第3話
それから
そして案内されたリビングらしき部屋で、五、六人程が座れる大きさの机の前に腰掛けると、同じようにしている西奈が早速だけど、と言い出した。
「バイトの面接始めよっか」
「え? 面接なんてあるんですか? 私てっきり即採用なのかと」
素の驚きを見せてしまった。
母からも面接があるなんて聞いていなかったけれど、伝達ミスだろうか。
まぁでもさっきのを見る感じ、ほぼほぼ受かるのは確定してるようなもんだと思うけれど。
「ん、いやそんなことないよ。今までもあたし、知り合いに頼んでバイトできる女子高生連れてきてもらったりしたけど、全員ダメだったね」
「それってさっきの奇行で、全員リタイアしたとかではなく?」
「うん、そういうわけじゃない。全員あの第一次面接は合格してる。今時の女子高生は凄いねー、あたしだったらあんなことされたら取り敢えず一発蹴り入れつつ、顔面も殴って、プラスで警察突き出すかな」
自覚はあったのか。
警察に突き出される覚悟であんなことやってるとか、やっぱりこの人頭おかしいな。
「で、面接だけど、三つの質問に答えて貰う。その質問であたしが合格だなっと思ったら今日から、あたしのメイドだ。時給はいいし、住み込みで出勤の手間もない。さらにこんな美人の天才作家と一緒に暮らせる。素晴らしい条件だろ?」
母から聞いている時給は相当なものだし、出勤の手間もないというのは確かにいい条件だ。
「はい、凄く素晴らしい条件です」
「なんか無視された気がするけど、まぁいいや。それで一つ目の質問だけど、なんで制服ブレザーなの?」
「はい?」
どんな質問が来ようと答えられるような心構えはしていたつもりだったけれど、一つ目の質問からイレギュラーすぎて思わず聞き返してしまった。
「だ、か、ら、なんで着ている制服がブレザーなのかって聞いてるの」
なぜってそんなの。
「学校の制服がこれだからって理由しかないですけれど」
それ以外に何かあるのだろうか──逆に。
クラスメイト達はそこそこの人数が、うちの高校の制服が可愛いからという理由で通う場所を選んだらしいのだが、雪花はそんなことちっとも興味がなかったので、とりあえず母が通っていたという理由だけで高校を選んでいる。
なのでなおさら、着ている制服がブレザーなのに意味なんてないのだけれど。
「いやいや、雪花ちゃんが通ってる高校って西校でしょ?」
「そうですけれど」
なんで知っているのだろう。
ここから距離があるので、普段見かけているから制服でわかるとかではないと思うのだけれど、もしかして西奈は全国の女子高生の制服だけで高校を特定できる人間なのかもしれない。
「なんで知っているかは、単純に雪花ちゃんの母親に訊いたってだけなんだけど、それより西校って制服セーラー服だよね?」
「いいえ、西校の制服は今私が着てるこのブレザーですよ?」
「嘘だよ。だってあたしが通ってた時は、セーラー服だったよ?」
「はぁ、そうなんですか。いつの時代に通われていたのか知らないですけれど、今年から制服──変わったんですよ。他の高校と合併するからって、まぁその合併もなんか急に決まったみたいなこと言ってましたね。生徒の要望を数、訊いたみたいですよ?」
西奈が西校に通っていたというのは、知らなかったけれど、よくよく考えてみれば母の後輩の出身校が西校だとすると、得心が行く。
けれど、なぜ知らないんだ? 最近まで通っていたというのなら、卒業してしまっても制服が変わることぐらいは知っていそうなものだけれど。
「あたし最後の年というか去年なんだけど、ほとんどの時間仕事してたから毎朝少しだけ顔出して、女子高生成分を吸収するだけしか、登校してなかったからね。まぁ急な合併なら知らない可能性はある」
そうか、それならば知らなくても違和感はない。
なぜなら去年の西奈といえば、十二ヶ月連続で毎月二冊本を出していたのだ。高校に通う暇なんて常識的に考えてあるわけがない。
なのにも関わらず、毎朝登校していたというのだから驚きだ。
その理由がだいぶ不純ではあるけれど。
「なるほど、でもそれなら私の母から聞いてなかったんですか? 二人の間でどんなやりとりがあったのかは私知らないですけれど、少なくとも制服を着てこいとかいう本当にキモイ変態じみた要求はしたんですよね?」
「ちょっとその突然の罵倒やめて、嬉しくて話に集中できなくなるから──ふぅはぁ、うん、教えてくれなかった。というかあたしが訊かなかった制服が変わってるなんて、想像もしてなかったからね」
まぁそりゃそうか、わざわざバイトの面接の子に対して「君の学校の制服セーラー服だよね」なんて確認するわけないか。
いや、雪花の場合は自分の出身校だからって理由でしなかっただけで、他のバイトの面接の子にはしている可能性はあるかもしれないけれど、ここで確認する意味は別にない。自分以外がどんな目に遭っていようと興味はない。
