第7話

 家案内を終えた雪花せつか西奈にしなは、パーティーの準備を始めることにした。

 パーティーと言っても何か飾り付けなどをするでもなく、はたまた料理が豪華になるというわけでもない。

 じゃあ何がパーティーなのかというと、名目上としかいうことはできない。

 もちろん、この為に食材を想定よりも多く買いはしたので、普通よりは多くの料理が作られるのだけれど、それは豪華と言えるほどのものではない。

 だから名目上のみだ。

 つまりは、気分だけでもパーティー感出そうぜ、ってやつなんじゃなかろうか。

 正直雪花自身もよくわかっていないけれど、西奈の提案を無下にはできないし、何より多少でも自分の事を楽しませようとしてくれているという、その優しさが雪花は嬉しかった。


「雪花ちゃん本当に器用だね」

 料理を作り始めて数十分経った頃、最初はどれだけ大丈夫と言っても聞く耳を持たずに、横に立って見守っていた西奈も、雪花が器用に料理を作っていく姿を見て安心したのか、今は机に座りながら台所に目を向けていた。

「そうですか、自分でもそうなんだろうなって思ってますけれど、褒められて嫌な気はしないのでありがとうございます」

「正直だね。まぁ事実そうだから否定のしようもないんだけど、たださ、雪花ちゃんと出逢って多分数十時間経ってると思うんだけど、あたし気づいちゃったんだ」

「何をですか?」

 訊きながら、野菜の水洗いを始める。

「雪花ちゃんってさ、正直な様でいて本当は、言っていいことと悪いことの区別はつく子なんだなって、多分これまであたしに対して言いたいけど我慢してたこといっぱいあるでしょ」

「そうですかね、私は結構正直に言っているつもりですけれどね」

「そう? まぁ雪花ちゃん自身がそう思うならそうなのかもね。あたしが勝手に感じちゃっただけだし、気にしないでね」

 西奈はそう言うが、もともと、そこまで気にするような発言ではない気が雪花はしている。

 そもそも、雪花の感情や考え方を聞いてくれる人なんて、生まれてこの方両親ぐらいのものだった。

 その両親だって、雪花がどういう生き方をしようとそこに口出しはしてこない。

 そういう境遇で生きてきた雪花が、夢や希望がない子供になってしまっても仕方ないとは言える。

 何故なら普通子供は、どれだけ感受性に乏しいとしても、親の背中を見て育つからだ。

 親の影響を受けずに育った子供は、存在しない。

 けれどその親が、雪花の親、主に母だが、母のような超絶放任主義だった場合、子供は親がどう思っているかを知らずに育っていく、それが確実に悪い方に向かうとは限らないけれど、少なくとも雪花は、今の状態になっている。

 ただ、それを悪い方に進んだと見るかどうかは、雪花を見た人次第である。

 だからというわけではないが、それは、他の人にも言えるのだ。

 誰が見たかどうかで、その人の印象が真逆になるのと、雪花の育ち方を見た人がその育ち方は悪いと思うかどうかは、結果的には同じものである。

 つまり何が言いたいのかと言えば、雪花という人間は普通であるということである。

 凡人である。他の人間となんら変わらない評価をされるし、他の人間となんら変わらない評価をする。

 評価もするし評価もされる。また人を見下したりもするし、見下されたりもする。

 そういう普通の人間なのだ。

 けれど、世の中には、やはりいるものだ。

 普通とは真逆の、天才と言える人物が。

 天才は誰から見たとしても、天才なのだ。

 その人物と出逢ってから始めて会話が途切れ始めたので、雪花は話題供給の為に西奈に問いかけた。

「西奈さんってお母さんと知り合いなんですよね」

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

「いや、ちょっと気になったんで聞いてみたいんですけど」

「先輩のこと? あたしより雪花ちゃんの方が詳しいんじゃないの?」

 家庭内であればもちろんそうだろうとは思うけれど、訊きたいのは外での母のことだ。

 母は言っていた、雪花の通う高校の文芸部の名誉部員だったと、それがなんなのかはよくわからないけれど、西奈も同じ高校に通っていたのだから、あまり登校していなかったとしても先輩と呼ぶだけの関係性はあるはずなので、多少は知っていることもあるのではという、問いだったのだけれど。

「なるほど、高校での先輩ことね。こんなあたしにも優しくしてくれる、凄い良い人で、憧れの女性って感じかな。小説の方がノッテきて、あたしがパンクしそうな時も色々手助けしてくれたしね。まぁあたしにとっては恩師ってやつなのかもね。あの人がいなきゃ今のあたしは絶対に存在してない」

「慕ってるんですね、母のこと」

「まぁ一応ね。変な人であるのは確かだけど」

「それは、家での母と変わんないですね……けれど母が文芸部関係者ってことは、西奈さん文芸部員だったんですか?」

 それは単なる興味だった。

 別に訊かなくても困ることではない。

「そうだよ。あそこで書いたやつがあたしのデビュー作だからね。あたしの初めてはあそこなんだ」

「結構真面目な話をしてるつもりだったんですけど」

「え? 何? あたしはいたって真面目なんだけど、あー、もしかして雪花ちゃんいやらしい想像しちゃった? はー、これだから思春期は」

 わざとらしいため息を吐きながら、雪花のことをおちょくる。

 この人のこういうところも、この数十時間で慣れてしまった。

「あー、うるさいですね。それで? 何かエピソード的なものがあるんですよね?」

「うんまぁ、あるよ……あたしが文芸部に入ったのってさ、言ってしまえばだったわけ、その時のあたしはやりたいこともなく適当に生きてたからさ、唯一の趣味は女子高生鑑賞ぐらいだったから、とりあえず入学式の時に目立ってた先輩がいる部活に入ってみたんだけど、そこで自分の才能に気づいたんだよ。周りの子が数ヶ月かけて作品を書くのに対して、あたしは入部して二、三日で単行本一冊ほどの作品を書き切った。しかもそれがめちゃくちゃ面白いって評判になって、先輩も凄い評価してくれてさ、だからとりえず試しに賞レースに出して見ないかってことになって、あたしはその時は、身内にだけ読んでもらえたらそれでいいって思ってたんだけど、いざ出してみると大賞受賞しちゃってさ、そこからはとんとん拍子でなんか、続刊は決まるわメディアミックスめっちゃするわで、学業との両立大変だったよ。けどそんな時でも先輩を筆頭に同じ部活の友達は、応援してくれた。その応援が力にもなった」

 それが、あたしが高校の二年の時の話──西奈がそう言ったタイミングで、料理が全てが完成した。そこで雪花は、言った。

「続きは食べながらにでもします?」

 訊くと西奈が、笑顔で頷いた。

「そうしよっか」

 

「雪花ちゃんが本当に聞きたいのってここからの話でしょ? あたしがどうして新刊を書かなくなったのか」

 西奈は、唐揚げをつまみながら雪花に問いかける。

「まぁ、はいぶっちゃけそうです。母のことなんてどうでもいいです」

「どうでもいいはダメだよ。あんな人でも雪花ちゃんの母親なんだから」

「西奈さんもあんな人とか言ってるじゃないですか、大切な恩師なんですよね?」

「あたしはいいの、天才だから」

 なんだそれ。

 思わず笑みが溢れてしまう。

「それで? 三年の西奈さんは何をしたんですか?」

「三年のあたしは──」

 それから西奈は、一年ちょっと前の話を、淡々と食事をしながら話し始めた。

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