男女比1:1000000の世界

皮以祝

第1話 目覚めるとそこは公園

「お先に失礼します」

「おー、おつかれー」


 玄関の外でタバコを吸っていた社長に最後に挨拶をする。そして、俺――多々里たたり珠音たまねは自転車に跨った。

 俺の働いているのは、従業員数10名程度の小さな町工場。

 現社長は2代目らしい。

 中学校卒業から約5年程勤めさせてもらっている。


 薄暗くなり、人通りも少なくなってきた住宅街をキィキィと音を響かせながら漕ぎ続ける。

 この自転車は2年ほど前の夏頃に前に乗っていた自転車が壊れてしまった時に、工場の先輩から倉庫でほこりをかぶっていたからと譲ってもらったものだ。先輩はバイクで通勤しているため必要なくなったらしい。また油をささなくては。


 そんなことを考えながら街灯に沿って進めば、数分で家につく。

 玄関に入り、そのまま服を脱いで洗濯機に放り込むと敷いたままになっている布団へ倒れこむ。この布団も近いうちに洗わなくては。

 今日も溜まっていたアニメや無料のWeb小説を消費することはできなそうだ。


(明日でも……いや、昨日も同じこと……)


 最近はいつ時間をとれていただろうかと考えているうちに、瞼は落ちていき、眠りへとついていった。


⇄⇄⇄



「……のー? ……もしもーし」

「ん…?」


 違和感から意識が覚醒していく。

 誰かに肩を揺らされていた。

 目を開ければ、眼前には女の子の顔があった。


「うわっ!?」

「え、きゃっ!」


 驚きで勢い良く上半身を持ち上げてしまった。そのことに女性も驚いたのか、尻もちをつく。


「あ、ご、ごめんね? 驚かせちゃったみたいで」

「いえ、こちらこそ……起こしてしまい」


 手を貸し、立ち上がらせると、女性は恥ずかしさからか頬を軽く染めながら土をはたき落とす。


「……ここ、外?」

「えっ……はい」


 女の子は戸惑いながらも返事をする。

 昨日は、家で寝たような…?

 というより、ここは?


「あのー…?」


 周りを見渡せば、ここはどうやら公園らしい。

 工場の控室でそのままということはあったけれど、外で寝るようなことは今までなかった。

 そもそも、職場から自宅までの間に公園はなかったはずだ。


「大丈夫ですか?」

「あっ、ごめんね。大丈夫だよ」


 丸い縁のレンズの奥に、こちらを心配する瞳が見える。

 そのまま視線を下げれば、女の子は制服を着ていた。


「君は……学生かな」

「はい。聖山学園の……って、学校!」


 女の子は慌てた様子でカバンを拾う。


「す、すみません。私急がないと!」

「あ、ごめんね、ありがとう。時間とらせちゃったね。」

「いえ、大丈夫です。それでは!」


 おさげを揺らしながら女の子は走り出し……そのまま公園の外に出ていくかと思ったが、一度こちらを振り返った。


「あと! その男の子のコスプレ、とっても似合ってますね!」


 そう言い残すと、こんどこそ女の子は去っていった。

 ……コスプレ?