「そうですか、そういう理由なら納得です。違和感もなくなりました、ありがとうございます。けれど──納得はしましたけれど、そもそもなんで私になぜブレザーなのか? なんて質問をしたんですか? この質問のゴールってあります?」
「もちろん、あるに決まってるでしょ、あたし意味のないことなんてしたことないからさ」
「はぁ、そういうのはどうでもいいんで、ゴールの提示してもらえます?」
「せっかちだね、まぁいいや、でさっきの質問の意味は、簡単にいうなら本筋に行くための一応の確認だね。もし雪花ちゃんがブレザーに対して並々ならぬこだわりがあったとしたら、あたしの敵だから帰ってもらってたってだけの話。けど話聞いてる感じは、そんなドブに捨てた方がいいクソみたいなこだわり雪花ちゃんは持ってなさそうだから、話をゴールに進めるね」
「……はい、お願いします」
「単刀直入に訊くけど、セーラー服って着れる?」
「それは普通のですか?」
ここで咄嗟に訊くことが意味がわからないんですけれどなどではなく、普通のセーラー服かどうかというのは、完全に西奈ワールドに毒されている証拠かもしれない。
普通じゃないセーラー服ってなんだよ。
「当然、当たり前だ。あたしの中では普通のセーラー服さ」
「なんで最後強調したのかは訊かないでおきますけれど、まぁ普通のって言うのならバイトの制服だと思って着るので、全然大丈夫ですけれど」
若干の怯えはありつつも、ここで無理だと言えば確実に落とされるのは目に見えているので、頷くことしかできなかった。
これってもう脅迫なのでは?
「オーケーオーケー、それなら一つ目の質問は、合格。花丸だ、これ以上ないほどに満点、今までで一番優秀かもしれない」
一番優秀って、言い換えれば一番言うことを素直に訊いた
「で、だ。一つ目を合格したということはもちろん二つ目があるんだけど、あたしはね、もうこの時点で雪花ちゃんを合格にしてあげたい、他の子はセーラー服を着るにしても色々条件つけてきたりしてさ、正直嫌になること沢山あったけど、雪花ちゃんは違った。なんでも着るってそう言ってくれたからね」
「待ってください。なんでもは言ってないですよなんでもは、普通のなら着るって言っただけです」
「うん、で、言ってくれたからね──」
無視された。
この人話聞かない系の、ヤのつく人たちと同じ部類の人なのか?
「本当にこの時点で合格にして今すぐそのブレザーを脱がせてセーラー服に着替えさせたいんだけど、それだと今まででの子に格好がつかなくなるから、ごめんね。二つ目の質問もするね」
「はぁ……どうぞ。どうせなに言っても聞かないでしょうし」
「二つ目! 雪花ちゃんはあたしの本どれぐらい読んでるの?」
またもや意図がわからない質問で若干戸惑ってしまう。
「え、あ、えっと一応多分ですけれど、全部読んでるはずです。はい」
「二十五冊全部?」
「まぁはい、暇だったんで」
嘘はついていない。
暇じゃなかったら読書なんてそもそもしないし。
「マジかー、超嬉しい」
言いながら西奈の顔からは、笑みが溢れ出している。
そんなにかと雪花なんかは思うものだけれど、それに母からの伝聞だけれど、西奈はあまり著作を読まれても嬉しがるような作家じゃないと訊いていたのだけれど。
珍しく母の思い違いだったのだろうか。
「先輩は間違ってないよ。勘違いでもない。あたしは別に自分の本を誰かに読んで欲しいとかそういうのは特にないんだ。だってあたし天才だから、あたしが書いた本が世に出れば勝手に売れるし、確実に人の手元に届くから、いちいち読んでもらえたことに感謝なんかしないよ」
「そういうもんですか──じゃあどうして今は、そんなに嬉しそうなんですか?」
「うん? そんなの当然極まりしほどに当たり前のことじゃない? 女子高生が読んでくれるのは例外ってだけだよ」
西奈は嬉々として言った。
本当に楽しそうだな。
なんて雪花は考えながら、話を進めることにした。
「なるほどそういう理由ですか、ならこれ以上この話題を追求すると身の危険を感じるので、話を進めますけれど」
「あたしはもっと女子高生の話してもいいけどね。あ、そうだあたしの女子高生の良さを書き溜めてるノート見る? これを見れば雪花ちゃんも立派な女子高生オタクだよ」
「いやいいです。女子高生オタクなんか全くと言っていいほどなりたくもないですから。で、ですよ。二つ目の質問の意図はなんなんですか? 西奈さんの本を沢山読んでれば合格とかそういう話ですか?」
訊くと西奈は、「もう、ホント落ち着きないねー、時間はまだまだあるんだから雑な談を楽しもうよ」なんて言ったけれど、雪花の表情を見て、「仕方ないなぁ」と話を進め始めた。
「えっと、あたしの質問の意図でしょ? まず言っとくと雪花ちゃんの考えは当たらずとも遠からずってな感じかな」
「…………?」
「だからね、雪花ちゃんの考えは間違ってはいないよ。あたしの本を沢山読んでいてくれた方が女子高生の場合は合格に近づきはするけれど、それと同時に、むしろそれよりも大事なんだけど、あたしの本を好きっていう人は不合格になってしまう」
どういうことだ?
