には話さないで欲しいって。冗談じゃない。私はあの女の苦しむ顔が見たかったのに。でも・・・そのときもっといい復讐を思いついたの。」


奈美子さんは悪魔のような微笑みでつぶやいた。


「あの女の大事なものを奪ってやろうってね。私、廉に取引を持ち掛けたの。ねえキミ、私と付き合わない?私と付き合えるなら、お母さんにはこのこと黙っててあげるわよって。」




もう何も聞きたくなかった。


けれどここまで来た以上、最後まで聞かなければならない。


真実を知りたがったのは他の誰でもない私なのだから。


「廉は即答したわ。わかった・・・俺はあなたと付き合いますってね。」


「酷い・・・どうして・・・どうしてそんな真似が出来るんですか!」


私の叫び声に、奈美子さんが不思議そうに笑った。


「ふふふ。あなた何言ってるの?」


「廉はあなたとの付き合いに疲れてる。もういい加減、廉を解放してください。」


私の絞り出すような声を聞きながら、奈美子さんは頬杖をついて珍しい生き物を見る目をした。


「さっきからなんなの?私と廉は合意の上で付き合ってるの。家族だかなんだか知らないけど、最近知り合ったばかりのあなたが口出しする権利なんてないと思うけど。」


「私は廉の義姉です。廉を守る義務があるんです。」


「義弟が誰と付き合おうがあなたには関係ないでしょ?」


「関係あります。」


私は息を大きく吸ってハッキリと宣言した。


「私は廉が好きだから。」


奈美子さんは右眉をぴくりと動かして私をまじまじとみつめた。


「それは家族愛?それとも男として廉が好きなの?」


「・・・わかりません。でも廉が辛い思いをするのは耐えられない。」


「失礼ね。廉もけっこう楽しんでいると思うわよ?」


その言葉の意味に、私は青ざめた。


「でも・・・そうね。そろそろ廉を解放してあげてもいいかもね。」


「お願いします!」


私は必死の思いで頭を下げ続けた。


「やめてよ。まるで私が悪者みたいじゃない。」


奈美子さんが急に猫なで声を出した。


「わかった。あなたに免じて廉を解放してあげる。もう廉には連絡しない。」


「ありがとう・・・ございます。」


「でも・・・もちろんタダではないわよ。」


奈美子さんの意地悪そうな眼差しが私を射抜いた。


「もちろん、その代償はあなたが払ってくれるのよね?」


「え・・・?」


私の笑顔が凍り付き、奈美子さんは妖艶に微笑んだ。


「今度はあなたが私を楽しませてよ。」


「それは・・・どういう意味ですか?」


「私の男友達でね、女子高生と付き合いたいっていう変態がいるの。男ってほんと若い子が好きなのね。」


「・・・・・・。」


「あなたみたいに清楚で可愛い子、きっと気に入るはずよ。あなた、そいつと付き合ってよ。皐月ちゃんの心意気に免じて・・・そうね、一回だけでいいわ。そうすればもう廉には二度と会わないと約束するわ。どう?」


「・・・・・・。」


固まってしまった私に、奈美子さんがバッグから自らの名刺を取り出してそれを差し出した。


「そんなすぐには決められないわよね。もし決意が固まったら連絡頂戴。もちろんその名刺を捨てて私との取引を忘れてしまうのもアリだと思うわ。その場合、廉との付き合いは続けさせてもらうけどね。すべては貴女次第。」


「・・・・・・。」


「じゃ。あ、ここの支払い、よろしくね。」


奈美子さんはそう言って手を小さく振ると、すばやく店を出て行った。


残された私は、ただ小刻みに震える身体を両手で抑えながら、必死にこれから自分がどうすればいいのか、そればかりを考えていた。



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