第5話:新たなる作戦

「全く、これだから旧世代型というのは」

「…誠に、申し訳ございません。」

 K-26は、イライラしてる西野少佐に全力で頭を下げて謝罪をしていた。少女アサヒの部屋で眠ってしまったK-26は、完全に朝の訓練に遅れてしまったのだ。

「余り物の補欠要員だからと調子に乗って勝手な行動をするなどとは、役立たずどころか部隊の足を引っぱる害悪もいいところですね。」

「まあ少し落ち着け西野少佐、彼は先日の任務で負傷して復帰したばかり、それに昨夜は一晩中機体の整備も行っていたとのことだ。疲労も溜まっていたのだろう。」

「…ですが中佐、最前線の戦力だというのに時間の調整もできないというのは、これは明らかに大問題です。よりにもよって民間人の少女と一緒に寝るとは、部隊の恥さらしめ!」

「そう言うな西野少佐、彼はその救助した少女の保護も上層部から任されているんだ。彼はその任務を全うしようとしてるだけだ。今日のところは大目に見てやってくれ。」

「…今度また同じようなことがあれば、大量の爆薬を積んでママイルの群れにでも特攻してもらいますよ!」

 西野少佐はそう言い捨てると、不満げにその場を去っていった。

「…本当に申し訳ございません、岡本少佐。まさか自分が、このような失態を犯してしまうとは…」

「お前も、少しは人らしくなったという事か」

「…え、どういう事ですか?」

「まあとにかく、お前が多忙なのは分かるが、時間配分はきちんと考えろよ。適度に休むことも、任務の内だ。」

「…はい、気をつけます。」

「まあ、お前なら遅れた分もすぐに取り戻すだけの技量もあるだろう。いつでも出撃できるよう機体のチェックをしておけ。」

「了解しました、失礼します。」

 K-26は岡本中佐に敬礼をし、自分の機体をのある格納庫へと駆けていった。


(…はぁ、何でこうも上手くいかいものかなぁ) 

 K-26は頭を抱えていた。あの少女、アサヒの部屋へは少しだけ様子見でもしてすぐに訓練へ戻るはずだった予定がまさか自分がアサヒと一緒に寝てしまうとは、完全に想定外だった。これまで作戦や訓練においては、集合時間よりも早めに着いているのが当たり前だったのだが、今回で初めて訓練に遅れた。無理が祟ってしまってのか、それとも少女の保護という慣れない任務による緊張からだろうか。そう思っている内に、K-26が格納庫に到着した。

「…なッ!」

 格納庫に来てみると、K-26は驚いた。何とそこには、部屋で眠っていたはずのアサヒが機体を見つめながら立っていた。

「何で、君がここに⁉」

「…君って呼ばないで」

「あ…あぁごめんアサヒ、それで何でアサヒがこんなところに、寝ていたんじゃなかったのか?」

「さっき起きた」

「…そ、そうなのか、それでどうやってこの格納庫に…」

「周りの人から聞いた」

「…あの、悪いけどここは民間人は入ってはいけないところなんだぞ。」

「…なんで?」

「なんでって……軍の機密情報だし、この機体も軍の一応重要な兵器だし…その…」

「あたし、これに乗った」

「…まぁそうだけど…」

「じゃなんで駄目なの?」

「う……」

 K-26は、言い返すことができなかった。アサヒはK-26の愛機、ブルー・マンティスをしみじみと見つめ、興味津々で観察し始めた。

「変な頭」

 アサヒは、ブルー・マンティスの四角くまっ平らな頭部を観てそう言った。

「…まあ、そうだな…」

 ブルー・マンティスや他のプロトファスマも、対ママイルとの戦闘において様々な戦闘に対応できるように、人型兵器として汎用性を重視した設計になっているが、頭部、もといカメラアイの部分はママイルに攻撃されても耐えられるように平らに作られている。そのため、プロトファスマは人の姿である直立二足歩行ができるよう作られているが、頭部だけ機械的になっているのでどうもちぐはぐに見える。

