第9話 追えない!?

「騎馬と歩兵を分断する。一文字いちもんじをつくれ!」

 袁勝エンショウの命により荷車は、賊に向かって横一列に並べられた。

 この荷車を使っての布陣は、第三輜重隊しちょうたいでは普段から訓練を行っていて──。兵士は勿論、輓馬ばんばも慣れた感じでおとなしくしていた。

「敵が別れたら片方を叩く、別れなければ引き付けてを行う。歩兵を待つ場合は、こちらから仕掛ける」

 袁勝の声にゆらぎはない。


──いつもと同じ隊長だ。

 その認識に、百鈴ヒャクリンは何かを感じたが、その正体については判然としなかった。



 先行してきた敵の騎馬隊は二手に分かれた。

 荷車の壁を左右から回り込み、こちらを挟撃きょうげきしようというのだろう。

「右側を叩く。崩れれば各個撃破を狙え。距離を取られれば一文字の向こうへ退避だ」

 袁勝はそこまで言うと、皆の方を向き。

「欲張るなよ」

 と、それまでよりも少しだけ軽い感じで言って。

「行くぞ!!!」

 今度は気合いたっぷりのかつを出した。


 喊声かんせいを上げる隊員を引き連れる形で、袁勝、馬豹バヒョウ、百鈴の三騎が駆ける。

 対するは、およそ十騎の騎兵。

「馬豹、先頭左後ろだ」

「承知!」

 袁勝の声に反応した馬豹が言うや否や。



〔 脱兎捉爪ダットソクソウ 〕



 スキルを使い、疾風の如く敵に迫り一撃。

 直後、彼女を討ちに来た攻撃を撥ね除け、二騎を立て続けに突き殺した。

 袁勝、百鈴は、馬豹に向いた敵の意識の虚を突くように駆け、断ち割る。乱れたとこに、隊員たちが攻めかかる姿勢を見せたところで、敵は右に逃れた。

 袁勝以下三騎は、勢いのまま疾駆し、荷車の壁を左回りに行く。

 隊員たちは言われた通り欲張らず、壁にむかい、それぞれに隙間を抜けて、素早く反対側でまた一つの集団となった。

 袁勝達が合流したとき、二百を超えるだろう敵の歩兵が迫ってきていた。


「正面から中央を突く。その後、一班、二班、三班は俺と左に。残りは馬豹、百鈴と右だ」

 袁勝はまた皆を見て。

「敵はスキルを使うぞ、連携を忘れるな」

 思いのほか淡々と言ったあと。

「突撃!!!」

 再び大喝した。



〔 窮鼠噛獣キュウソゴウジュウ 〕



 以前とは違い、百鈴は、戦いの感覚が鋭敏になるのを自覚した。このときになって──。

──あれ? 今スキルを使ったの?

 と、先程までは素の力で戦っていたのだと気付いた。

 袁勝や馬豹はもとより、隊員たちの動きも良かったので、てっきりスキルの効果だろうと思っていたのだ。

──自分はどうだったか。

 百鈴は自身の動きを思い出そうとしたが、直ぐに。

──目の前に集中しろ!

