第12話

 数時間後、大人二人がお酒飲みながら駄弁り始めていたが、子供二人は食事も終わり暇を持て余していた。

 その時、雪花せつかの隣でジュースを飲んでいた桃ノもものきが、雪花の服の裾をチョンと引っ張った。

 雪花は、甘々な声で返答する。

「ん? どうしたの?」

 すると桃ノ木は、何故か少し恥ずかしそうにテレビを指指した。

「あれ、やろう」

「あれ──」

 って何、と訊く前にテレビに目をやると、答えはすぐにわかった。

 おそらく桃ノ木は、ゲームで遊びたいのだろう。

 そう察した雪花は、満面の笑顔で言う。

「いいよー、何やる?」

 正直に白状してしまうと、雪花は生まれてこの方一度もゲームという物に触れたことがなかったのだけれど、まぁ小学生相手だしなんとかなるだろうという甘い目論みがあるにはあった。けれどそれ以上に、桃ノ木と何かで遊ぶというのはとても喜ばしいことでもあった。

「やった……。えっとね──西奈にしなー私が出たゲームってある?」

 特別やりたい物があったとかではなく、ただ自分の出た作品の自慢をしたかっただけだったのかな、なんて事を雪花は考えていた。

 可愛なぁ。

 聞かれた西奈は、テレビの方を指差し、何本かのゲームの名前を読み上げていく。

 雪花は聞いたこともないゲームばかりだったけれど、その数、数十本はあったので、それだけ桃ノ木が売れているという証拠なのだろう。

「うーん、この中なら雪花と一緒にできるのはこれかな」

 言って桃ノ木が選んだゲームは、『プラネタリウム』というタイトルのゲームだった。

「何? 星見るゲーム?」

 もちろん雪花は聞いたことがないので、どういうゲームなのかもわかないけれど、タイトルからおおよその予測をした。

 けれど、それは外れたようだった。

「違う、これはそんな生温いゲームじゃないよ」

「じゃあどういうゲームなの?」

「これはね、格闘ゲームっていうジャンルのゲームだよ。私と雪花がキャラを操作して、相手を倒すの」

「相手っていうのは、その、桃ちゃんってこと?」

「そう、一対一のゲームだからね」

「なるほどね。勝負かいいね、負けた方はなんか罰ゲームとかあるの?」

 自分が負けるとは一向に思っていないのか、自らそんな提案する雪花。

「罰ゲームか、あってもいいけど、いいの? 私、このゲームやったことあるし多分勝っちゃうけど」

「は、小学生には負けないですよ。流石にね」

 そう流石に。

 そんな大言壮語な事を言って、先の事を考えていない雪花を、お酒を飲みながら見ていた西奈は心の中で微笑ましく見ていた。

「じゃあ、負けた方が勝った方の言うことをなんでも訊くっていうのでどう?」

 ゲームを始める準備をしながら、桃ノ木はそう提案してきた。

 それに対してもちろん雪花は、首を縦に振る。

「いいよそれで、大分陳腐な罰ゲームだけれどね」

「結局のところ陳腐が一番楽しいでしょ?」

「確かにね」

 その受け答えはまるで、熟練のゲーマーのようだった。

 それから、ゲームを起動し、キャラクター選択画面で、桃ノ木はリゲルという少女のキャラを選択した。

 このリゲルは、もちろん桃ノ木が声を担当したキャラクターだ。

 対して、雪花は初めてのゲームでキャラクターも全てが初見だったので、なんとなくでキャラクターを選択すると、横からそのキャラクターの説明が入った。

「そのカストルってキャラ、確か西奈がキャラ設定してたはず──だよね?」

 桃ノ木が後ろに振り向き確認を取ると、西奈が五杯目のお酒を啜りながら手を丸の形に変えた。

「そうなんだ、西奈さんが」

 雪花は、西奈がしている仕事は小説を書いているだけだと思っていたけれど、本当は、他にも色々とやっているらしい。

 ゲームのシナリオであったり、映画の原案であったりなど、文字を綴る仕事ならば大抵のことはこなしている。

 それこそが西奈という作家の、もう一つの側面であり、もう一つの化物染みたところでもある。

 雪花は、そんな作家が担当したキャラクターをただ漫然と、選んでしまったことに多少の気恥ずかしさを覚えた。

 西奈が悪いとかではなく。

 ただ、情報もなしに引き合ってしまうのは、やはりどうしても気になってしまうのも仕方がない。

 そこに追い討ちで、桃ノ木が一言付け加えた。

「本当に、二人は相性がいいんだね」

「そんなことは、ないと思うよ、普通普通」

「そんな謙遜しなくても、まぁいいや、とりあえず始めよっか。勝負は先に三回勝った方が勝ちの三先、負けた方は、相手の言うことを何でも訊く罰ゲーム、それでいい?」

 スタートボタンを押せば試合が始まる画面で、指を止め、桃ノ木は最終確認をする。

 雪花は対して、コクっと頷いた。

 自信はたっぷりだ。

「いいよ、絶対に負けないから」

「そう、じゃあ──ゲームスタート」

 その一言で口火を切ったこの後の二人の命運を分ける勝負の結果は、雪花の大敗だった。

 勝負の内容を詳細に書くことは、する気はないけれど、どういう内訳だけは、記しておこう。

 結果は、桃ノ木が雪花に一本も取らすことなく圧勝。

 それもそのはずで、桃ノ木はそこそこ、このゲームをやり込んでいたのだから。

