Ep.5.0.1

サプライシステムズに在籍している状態で、谷中昌行をはじめとする数名がM社の関連子会社・オフィスアルファの東京支社に常駐する話があってから、早くも一年が経とうとしていた。発注元のM社は、サプライシステムズだけではなく、競合他社であるグローバル・メディア社も同時に常駐させ、サポート業務の効率と品質を競わせていた。昌行の上司・谷津本部長は、このグローバル・メディアに対し、何とか一矢報いたいと躍起になっていたが、果たして昌行はこの期待によく応え、業績の伸長に貢献していた。


しかしながら、それは昌行が好んで業務に精励していたためではなかった。むしろ昌行は、谷中家の抱えている問題から、目を逸らしていたかったのである。出勤曜日が週毎に変わるだけでなく、勤務時間帯についても、早番と遅番とが入り交じった変則的な勤務体系となっていた。勤務が終われば疲れて寝に帰るだけの日が増えていたが、家族たちと顔を合わさずに済むのは、かえってそれは好都合だった。弟の昇が店に立てない日は次第に増え、もう一人の弟・滋の負担が増していった。こうした日々を送るうちに、昌行の心身は少しずつ軋んでいたのだったが、まだそれを本人は自覚できていなかった。


月例の連絡会議がサプライシステムズ社で行われた秋のこの日は、初秋というには寒いくらいだった。社屋に着いた昌行を派遣社員の斉藤秀美が見かけて声を上げた。「わぁ、谷中さん! 会えてよかった!」「やぁ、しばらく。お元気そうでよかった。今日は会議があってこっちに来たんですよ」「谷中さん、疲れてるみたいね」 そうとだけ言って秀美は帰ろうとした。この頃には、既にサポート部門内での須永陽子への風当たりが強くなっていることは、周知の事実であった。あくまでも社の方針を遂行していたのに過ぎなかったのだが、須永ではなく、谷中さんがいてくれたらこんなことにはなっていなかった。そんなことを言う者もあったようだ。


 須永への風当たりが強くなっていたのは、他にも理由があった。田岡慎一が部署の縮小の話を、社の先行きも怪しいとして派遣社員たちに漏らしてしまったためでもあった。そのために、契約更新に応じない派遣社員が多く出てしまい、職場の雰囲気が一気に荒れた。田岡はその責任を取らされて、減給の後、社を去っていった。昌行は、業績の伸長を一方で喜んでいる谷津に対する不信感を抱くようになっていた。


「私ね、来月から別の会社に行くことになったの。谷中さんとお仕事できて、楽しかったよ。ちっとも誘ってくれなくて、さびしかったな。じゃあね」 足早に立ち去る秀美を、昌行はただ見送ることしかできなかった。謝ることも、言い訳することも違うのではないか。昌行はそう考えることが精一杯だった。

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熾火 しょうじ @showgy0717

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