 改めて自分の格好を確認すると、仕事で使っている作業着であった。


「ん……? あれ、なんかこれ……」


 着慣れた作業着のはずなのに、違和感がある。


「少し大きいような……?」


 洗っても落ちなかった汚れなどの位置を考えると、間違いなく俺自身の作業着であるはずなのだが、身体に合っていないように感じてしまう。


「いや、それよりも……ここはどこ?」


 公園はもちろん、周囲の建物などにも見覚えがない。

 というより、今は何時だろうか。

 日は上がっているし、もしかして仕事に遅刻してしまっているかもしれないと考えたところで、目の端にあるものが映る。


「これ、学生証?」


 足元を見ればケースに入った学生証のようなものが落ちていた。拾い上げると、そのカードには先ほどまで話していた女の子の顔写真もある。


陽山春花ひやまはるかさん」


 どうやら先ほど俺を起こしてくれた女の子は陽山さんというらしい。これ以上は個人情報だろうし、学生さんの内容は見ないことにする。


「……。スマホもなし、と。……とりあえず、交番かな」


 落とし物を届けるのも、道を尋ねるのも、両方交番の方が得意だろうと考え、歩き出した。


 ちなみに、財布も持っていなかった。



⇄⇄⇄



 適当に歩いているうちに、人通りの多い道に出ることができたが、やはり見覚えのない風景だった。

 見渡すと、若い女性ばかりが歩いている。

 家の近くにこんなに人が集まるような場所はなかったなかった気がする。

 一体どこに来てしまったのだろうか。


「……」


 何故か、視線を集めているように感じる。

 話を聞くにはちょうどいいか。


「あのー、すみません」

「え、あっ、はい?」


 俺としてもできるだけ早く解決したいため、こちらを見ていた1人の女性に話しかけることにした。


「交番ってどこにあるか教えていただけませんか?」

「交番……ですか? えっと、たしか――」


 女性から交番までの道順を教えてもらうことができた。

 そこまで離れていないようでよかった。

 お礼を言い、その場から立ち去ろうとすると、声を掛けられる。。


「あの、写真ってお願いしてもいいですか?」

「写真ですか? ……大丈夫ですよ」


 交換条件のみたいだけれど、たいした手間ではないため快諾する。

 女性からスマホを受け取るが、どれが目的のものなのかわからなかった。


「えっと……背景はそこのお店で大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」

「わかりました」


 勘は冴えていたらしく、一発で目的地を当てることができた。

 彼女から数歩ほど離れ、スマホを構えた。


「ポーズは大丈夫ですか?」

「え、あの……?」

「はい? どうされました?」


 何故だが戸惑っていた様子だったので、一度スマホから女性へと視線を戻した。


「お姉さん……じゃないか。コスプレ中だし。えっと、お兄さんと写真を撮りたいんですけど……ダメですか?」

「え、俺と…? …ツーショットってことですか?」

「はい」


 俺とのツーショットになんの意味があるのだろうか?

 若い子の今の流行とか?


「じゃあ…」


 女性に近づき、スマホを構えた。

 女性とのツーショットなんて撮ったことがないのでどうすればいいのかわからないけれど、確か斜め上から撮るといいと聞いたことがある。


「撮りますね」

「はい!」


 女の子に右腕を組まれる。

 今の若い子ってこんな感じなのか。


「はい、これで大丈夫かな」

「……はい! ありがとうございました!」


 女の子はお礼を言うとにやにやしながら去っていった。

 変なことに使わないよね?


⇄⇄⇄



 気を取り直し歩いていくと、交番に辿り着くことができた。

 中に入り、受付に座っていた女性に話しかけた。


「すみません、落とし物を届けにきたのですが…」

「……あぁ、はい。落とし物ですね。どのようなものを」

「学生証なんですが……」


 ポケットから陽山さんの学生証を取り出し、受付に置いた。

 警察の人が学生証を確認する。


「これは、聖山のですね。これをどこで?」

「はい。近くの公園で少し持ち主と話していたんですが、その子がいなくなった後に落としていったのに気が付いて」

「なるほど、丘柳おかやな公園ですかね。ではこちらの用紙に情報を書いていただいても?」

「はい」


 学生証を拾った大体の時間や必要なところにチェックを入れる。

 

「あっ、あと。財布と携帯、届いてませんか?」

「財布と携帯ですか?」

「えっと、朝起きたらなくなっていて」

「あぁ…多々里さんのということですね。……朝起きたら?」

「ええ、ちょっと公園のベンチで眠っていて……」

「……公園のベンチで眠るのはやめてくださいね。いろいろトラブルがあったりしますから。とりあえず、用紙はお預かりしまして……ちょっと調べますので特徴など教えていただけますか?」


 覚えている限りの特徴を話すと、手元のパソコンに何かを打ち込んでいった。


「スマホは、届いていませんね。財布は……そちらも届いていませんね」

「そうですか」

「スマホと財布のどちらも落とされたんですか?」

「ええ、実は……」

 

⇄⇄⇄



「つまり、家で寝たはずなのに、起きたら見知らぬ公園で、財布と携帯が無かったと」

「はい」

「誘拐……でも、本人の携帯と財布だけ盗んで本人は公園に放置というのは……」

「スマホだけでもなんとかなりませんかね?」

「……そうですね、電話をお貸しすることはできますから、かけてみましょうか。誰かが拾って持っているのかもしれません」

「お願いします」


 俺のスマホの電話番号を伝えると、その番号を打ち込み、電話をかけ始めた。

 しばらく電話を耳に当てていたが、首を振りながら電話を下した。


「繋がりませんね」

「……そうですか」


 盗まれているとしたらカードを止めたりもしなくてはいけない。

 その手続きも携帯がなければ直接店舗に行かないと……


「次はどこにかけましょうか。ご家族は?」

「いません」

「では、学校にかけますか?」

「……いえ、大学には通ってません。職場でもいいですか? お世話になっている方がいるので」

「職場?」

「はい。……なにか?」

「い、いえ。失礼いたしました。随分お若く見えたものですから…」


 そんなことを言われたのは初めてだ。

 年相応の顔はしていたはずだけれど。


「電話番号を教えていただいても」

「はい」


 電話番号を伝えると、受付の女性が受話器を耳に当てる。

 しばらくして話し始めた。


「もしもし、原宿東交番のものですが、川上工場様の電話番号でよろしかったでしょうか?」

「実は、そちらの従業員の多々里さんというかたが道に迷われたそうでして」

「はい。…はい? そう、でしたか。失礼しました。時間をとらせてしまい、申し訳ございません。失礼いたします」


 電話を下すと、女性は戸惑った顔でこちらを見てくる。


「川上工場に多々里という従業員はいないそうですが」


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