「ずるい、桃ちゃんがこんなにゲーム上手いなんて聞いてないよ」

「言ってないし、言う気もなかったし」

 桃ノ木は、言いながら口笛を吹き嘯いた。

「騙したな」

「騙してはないし、確認を怠ったそっちが悪いでしょ」

「いや、だって、流石に小学生になら」

「勝てると思ってた? 甘いね。そういう思い込みが激しいとこ雪花の悪い癖だね。知ってる? 世界っていうのは自分が思っている以上に広いモノなんだよ」

 小学生に哲学的な説教を受けて雪花はさらに、肩を落とす。

「まぁ、そんな落ち込んでないでさ、気分上げてこ? なんたって小学生から罰ゲームを貰えるんだから、それは雪花にとってはご褒美でしょ?」

 確かに、その通りだ。プラスに考えれば小学生に負けたこと自体が、ご褒美と取れなくもない? 

 雪花は思う。

 自分はいつからプラス的に物事を考えられるようになったのだろうか、と。

「で、私は何すればいいの? 桃ちゃんの椅子にでもなればいい?」

 訊くと桃ノ木は食い気味で、勢いよく言った。

「それは本気でキモいからやめて」

「なんでー? ウィンウィンでしょ」

「全然、普通にルーズウィンだから、雪花の一人勝ちだから」

「そう? じゃあ私は何をすればいいのさ、正直私がいじめられる以上のことは何もできないと思うけれど」

「いじめられるのが、最高クラスにあることには突っ込まないでおくけど……私のお願いはだから──」

 今まで意気揚々としていた桃ノ木が、ここに来て何故だか表情を少しだけ赤く染め上げる。

「どうしたの? そんな見るからに照れた表情して、また私を騙す気?」

「そうじゃなくて、いざ言うとなるとなんか照れ臭くって」

「照れ臭いって、何、エッチなこと?」

「雪花、西奈に似てきたね」

 似てきたねって、桃ノ木は西奈に会う前の雪花を知らんだろとも思いつつ、西奈に似てきた……それはいいことなのか? と同時に疑問も浮かぶ。

 数週間一緒に暮らしていれば、似てしまうのも仕方がないとも思わなくはないけれど、にしても雪花の場合は影響を色濃く受けてしまっている感があるのも否めない。

 それが良いことか悪いことかの答えを今出す意味はないし、今後も出すことはない。

 だから話を本筋に戻そう。

「それで、何回話が脱線してるんだって話だけれど、結局桃ちゃんのお願いってなんなの? 私は何でもする気でいるけれど」

「私のお願いは──逆にここまで引っ張るとハードル上がりすぎてて言いにくいけど、まぁいいや、言う。言うからちゃんと聞いといてよ」

「う、うん。もちろん聞いとくよ」

 言って雪花は、唾を飲み込みどんなモノが来ても大丈夫なように、気合いを入れなおす。

 隣に座っている桃ノ木は、深呼吸をして、緊張をほぐしているようだ。

 二人共の準備が終わり、多少の間が空間を彷徨った──その時、桃ノ木は、口を開いた。

 

「わ、私とまた──ゲームで遊んで!」

 

 雪花は桃ノ木の言葉に目をパチクリさせ、聞き返す。

「え?」

 すると桃ノ木は頬をぷくーと膨らませ、少し怒った様子を見せた。

「ちゃんと聞いててよって言ったじゃん!」

「聞いてたよ、もちろん聞いてたけれど、なんかその」

「普通だった?」

「まぁ言葉を選ばずに言うのなら」

「だから言ったじゃん。ハードル上がりすぎてるって。そんな大層なモノじゃないのに……私はただ、一緒に遊んでくれる人が欲しいだけなのに」

 桃ノ木が今言った事は、雪花には今日一日で、初めての本心のように思えてならなかった。

 もちろん、全てが全部嘘だとは雪花も思ってはいない。けれど、なんとなく感じるのだ。この子は自然に、上部だけで会話をしている場面が多々あると、小学生なのにも関わらず、自分の気持ちを、本当の気持ちをあまり言わないのではないのか──言えないのではないか、と。

 大胡と喧嘩をして涙を流していたのは、おそらく嘘ではないのかもしれないけれど、雪花は思う。それすらも演技だったのでは、そうするのが、この場での正解で、そうするのが、この場を上手く回せるから、だからそう演ったのでは。

 今日は、たまたまそれが空回りしてしまっただけなのだ。きっと。

 大胡と喧嘩をした時、西奈は言っていた。いつもあんな感じだと、いつもと変わらない日常を桃ノ木は、演じていた。なのに、今日は少し違う日常になってしまった。

 その原因が何なのか、そんなこと雪花にはわからない。

 そもそも、何故、桃ノ木という小さな少女が、小学生がやるのがとても真っ当だとは言えないような、役回りを演じているのか、それすらも雪花にはわからない。

 けれど、一つだけ雪花にもわかることがある。

 一言言ってあげればいい。

 その声色は、桃ノ木ほど無数には存在しないけれど、言ってあげればいい。

 優しく。

 言ってあげればいい。

「もちろんいいよ。私なんかでよければいつでも遊び相手になってあげる」

 と、言ってあげれば──いい。

 そうすれば、少女は笑顔になってくれるのだから。

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