第2話

「ほかには?」

 答えを促す男と目が合った。男の瞳は虚無そのものだった。もはや光がさすことのない暗黒に心が蝕まれ、静かに朽ちることを覚悟した瞳だ。

 もしかしたら、自分はとんでもない過ちを犯したのではないかと、女の脇から汗が流れる。

「ほかには?」

「えぇええっいぃ。うるさい、沖田総司を斬るのか斬らないのか、はっきりせいぃっ!」

 男の終わりのない問いかけにしびれを切らして、後ろにいた女の一人が金切り声をあげた。

「おしず、なんてことを」

 隣にいた女が同僚をたしなめるが、お静と呼ばれた女はつんとあごを突き出して憮然とした様子だ。

「あ、秋山様……」

 女は恐々と秋山を見た。秋山は地面に腰を下ろした姿勢のままに、虚空を睨みつけていた。

 怒らせたと、女は打掛の袖を握った。

「もうしわけ……」

「もう、おそい、きた」

「えっ」

 刹那、風が舞った。風よりも速く、雪よりも軽い。まるで化生けしょうの気配があった。

 女三人の後ろに影がさし、ぬっと音もなく現れる死神の姿。

 頭巾姿の女たちは振り返り悲鳴を上げた。

 だんだら模様の浅葱の羽織に、長身の猫背。平目眼ひらめまなこの両眼が獲物を見定めた猟犬宜しく、女たちを見据えている。

「ひぃっ! 沖田、総司……」

 女の一人が短い悲鳴をあげる。

「えぇ、どうも、沖田総司です。たくさん恨みをかった自覚はあるけど、僕の暗殺を、こんな大声で相談しているなんて、良い度胸だね!」

 そう言って沖田は口の端を釣り上げた。

 殺生与奪を握る勝者の笑みだ。

「そ、そんな。此処は巡察の範囲ではないはず……」

 静は目の前の現実が信じられず身を震わせた。まさか、自分の軽挙がこんな災厄を呼び寄せるとは。

「今日は非番なんでね。暇だから自発的に巡察してたんだ」

 沖田総司は余裕を崩さない。腰にさした刀に手をかけて、流れる動作で抜刀する。

「ひぃいいい」

 たまらずに静は腰を抜かした。隣の女も呆然と立ち尽くし、打掛の女も死を覚悟した。

――が。

「待てっ!」

 秋山の凛とした声が路地に響き、女三人は瞠目した。

 刃のように冷たく煌めく瞳。女を押しのけて前に出る身体からは、力強い熱が龍のごとく立ち上り、垢で黒く汚れた着物が鴉の羽根のように翻る。

「私はまだ、依頼を受けていない。なので、ここは私に免じて見逃してくれないだろうか」

 打掛の女は秋山の申し出に度肝を抜かれた。

 まるで人が変わったかのように話す秋山は、背筋をまっすぐ伸ばし、堂々と全身で寒風をうけとめていた。

「秋山様っ!」

 女は声をあげた。

 新選組の容赦のなさは池田屋騒動で世に轟いている。一度牙をむいた相手を壬生狼は絶対に見逃さない。

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