中ボスの悪役貴族は二度目の人生を英雄として生きる
岩崎翔也
第1話 中ボス死す!
おどろおどろしいBGMとともにテレビから声が響いてくる。
『レグルス……これで君も終わりだ』
『黙れ! こんなところでこの俺が、最強であるこの俺が負けるわけないんだ!』
一瞬の静寂の後、カチカチとボタンを押す音がリビングに響く。
「そろそろ検査でしょ! 早くゲームやめなさい!」
「わかってるって、あとちょっとだから!」
おそらく母親だろう女性に急かされた少年はコントローラーのボタンを連打して、そのイベントを進める。
そして、そのイベントが終わり、オートセーブ完了というポップアップが出た。
「よし!」
ここまで進めばもう電源を切ることができると再び急かしてくる声を背中にゲーム機の電源を落とした。
* * *
――絶体絶命の危機。
そういうのが正しいだろう。
この俺――レグルス・ルドルフ・フォン・ヴァンデルビルトの目の前には勇者として認められ、学友だったラス・アルゲンら三名。
満身創痍で地に付している俺に対して、三人は重傷を負いながらも、全員が両の足で立っている。
これまでこいつらを間近で見てきて、この程度の実力ならば必ず勝てると思っていた。
だが、いざ戦い始めるとこのざまだ。
自らの力量不足にあきれたため息しか出てこない。
「なぜ貴様らはそのような強さを持っているんだ! 俺よりも弱いはずなのに」
情けない俺の
ラスは倒れている俺の顔の前に向けて剣を突き付けてきた。
「僕らは一人じゃなかった。……それだけだよ。確かに君は僕たちよりもはるかに強い力を持っているさ。でも、一人で成し遂げられる地点には限界がある。僕らは全員が切磋琢磨して、協力し合った。だから、君を超えることができたんだよ」
まっすぐと俺に向けられるその目にはこちらを騙そうとするような意図は全くなかった。ただ、冥途の土産として己の信念を伝えたのだろう。
その言葉を聞いて、俺はどこか憑き物が落ちたような気がした。
いや、気がしたのではない。俺の体から邪悪な気のようなものが飛び出していた。
そんなことをラスたちが気付くことはない。
このような気すら見えないだなんて、まだまだこいつらは未熟だったのだ。
だが、俺はそんな者たちに負けた。
ラスは覚悟を決めた表情をして、剣を振り上げた。
「レグルス――覚悟はいいね」
「そんなもの、こんな人生を歩みだした瞬間から決まっている」
伯爵家の嫡子として孤高の存在の運命が定められ、力を得るためにすべてを捨てると決めたあの日から。
その言葉を聞いて、ラスは剣を振り下ろす。
鈍色に輝く軌跡を眺めながら、俺はラスたちに見えるまばゆい光を感じていた。
一人では駄目だったのだろうな……皆で協力することで、真の力を得られるのか。
もし、生まれ変わったのなら、今度は――
体から首が離れるその瞬間、俺の脳裏にはそんな考えが浮かんだ。
* * *
真っ暗の視界に一条の光が差し込んだ。
若干けだるげな体を動かし、目を開ける。
「一体、どうなっているんだ?」
俺の目に映るのは、ヴァンデルビルト家にある俺――レグルスの部屋だ。
第一学園に入学してからはほぼ使っていない部屋でどうして俺は目を覚ましたのだ。
そんな疑問を抱きながらも、状況を確認するためにベッドから体を起こす。
調度品も俺の部屋のまま、窓に映る光景も記憶の中にあるものだ。
混乱が冷めやらぬ中、ドアがノックされ、開かれた。
「レグルス様! すでにお目覚めになられていたのですか。準備をいたしますので、少々お待ちください」
入ってきたのは確か、新人のメイド。
どこか抜けたところがあり、よく俺も叱っていたような記憶がある。
慌てて俺の服を準備しているようで、とったものを床に落としてしまった。
「た、大変申し訳ございません!」
それを見て、顔を青ざめながら深々と頭を下げる。
「そんなことはどうでもよい。さっさと支度をしろ」
「は……はい! 承知しました!」
顔を上げたメイドからはどうして起こらないのだろうという疑念が伝わってきた。
確かに、昔の俺ならば鬼気迫る剣幕で怒鳴っていただろう。
伯爵家の跡取りとして、その身にまとう服に汚れがつくことや雇っているメイドの質の低さを嫌っていたからな。
「レグルス様……失礼します」
メイドは一言断り、俺の服を着替えさせる。
段取りは悪い。それに、普段ならば一人のメイドが行うことではない。
いつもであれば、この新人メイドが衣服の準備をして、他のメイドを呼ぶはずだ。
そして数人単位で俺の着替えを行う。
しかし、俺が起きていたため、気が動転してしまったのだろう。
慣れていない者が一人で着付けなど不可能に近いのにもかかわらず、四苦八苦している。
遅々として進まない着付けにため息を一つ。
「おい、他のメイドも呼んでこい。お前ひとりでは無理だ」
「は、はい! 承知しました! 大変申し訳ございません!」
どたどたと大きな音を立てながら部屋を出ていく。
あんな様子だと俺が怒らなくともメイド長あたりの折檻を受けるだろうな。
半ば呆れながら背中を見送りながら、とある確信を得ることができた。
「過去に戻っている……」
戦闘によって負ったはずの傷がきれいさっぱり消え、あのメイドもまだ慣れていない様子だった。
まだ確実に戻ったと分かったわけではない。
まずは父上に会わねば。
* * *
「おいおい……一体何が起きてるんだよ!」
そう叫ぶ少年の目の前にはのどかな田舎の風景。
先ほどまで虫の一匹もいないような清潔な病院にいたはずの少年は何が起きたのかと目を白黒させる。
「これも、検査ってわけじゃないよな? ここってすごい見たことがあるような気がするんだけど……」
現実であってたまるかそんな言葉が少年の頭によぎるが、次々と得られる情報は現実であるという証拠が出てくるだけである。
「ラス! そろそろでしょ! 大声出してないでさっさと準備しなさい!」
「ラ、ラス……?」
少年に声をかけたのは母親だろう。少年の記憶の中にも同一人物の存在がヒットする。
――ラス・アルゲン
それは先ほどまで少年がプレイしていたゲームの主人公の名前である。
「お、俺がラス……? ってことは」
何かに気が付いたのか、少年の顔が真っ青になった。
先ほどまでプレイしていたゲームの内容なのだ、その記憶は鮮明である。
魔物を相手取り、剣と魔法で戦う世界。
そして、その主人公として転生してしまったのだ。
つまり今ラスと呼ばれた少年はこれから幾多の死線を潜り抜けなければならないということだ。
結論にたどり着いた少年――ラスはあまりの衝撃に白目を向いて倒れた。
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