第33話 初めてのフラグ
「やっと門が見えて来た!」
「これで俺達もCランクのパーティーですね」
「ああ、やっとこんなクソみたいな護衛任務から解放される」
「ふん! 俺はサインなんかしないからな!」
「「「あ~!」」」
ナキ達がいる場所からは馬車で三日ほどの距離にある町の門が見える小高い丘の上で、ある冒険者のパーティと護衛対象者らしい恰幅のよい中年男性が揉めている。
憤慨するパーティーメンバーに対しリーダーらしい男が、先ずは門に入るのが先だと憤る他のパーティーメンバ―を宥め、馬車を進める。
中年男性は何を言うでもなく腕組みをしたまま、終始不機嫌な様子だ。
やがて、門の前に辿り着き入場手続きを済ませたところで、パーティーメンバーがこれでお役御免と馬車から降りるとリーダーは懐から依頼書を取り出し中年男性にサインをするようにお願いする。
「知らん! 俺はサインする気はない!」
「俺達への依頼は、あんたをこの町『キュサイ』まで無事に届けることだ。そして、こうやってあんたはこのキュサイに辿り着いたんだ。依頼通りだと思うが?」
「何を言うんだ! なら、なんで俺はこうやって手ぶらなんだ! おかしいだろうが!」
「おかしいも何も依頼書にはここキュサイまでの護衛としか書かれていないだろ。それにあの時に『俺の命が一番だろ!』って言って奴隷が乗っていた馬車を囮にしたのはアンタだろうが。忘れたのか? とにかく生きてここまで来たのなら、依頼通りだろうが」
「……じゃあ、俺の荷物は誰が保証してくれるんだ!」
「さあな? だから、それを囮に使ったのはあんただろ。大丈夫か? そんなことよりもサインを早く! 俺達もとっとと休みたいんだよ」
「……」
馬車の中にいる中年男性に依頼書へのサインをお願いするも中年男性は頑なに断る。するとリーダーは依頼書を懐にしまうと嘆息してから中年男性に苦言を呈する。
「いいさ。ごねたければ、好きなだけごねればいい。だけどな、そうやってこの依頼を反故にするとなれば、今後あんたの依頼を受ける冒険者はいるだろうか。『アイツの依頼は後からごねて反故にされるぞ』って噂……いや、事実か。そんなのが回り回ったら、あんたは冒険者ギルドで護衛を依頼することは出来ないだろうよ」
「く……」
「そうすると、あんたみたいな奴隷商は色んな奴に恨まれているだろうからな。町を出た途端に街道でガラの悪い誰かに攫われることもあるかもな」
「ぐぬぬ……」
「だから、そうならない為にはあんたは高い護衛料を払って護衛を雇うしかなくなる。だけど、冒険者ギルドに登録していない奴なんてどんな輩が来るか分からないぜ。野営している間に首を搔き切られてその辺に遺棄されてオシマイ……ってことになるかもな」
「……」
俺から言えるのはここまでだとばかりに馬車の中の中年男性に背を向け、手を振り馬車から離れようとしたところで「待て!」と中年男性から声を掛けられる。
「もう、用はないだろ」
「……サインする。サインするから、依頼書を出せ」
「ったく、するなら最初っからそうすりゃいいものを」
「サク、言うな。折角サインするって言ってるんだから」
「そうだぜ、サインさえもらえばもう用はねえ」
中年男性はリーダーを呼び止め、サインするから依頼書を寄越せといい、リーダーが嘆息しながら、懐から依頼書を出すとパーティーメンバ―のサクがそれを見てぼやき、リーダーが窘め、ジョーが纏める。
奴隷商の中年男性『カス』は「どうしてこうなった」と呟きながら不承不承の体で依頼書にサインをすると、それをリーダーである『マルク』へと渡す。
「まいどあり。よし、行くぞ」
「へへへ、これで俺達『金色の翼』もCランクパーティだな」
「そうだな。じゃあ、リーダー今日は……」
「ああ、依頼達成とランクアップの祝いも兼ねて「待て!」……まだ、何か用か?」
依頼書にサインをもらってしまえば、依頼主であるカスにも「金色の翼」にも用はないはずだが、カスは待てと声を掛けてきた。
「で、なんです? 俺達は早いとこ祝杯をあげたいんですがね」
「依頼したい……」
「それなら冒険者ギルドへどうぞ」
「そうじゃない! お前達にしか出来ないことだ。頼む!」
「……」
カスはマルクに対し下げたくもない頭を下げ、依頼を受けてくれと頼む。だが、マルクは冒険者ギルドを通さない依頼はトラブルの元なのでノリ気ではない。
「金なら、いくらでも……あ、いや。いくらでもはないな。出来るだけ出す。だから、受けてくれ」
「リーダー、どうします?」
「どうするも何も、依頼が終わったばかりで次の依頼を受けるには早すぎる。悪いが断らせてもらう。じゃあな」
「あ……」
カスはまだ何か言いたそうだったが、マルクはそれを気にする様子もなく真っ直ぐに冒険者ギルドを目指す。
「でも、いいんですか」
「何がだ」
「だって、いくらでもって言ってましたよ」
「約束を守るならな」
「それはどういう意味で?」
「サク、さっき依頼書にサインをもらうだけであんだけごねたのを忘れたのか?」
「忘れちゃいないさ。ジョー」
「なら、リーダーが考えていることも分かるだろう」
「……まあ、なんとなく」
サクの答えにマルクもジョーも「なんとなくか」と鼻で笑う。
「なんだよ。何がおかしいんだよ」
「サク、ジョーが言うように依頼料がいくらであろうとアイツが満額払うのはないだろうな。それに冒険者ギルドを通すのも憚るとなれば、まあ十中八九ヤバいことだろうよ」
「あ~もしかして、それって……」
「まあ、そうだろうな。俺達にしか頼めないとも言ってたからな」
「え~嘘でしょ。俺はヤですよ」
「なんだよ、さっきと全然違うじゃねえか」
「もう、意地悪言わないで下さいよ」
マルクが説明してくれた内容を聞いてサクもやっとどういうことなのかを理解出来た様だ。
しかし、金色の翼に断られたからと諦めてしまっては、自分の立場や命も危ういものになることが分かっているカスは焦る。
「どうする、どうすればいい……奥様にはなるべく辱めるようにと言われたから、ここの娼館に売り飛ばし最初の客として可愛がるつもりだったのに、クソッ! これもアイツらのせいだ! アイツらがあそこで出て来なければ……」
カスは伯爵家婦人であるジョセフィーヌよりマリアンヌを引き取り、喜色満面だったが「決して手を出さぬように」と申しつけられる。
そしてそれはどういうことなのかと尋ねれば「娼館で散らせ」とだけ告げられたのだ。
カスとしては娼館だろうが、その辺の小屋だろうが違いはないと反論しようとしたのだが、どういう意図があるにせよ伯爵家の申しつけに異論を唱えることが許されるはずもなく
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