第2話:任務

 二年後。

 日本-静岡県-駒門駐屯地。かつては戦車を中心とした機甲教導連隊が配置されていたが、現在では日本最大級の対ママイル兵器、プロトファスマを中心とした機動部隊が配備されている。

 そして、それを操縦するキャディット・チャイルド達の育成訓練も積極的に行われている。

(警告、六時ノ方向二敵五体ヲ確認、距離五十)

カチッカチッ、ガシャ。

頭部に大きなヘッドギアを付け、プロトファスマの操縦席に見立てた小さなボックスの中で、仮想空間のママイルを次々と撃破していく。

(二時方向、新ナル敵ノ増援ヲ確認)

ピ、ピピッ、カチャ。肩に搭載されているミサイルをママイル、いや、ママイルに見立てた仮想敵のポリゴンにロックオンし、放つ。ミサイルはママイルに向かって一直線の飛んでいき、爆散。ポリゴンのママイルが次々と消えていく。

―刹那、残っていた数体のママイルがミサイルの爆発に紛れて急接近。自機まであと数メートルという所まで差し掛かった。

「……」

ガシャ、カチッカチッ。

操縦している青年は微動だにせず、表情一つも変えずに残ったママイルにサブマシンガンの標準を向け、見事すべてを撃破した。

(敵ノ全滅ヲ確認。命中率九十四パーセント。操縦技量、適正。コレニテ、仮想戦闘シュミレータヲ終了シマス。オ疲レ様デシタ。)

「…ハァ」

 青年はため息の混じった小さな声を出しながら、頭部のヘッドギアを外す。ボックスの扉が開き、本来の光である陽光が青年の目に入り込んでくる。だが、その青年の目に輝きは一切無かった。高難度の戦闘シュミレータをやり終えたというのに、青年の瞳は光沢が消えて焦点が合わず虚ろになっており、完全に生気を失っていた。

「おい、不良品」

 虚ろ目の青年に後ろから、金髪の逆立った青年が話しかけてきた。

「…はい、何でしょうか、軍曹」

「返事が遅ぇよ!舐めてんのか不良品、それと俺を呼ぶときはN-35軍曹と呼べ!」

「失礼しました、N-35軍曹殿。」

「だいたいお前のような旧世代型の不良品が俺達と同じ前線で戦っているのが   不愉快なんだよ。お前、ひょっとして撃墜数を水増しして報告してんじゃねぇのか?」

「お言葉ですが、その様な事は事実無根です。私は戦闘データの改ざんなど一切しておらず、そもそもデータの改ざんなんてできません」

「ふん、どうだか。先の戦闘シュミレータで適正と判断されたくらいで調子に乗るなよ不良品」

「…あの、N-35軍曹殿、話はそれだけですか?」

 虚ろ目の青年は軍曹の話を無理やり切り、要件を聴こうとする。

「第三隊長の西野大佐がお呼びだ。お前に大佐直々に依頼があるから至急、第三会議室へ来い、との事だ」

「隊長が、私に直々の依頼?」

「分かったらさっさと行け不良品」

「…了解しました。失礼します。N-35軍曹殿」

さっと軍曹に敬礼をすると、虚ろ目の青年はすぐその場を後にした。

「…不良品め、さっさと任務で死ねばいいのに」


  虚ろ目の青年は、急いで駆けていく。そして、第三会議室と文字の書かれたドアを三回ノックし―

「失礼します。こちらK-26、只今着任しました」

虚ろ目の青年、いやK-26は即座に姿勢を正し、会議室にすでに座席に座っている四十代ほどの男性二人に敬礼をした。

「遅いぞ、私の立案した作戦会議に遅れるとは、とんだ無礼者ですね」

「よせ西野、彼は仮想戦闘シュミレータによる適性試験を行っていたところだ。K-26、今回のシュミレータの結果はどうだった?」

「はい、こちらが今回のシュミレータデータです。岡本中佐殿」

そう言って、K-26は口の周りに立派な髭を託した中年の少々小太りの男性、岡本中佐に、先の仮想戦闘のデータが入った端末を渡す。

「命中九十四、試験適正、うむ、仮想ママイルの不意撃ちにもきちんと対応できている。これなら、今回の作戦への参加は適任と見なしていいだろう」

「当然です。こんなシュミレータごときで九十パーセント以上を叩き出せない役立たずなど、戦場ではデコイ程度にしかなりません」

 丸っこい岡本中佐に対して、西野少佐はかなりピシッとしていてキレがあり、顔は四十代とは思えないほど整っており、いつもお気に入りのアンダーリム眼鏡をかけて、いかにもできる男、という風格がある。しかし、性格は傲慢でキャディット・チャイルド達に対してはやたら高圧的で、特にK-26のような旧世代型の人造人間に対しては見下しており、人ではなく”物”として扱うような態度である。

「では、これより作戦内容を説明します。旧世代型が私の立案した作戦に参加出ること、光栄に思いなさい。」

 会議室の照明が落とされ、壁に掛けてあったスクリーンに映像が映し出される。

「今回行う任務は、旧市街地、及びその周辺区域の調査です。貴様も知っての通り、ここ清水地域はママイルの進行により、清水市は壊滅的な被害を出してしまいました。先行した新世代N型の執行部隊により、何とか進行してきたママイルの迎撃は成功し、敵ママイル群は全滅したと報告を受けています。しかし、我々はまだ、この清水地域の拠点を完全に掌握できていません。中には逃げ遅れた市民もいる可能性も考えられます。貴様の任務は、この壊滅した清水地区の周辺域の調査を行ってもらう」

「…私一人で、ですか」

k-26がそう呟くと、今度は岡本中佐が口を開いた。

「そうだ、先も述べたように、主力のN部隊はママイル迎撃作戦で消耗しきっている。他の部隊も機体の修復や整備で出撃はできん。今、まともに出撃できるのはお前だけだK-26」

「…了解しました」

「作戦内容は以上です。プロトファスマの準備ができ次第、速やかに出撃してください」

「ッ了解です!では機体の準備に取り掛かります。失礼します」

 K-26はお二方に敬礼をすると、第三会議室を飛び出し、格納庫へと向かう。

(……)

K-26は自分専用の機体がある格納庫駆けながらもどこか浮かない表情をしていた。

(安全性の確保もできていない地域に単機で調査を行わせる、か。やはり、所詮は捨て駒としか考えていないのか)

 例えこの任務でK-26が死んだとしても、部隊にとっては痛くも痒くも無い。上層部にとってK-26などもはや型落ちした不良在庫でしかなかったのだ。

―とそんなことを考えているうちに、自分の機体の置いてある格納庫までやって来た。そして、K-26は格納庫の扉を開ける。

「…やぁ、相棒」

 そこには、K-26が入隊した時からずっと乗っている機体、「ブルー・マンティス」が勇ましく佇んでいた。








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