 自分をいましめる。

 しかしタイミング悪く。

「余計な事を考えてると死ぬぞ!」

 馬豹にどやされる。

 百鈴としては歯ぎしりする気持ちだったが。

「はい!」

 強く返事をした。


 輜重隊は敵に突っ込んだ。

 小さな塊が、歩兵の原野を耕すように突き進む。

 百鈴にも敵の動揺は見て取れた。

 それはそうであろう。

 騎馬の一団ならいざ知らず、同じ歩兵、それも衆寡しゅうかに圧倒的大差ついている相手に、一方的に押し込まれているのだ。

 隊が敵の中央辺りまで進んだとき。

「散開!!!」

 袁勝が言うや否や、部隊は二手に分かれ、更に班ごとの小さな集団が適度に広がり敵を倒していく。

 その光景は当の百鈴をして、獣のを食い破る寄生虫のようだと思わしめるものだった。

 当然の事ながら、この異様に、敵は浮き足立った。

 だが中には、背後に回り込もうとする冷静な者たちもいて──。それらは袁勝、馬豹が指示を出し、各班を密集させたり、自分たちで突撃したりして未然に防いだ。

 百鈴も、右に槍を短く、左には剣を持ち、突っ込むたびに数人を打ち倒した。このような場面で、左手の修練が役に立つとは、彼女にとっても悪くない誤算であった。

 百鈴は、このままいけば敵は完全に崩れるとの予感をもった。


 そのときだった。

 喧騒に混じって、馬蹄の音が響いてきた。

「百鈴、集合だ!」

 馬豹が言う。

 百鈴たちは袁勝の元で、一つの塊に戻った。そして迫り来る騎馬隊に向かって密集隊形で踏み込んだ。

 が──、敵の騎馬隊はぶつかる直前で進路を変え、そのまま駆け去った。

 そして、それに連動するかのように、歩兵達も幾つかに別れて距離を取り始めた。

 輜重隊は、近くの敵に襲いかかったが、そこに騎馬隊が再びあらわれた。横槍を入れるつもりらしい。騎馬で妨害されれば、隊の機動力では、逃げる敵に追いすがるのは難しかった。

「私が指揮官を討ちます!」

 馬豹が言うが。

「いや、いい・・」

 袁勝は許可せず、隊は密集形態のまま、その場にとどまった。


 敵軍は速やかに撤退した。





 于鏡ウキョウは荷台の上に寝かされていた。

 奪ったものは全て置いてきたが、元々最低限の小さな荷車は引いていた。荷物はどうしたか分からないが、たぶん、捨ててきたんだろうと于鏡は想像した。

 傷は、とりあえずの手当で血は止まったが、痛みは酷く、車の振動ははなはだこたえた。


 損害は71、四分の一を失う大敗だった。

 うち二名は于鏡と一緒にいた騎兵であり、あのとき自分が負傷しなければ、結果は大きく違ったのではないかと考えざるを得ない心境だった。


 于鏡には、敵と歩兵との戦闘で、一体何が起きたのか分からなかったが。

「おそらく、部隊を強化するスキルを持ってる奴がいる」

 呼延枹コエンホウが言って、一定の納得はいった。

 しかしに落ちぬこともある。

 集団に作用するスキルは非常にまれで、国はおろか、世界に何人いるだろうかという次元だ。そのうえ、味方を強化するというなら、その有用性はとても高い。

──そのような貴重なスキルを持つ者が、どうして輜重隊などにいるのか?

 加えて。

──いくらなんでも強すぎではないか?

 六倍以上の相手を物ともしない、そんな事がありえるとは、実際目にした後であっても信じがたかった。しかも只の兵ではない。呼延枹と于鏡、二人で鍛えた精兵と戦ってだ──。


 ここで于鏡は呼延枹に意見を聞きたくなり、少し身を起こしてまわり見てみたが、見える範囲にはいないようだった。

「于鏡殿、横になっていて下さい」

 近くの兵が言う。

「ああ──、すまん。ところでホウ様はどうしているか、分かるか?」

 于鏡は二人の間では、呼延枹のことを呼び捨てたり「お前」と言ったりするが、他の者が介するときは必ず枹様と呼んだ。

「呼延枹様は騎馬隊を率いて、何処かに行かれました」

 これに于鏡は身を乗り出した。

「行った? どこへ、いや、どっちの方向へ行ったのだ?」

 強く聞く。

 その形相に、兵は戸惑ったが。

「方向としては、戦場に戻るような感じになると思います」

 調子を崩さずに答えた。

「急ぎ、誰でもいい、中隊長を呼べ!」

 于鏡は痛みを押して声を出した。


 直ぐに中隊を預かる者が来る。

「呼延枹様が戦場へ向かったのは確かか・・」

「はい。追走がないか見てくるとおっしゃっておりました」

「今すぐ追って、お止めしろ! 何としても連れ戻すのだ!!」

 于鏡が声を張る。

 しかし、中隊長は困惑した表情で。

「それは──、それが・・」

 言葉の出が悪い。

「はっきりしろ!!!」

 息を吸った時点で激痛が走ったが、于鏡は構わず大声を出した。

 中隊長は。

「それが、呼延枹様は全ての馬を集めて騎馬隊を編制し直しまして、それを全てお連れになったので、今現在こちらには馬がありません」

 恐懼きょうくしながら言葉にした。


「枹様──!」

 于鏡は言って、天をあおいだ。

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