「……」

 アサヒは、K-26の顔をじっと見つめて何かを訴えているような顔をしていた。

「どうした?急にこっちなんか見て……もしかして…乗りたいの?」

 アサヒはこくっと頷いた。

「ダメだ、これは玩具じゃないんだぞ、対ママイル用の戦闘兵器だぞ、一般人が乗るような―」

 アサヒは、K-26の忠告を聴いてもなお、その黄色い綺麗な瞳を輝かせて目で訴えてきた。

「……はぁ、分かったよ。ちょっとだけだぞ」

 厳しくできないK-26は、アサヒをコックピットまで続いているタラップに案内すると、機体のハッチを開けた。

「ほら、ここがコックピットだ。計器類には触るなよ、見るだけだからな。」

「……」

 アサヒは興味津々にコックピットの中を隅々まで見回す。

「これ、何?」

「…レーダーシステムさ、それでママイルの位置を特定している。旧式のレーダーなだけあって整備も一苦労何だよな…」

「これ、ニムが作ったの?」

「え…ニム?」

 K-26は聴きなれない言葉に首を傾げた。

「うん、26だから、ニム。」

「…それ、俺のあだ名?」

「うん」

 アサヒは、さも当たり前かのようにK-26をあだ名で呼んできた。今までずっとK-26としか呼ばれなかっただけに、K-26はぽかんとしていた。

「…嫌だった?」

「…いや、別に嫌とかじゃなくて。その、あだ名なんてつけられた事なかったから。」

「じゃニムでいい?」

「…まぁ構わないけど」

 アサヒは満足げな顔をしていた。そして、再度K-26に質問する。

「ニムがこれ作ったの?」

「まあ作ったというか、整備はいつも俺がしているよ。他に整備する人がいないからね。」

「…どうしていないの?」

「人手不足さ。俺みたいな補欠要員は自分で自分の乗る機体の整備をしろ、と上の人たちから言われているのさ。」

「何でニムは補欠―」

ビーッ、ビーッ

 アサヒがそう言いかけた時、本部から緊急通信が入った。

『全キャディット・チャイルドへ、ママイル出現、直ちに第二ブリーフィング室へ集合せよ!繰り返す、ママイル出現、直ちに第二ブリーフィング室へ集合せよ!』

「ママイルが出現!」

 K-26は表情を変えてアサヒをコックピットの外へ出し、ハッチを閉める。

「アサヒ、すまないが緊急招集がかけられた。俺はこれから作戦ブリーフィングに参加しに行く。アサヒは部屋に戻っといてくれ!」

「…え、ちょ」

 K-26はアサヒの言葉を聴かずに急いで走って格納庫を去っていった。


「…ここか」

 K-26はいち早く第二ブリーフィング室へ到着した。ドアを三回ノックすると、失礼します、と大きな声で挨拶しながら中へ入った。部屋の中には、西野少佐と岡本中佐、そして最新のキャディット・チャイルド達が数名ほど座っていた。

「ほぅ、今回は遅れませんでしたか。残念です。遅れていれば、大量の爆薬を積載して特攻を行ってもらおうと思っていたのに。」

 西野少佐の嫌味に、他の最新型キャディット・チャイルド達はクスクスと笑い出していた。その後、後からぞろぞろと他のキャディット・チャイルド達も入ってきて、計30人ほどが集まった。

 部屋は暗くなり、大きなスクリーンに画像が映し出された。

「ではこれよりブリーフィングを行います。つい先ほど、偵察機からママイルの大群を発見したとの報告が入りました。その数、およそ200。」

「に、200だと⁉」

「なんて数だ…」

「この前より多い…」

 ママイルの数にキャディット・チャイルド達はざわついていた。

「静かに!」

 西野少佐が大声で怒鳴り、ざわついていたキャディット・チャイルド達を黙らせる。

「このママイル群の目的は、進路から計算して数十キロ北西にある市民の避難区域であると推測されます。この避難地域に到達する前に、敵ママイル群を一体とも残さずに殲滅することが今回の作戦目的です。」