それは矛盾しているのでは?
西奈の本は読んでれば読んでいるほどいいのに、その本を好きでいちゃダメというのは意味がわからない。
普通──その本が好きだから読むのだし、その本が面白かったから同じ著者の本を読む物ではないのか?
雪花は別段そういうことはないけれど。
「友人とか編集ぐらいの関係性なら好きになってくれて構わないというか、絶対に好きになるんだけど。一ヶ月も一緒に住む人があたしの本を好きというのはとてもじゃないけど、耐えられないんだ。あたしの本を好きという人の数はもう十分足りている。だからあたしの側にいる人ぐらいには、好きじゃないやつが欲しいんだ」
おかしな話だ。
好きが多すぎるあまりその逆とはいかないまでも、普通か嫌いぐらいの人が側に欲しくなるなんて、笑い話にもできない。
雪花は理解できないし、したくもない。
だって好きは多い方が世界はより良い方に回るのだから。とかいう綺麗事も、西奈の本に書かれていた気がする。
けれど雪花は理解をする必要はない。
理解はできなくとも、自分がその条件に当て嵌まっているというのは理解できるから。
「大丈夫ですよ西奈さん。私──西奈さんの本そんなに好きじゃないんで」
雪花自身、西奈という人には魅せられてしまっているが、それは西奈本人なのであって、西奈の本には魅せられてはいない。
著作全部を読み切っているのだって、本当にただの暇潰しなのだ。
「あはは、正直だね雪花ちゃん。普通こういう時はお世辞でも──先生の本が大好きでとか言うべきな気もするけどね。まぁ普通じゃないやつが普通を語るのもおかしな話だね、合格。二つ目の質問も合格だ」
その言葉を聞いてあと一つ質問という名の面接が残っているのも忘れて、雪花が息を吐き出した。
「ふぅ」
肩から力が抜けていく。
緊張しきっていた体からも力が抜け、一気に疲れを実感する。
これは決して絶対に合格しなくちゃなどからくる気概ではなく、西奈が無意識のうちにかけている圧のせいだった。
それは悪い意味ではなく。
天才故に、天才を目前にした時、どうしてもかかってしまう圧である。
「疲れてるねー。なんか飲む? ここまで来た子は数えるぐらいしかいないからさ、ご馳走なんていうほどのもんじゃないけど、飲み物ぐらいは出すよ」
西奈は、雪花の様子を見て気遣ってくれたのか、立ち上がり台所の方へと足を進める。
雪花は、西奈の言葉で自分の喉が、乾ききっていることに気が付いたので、西奈に目をやりながら言った。
「お、お願いします」
「うん、何飲む? って言っても未成年が飲める物なんて、お茶か牛乳ぐらいしかないけど」
よかったさすがの西奈でも、未成年にお酒は勧めないようだ。
「あ、じゃあお茶をお願いします」
「了解」
言って西奈は、冷蔵庫から麦茶を取り出すと食器棚からグラスを二つ取り出し、そのグラスに麦茶を注ぐ。
注がれる音は雪花の耳にも入ってきた。
音は、硬っていた空気をゆっくりと壊していく。
チョンチョン。
その音が鳴り止むと、西奈は台所から机に足を進め、雪花の目前に一つ、自分の目前に一つ置いて元の位置に腰を下ろした。
喉の渇きに気付いてから、今すぐにでも何かを飲みたかった雪花は、グラスがおかれるやいなやすぐさま、喉へと運ぶ。
ゴクゴク。
自分の喉が一気に潤っていく。
美味しい。
ただの麦茶であるはずなのに、そう感じた。
自分では気づいていなかったけれど、雪花はそれほどに緊張しているのを改めて自覚する。
雪花が麦茶を飲み終わるのを確認してから、西奈は「それじゃあ」と口を開いた。
「三つ目の質問をするね」
「はい……」
「雪花ちゃん──君に夢はあるかい?」
夢──西奈の著作には必ずと言っていいほど出てくる単語である。
それと同じぐらい出てくるのは、天才や、才能と言った単語だ。
それが最後の質問。
