トイレ事情

 男子トイレと女子トイレ、ソーハがどちらに入るのかと言えば、当然だが男子トイレだ。彼自身は自分が女子みたいな見た目をしている自覚も無いし、女装しているつもりもない。

 では自発的に女装をしているキタローはどうなのかと言えば、こちらも男子トイレである。彼はあくまで『女装している』だけであって、トランスジェンダーのように心まで女性なわけではない。

 しかし、二人のトイレの入り方は独特だ。

「ふぅ……間に合ったー」

 キタローはスカートを握ると、そのまま何度も指を動かして捲し上げ、それからパンツを下げる。

 ミニスカートだったこともあって、さほど時間はかからなかったが、それでも奇妙な見た目に変わりはない。

 ソーハはどうなのかというと……


「え? ちょっ!?……あっははははっ。ソーハちゃん全裸じゃん!」

「ぜ、全裸とは違うんですよ!? 多分……」

 ソーハの着ているサイクリングウェアは、ちょっと複雑だ。

 まず、レーシングビブと呼ばれるものを、素肌の上から着ている。

 これはレーシングパンツと似ているが、ウエストにゴムが入っておらず、代わりにサスペンダーのような肩ひもがついている。よく『レスリングのユニフォームみたいなやつ』と例えられる見た目だ。

 その肩ひもを外さないと、ビブを下げることが出来ない。そして肩ひもを下げるには、上着であるジャージを脱ぐしかない。

 前開きジャージのファスナーを下ろし、完全に脱ぎ切ったソーハ。次にジャージを持ったままビブの肩ひもを外して、太ももまですとんと下げる。ウエストにゴムが入っていないので、お尻まで出てしまう。

「全裸よりエロっ! やばいわ半脱ぎソーハちゃん」

「ボクも、最初は抵抗があったんですけどね。でも慣れてきてからは『こういうものだし、男同士だからいっか』って気持ちになってたんです……さっきまで」

「今は?」

「もーっ。キタローさんのせいで恥ずかしくなってきちゃったじゃないですか!」

「あっはっはっは」

 壁に阻まれることのない、男子トイレの小便器。隣に立っておしゃべりしながら、楽しく連れション。

 服装や顔立ちのことを考えなければ、今の二人はいかにも男子らしいひと時を過ごしていたのかもしれない。


「といれといれ―」

「あー、まってよー。ぼくもー」

 子供たちの声が、トイレの中まで響いてきた。外で遊んでいたのだろう。こんなさびれた公園でも、どうやら遊びに来る子供は居ないわけじゃないらしい。

「あ、誰かいる?」

「え?」

「……」

「……」

 子供たちは固まった。

 彼らにとっては、いつもの公園。いつもの時間。いつものトイレだ。そこに、今日はいつもと違う人がいる。

 メイド服を着て、スカートをたくし上げ、女性ものの下着を見せつけながら立ちションしているブロンド縦ロールの子と、

 ほぼ裸で、細身だが柔らかそうな素肌を晒すポニーテールの子だ。

 どっちも綺麗なお姉さんで、どっちも小便器に向かって放尿している。

「う……」

「?」

 子供たちには、目の前の二人が『お姉さん』に見えたのか、それとも『お姉さんみたいな何か』に見えたのか、それは分からない。

 ただ、彼らは悲鳴を上げて逃げた。

「うわああああああ!」

「ごめんなさああああああい!」

 取り残されたソーハとキタローは、お互いに顔を見合わせた。

「ああ、そのっ……行っちゃった。もー、キタローさんのせいですよ」

「いやいや、半分はソーハちゃんのせい……うん。もう半分はあーしのせいだわ。少年たちの性癖、壊してないといいんだけどねー」

 公衆トイレは難しい。




 いろいろあった日の夜、ソーハは家に帰って風呂に入り、部屋で少しだらだらと過ごしていた。最近は寝苦しい夜も増えて、ソーハの部屋着も薄手で露出度高めである。

 本人的には、じつはサイクリングウェアが一番締め付けも緩く、部屋着で使うならそれが一番のような気もするのだが……

「ん?」

 ベッドに置いたスマホが、静かに通知を告げる。つじげん先生からだ。


 つじげん『よう、起きてるか?みんな』

 ノボル 『起きてるよ。どうした?』

 キタロー『あーしも起きてるー』


 ソーハも他のみんなに倣って『まだ起きてました』とだけ送る。するとつじげん先生が本題を話し始めた。


 つじげん『今日も暑かったし、大変だったからな。来週は川で泳いだりしないか?』

 ノボル 『おお、いいな。俺も久しぶりに泳ぎたかったぜ』

 キタロー『え? ちょっと、あの例の件の問題は?』

 つじげん『ああ。秘密のアレか。そっちはソーハと話をつけとくから大丈夫だ』


 キタローの心配は、『水着なんか着たらソーハが男だとノボルに知られてしまう』というところである。かといってソーハに女用の水着なんか着せようものなら、ソーハからも変な勘繰りをされる可能性が高い。

 しかし、つじげん先生にはそれを解消する良い作戦があるらしい。


 つじげん『まあ、なんにしても来週、また集まろうぜ』

 キタロー『信じてるからね。つじげん先生』

 ノボル 『おお、頼んだぜ』


 それぞれの返信を見たソーハは、一言だけ『楽しみです』と送った。

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ノボルのソーハ 古城ろっく@感想大感謝祭!! @huruki-rock

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