 西野少佐の物言いに、一人のキャディット・チャイルドが手を挙げた。

「少佐殿、お言葉ですが我々は今は補欠を合わせても30機しか稼働できる機体がありません。とても対応しきれる数では…」

「その通りです。正面から戦えば、数で圧倒され押し切られてしまう事でしょう。そこで、君達には三つの隊に分かれていただきます。」

「三つの…部隊?」

「そうです。それぞれ部隊名をα部隊、β部隊、γ部隊と呼称します。α部隊は敵ママイル群の正面に立ち、適度に攻撃した後撤退し、敵ママイル群を南方へ誘導し引き付けてもらいます。続いて、βとγ部隊はα部隊が引き付けたママイル群の側面へ展開し、ママイルの感知射程外から長距離砲撃を行い、ママイルを殲滅してもらいます。」

「α部隊は、おとり役…という事ですか」

「ええそうです。この作戦の要は、このα部隊の活躍にかかっている、といっても過言ではないでしょう。そして、そのα部隊はこの方々に行ってもらいます。」

 西野少佐がそう言うと、スクリーンに10人の名前、いや型番が映し出された。その中には当然のようにK-26の名も入っていた。

「……」

 K-26はさも自分は一番危険な役をやらされるのだろうと、うすうす感じ取っていた。

「はぁ、この俺がが旧世代と同じ部隊とはね、とんだ貧乏くじを引いたものだ」

「これで私、死ぬのね」

 とK-26の隣から縁起でもないヤジが飛んできた。

「この10人以外のβ、γ部隊のメンバーは長距離射程武装へ換装を行うように。では、一時間後に出撃、各自機体の最終確認を行うように、以上。」

 スクリーンの画像が消え、電気が付いた。

 西野少佐と岡本中佐は急いで部屋から出ていった。その後各々他のキャディット・チャイルド達も自分の機体を整備しに部屋を出ていく。

「…私、死ぬのね」

 K-26の隣でそうぶつぶつ呟いているのは、N-28だった。最新型でありながら数少ない女性のキャディット・チャイルドだった。彼女は戦績も優秀で射撃の腕も高いはずなのに、なぜかK-26と同じα部隊に配属された。

「……」

 K-26はどうすればいいのか分からなかった。

「よりにもよって、何で私が、旧世代型と一緒なんて…」

「…あの、一ついいですか?」

「何?旧世代型」

 N-28は嫌そうな顔でK-26を見つめた。

「整備に行く前に一つだけ言っておきます。…旧世代だからと言って必ず死ぬ訳ではないんですよ」

「ッ!」

 K-26は彼女にそう言い残すと、第二ブリーフィング室から出ていった。


 格納庫に戻り、自分の愛機ブルー・マンティスの最終確認をしようとしたが、K-26は思わず足を止める。

「…アサヒ?」

 なんと、先ほど自分の部屋に戻るよう促したはずのアサヒが、まだ格納庫の中にあるブルー・マンティスを見つめていた。

「何してる?部屋に戻れと言っただろ。これから機体の最終確認をするから、危ないから下がってて」

「さい…しゅう…どういうこと?」

「ママイルが出たんだ、だからこれから出撃するために、機体のチェックを行うんだ、いつでも戦えるようにね」

「ママイルと…戦うの?」

「ああそうだ、だから下がって―」

「いく」

「え?」

「あたしも…行く。連れてって。」

「…はぁ?」

 あまりの唐突な言葉にK-26は困惑した。

「何言ってんだ、ダメに決まってるだろ!アンタは民間人なんだぞ、危険な戦場に連れて行かせられるか!」

「あたし、ママイルの場所…分かる」

「ッ!?」

「何となくだけど…分かる…きっと役に立つ」

「……」

 K-26は思い出す。あの時、この子は確かにワーム型ママイルの居場所を正確に言い当てた。だが、今度も言い当てられる保証はどこにもない。

「お願い…連れてって」

 アサヒはまたK-26の顔をしっかりと見つめ、目で訴えてきた。

「…ああもう!そんな目で見ないで。分かった。」

「連れてってくれるの?」

「…あぁ、ただし条件がある。」

「?」

「戦場では俺の言うことには必ず従うこと、いいな?」

「うん、分かった」

「それと…」

「…何?」

 K-26は工具箱を開けると―

「ちょっと手を貸してくれ」








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ディストピア・プレデター 虫島 光雄 @mithuo643

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