今までも、どう答えるのが適切なのか、どう答えれば印象が良くなるのかなんてことは考えてはいなかったけれど、今回はさらに何も考えずとも、口から言の葉が出ていった。
「夢なんてないです」
「それはなぜ? その年頃の子全員が全員夢を持っているなんてことは、ないってことぐらいわかっているからこそ訊くけど、なんでもいいんだ、漠然とした何かでも、何かないの?」
「はい。私にはそんなモノ──ないです」
「そう、ならもう一度訊くね──それは、なぜ?」
「夢を持つということは、同時に才能を欲するということになると私は思っています。それが嫌なんです。自分に何もないなんてことは私自身が一番よくわかっていて、わかっているからこそ、夢を持つことを拒否しています。夢を叶えるには才能が必要で、例えその才能があったとしても、そこにさらに運というモノも絡んでくる。もしもその二つを手駒にしたところで、天才という敵には絶対に勝てないんです。天才は天からの才能を持っている者の呼称です──人間、絶対に天には勝てないんですよ、そんな天からのオクリモノを貰っている人に、ちょっと才能があるだけの人や、ちょっと運がいいだけの人が勝てる道理がないんです。なら、最初から、夢なんて持つべきじゃないんですよ。夢を持たなければ、夢を持っている人とも、天才とも、誰とも勝負しなくて済む、戦わなくて済む──他の才能に押し潰されなくて、済む。だから私は……夢を持たないです」
これが、雪花の心の底からの、言の葉であり、真意であり、心情だった。
それがこうもスーッと出てくるのは、雪花自身も驚いてしまう。
けれど西奈は、そんな雪花をバカにするように「なるほど」と言いながら笑みを溢している。
「いいねいいね。良い感じに思春期ぽい痛さだよ。何かを悟ったような気がしているのが、思春期だよね」
雪花自身は真剣に言っていることなので、笑われているとなると少し腹が立つ。
そういえば、母にも同じようなことで笑われたような気がするが、あれはそもそもお前は思春期を恥じる権利なんてないって話だったか。
「恥じる権利か、確かに先輩が言いそうなことだね。まぁその話はまた後でするとして、合格だ」
「合格?」
突然のことに考えが、判然としない。
ただただ自分の考えを言っただけなのに、それで良いのか?
「それでいいんだよ。三つ目の答えというかあたしの求めてたものは、確かな信念を持って夢なんてないっていう回答だったんだから。なんとなくで夢はないですじゃあダメだ。それは不合格、けど雪花ちゃんは違った。だから合格」
「これでいいんですか」
「そう、それでいいんだよ」
それでいいらしい。
西奈という作家の家事代行、メイド、家政婦、下婢、小間使、言い方は色々あるけれど、少なくとも雪花が、西奈に認められたということに違いはないだろう。
これでいいのだ。
雪花は、人生で初めてと言っても過言ではないかもしれない、ガッツポーズを机の下に手を隠しながら、小さくする。
西奈からは見えないようにしたのは、決して恥ずかしいからなどではなく、単純に──なんだ?
雪花は脳内で首を傾げた。
恥ずかしい以外の理由が見当たらない。
少し前、言ってしまえば西奈と出逢う前までは、人に嬉々としているところを見られたとしても何も思わなかったのに、なぜだろう、西奈に見られるのは少し気恥ずかしい。
欲もなければ、他人に興味もない雪花が、頬を人から見れば気づくか気づかないかを綱渡りするぐらいに、赤く染めた。
そんなことを雪花がしていると、それを知ってか知らずか、西奈が「それじゃあ」と言い出した。
「早速だけど、バイトの面接も終わったことだし、着よっか──セーラー服」
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