第29話 秘密のお話


「軍部?」


 玲蘭は話が見えず、小首をかしげる。

 桃華は小さく頷き返した。


「そう。関係の確かな筋からの情報やねんけどな、密かに火薬と武器を集めてるみたいやねん。何のためやろなぁって玉琳と話してたんや」


 その話を聞いた途端、玲蘭は口元に手を当てて黙り込む。

 桃華も庸介も、彼女に話をせかすようなことはしない。

 玲蘭はしばらく考え込んだあと、戸惑うように口を開いた。


「こんな話、あなたたちにしていいのかわからないけど……この前、お父様から来た手紙に、『最近軍部の奴等が妙におとなしい。気持ちが悪い』って書かれてたの。ほら、いままでは何かとお父様たち文官と軍部って対立してたじゃない? それがここ最近、すっかり鳴りを潜めてる、なにか企んでるんじゃないかって気にしてらしたわ」


「じゃあやっぱ、良くないことを企んでるんやろな」


 なんとなく三人とも押し黙ってしまう。重苦しい空気が漂う。あえて口にしなくても、頭の中に浮かんでいることは同じだっただろう。

 まさか軍部が武器類をこっそりため込んで慈善活動をするはずもない。


(軍事クーデター。古風に言うと謀反、だよなぁ。やっぱ)


 それがいつ、どこでどのように起こるのかはまだわからない。しかし、この都に武器類を秘密裏に集めているとなると、十中八九狙うのは鳳凰殿だろう。


 押し黙った三人の間を、ホタルが幻想的に飛び交っていく。優美な情景が、嵐の前の静けさのようにも思えた。


「また来年もこうしてみんなでホタルを見られるのかしら」


 玲蘭の口からぽつりとそんな言葉が漏れる。


 庸介だって、一年後どこで何をしているのかなんてまったくわからない。そもそも玉琳の身体に入った不安定な状態で、一年ももつのかすらわからない。

 いつか突然、庸介の魂も意識も消えてしまうんじゃないかという不安は依然と胸中を燻り続けていた。


(それでも)


 庸介は不安そうにしている玲欄と、いつになく深刻そうにしている桃華を眺める。


(彼女たちや世話になってる女官たち、それに……龍明のことは何としても守りたいとは思うんだよな)


 庸介は、ばんとテーブルに手を突くと立ち上がった。見上げる玲蘭たちに、努めて明るく言う。


「見れるよ、きっと。そのために、少しでもできる準備をしとこうと思うんだ」

「準備?」


 きょとんと言葉を返す玲蘭に、庸介は頷いた。


「桃華が横流ししてくれた火薬類や、武器類をこっそり後宮にも貯めてるの」

「え!? でも、どうやって?」


 後宮内に危険なものを持ち込むのは原則禁止されている。武器や火薬類なんてもってのほかだ。後宮の入り口で厳しく荷物検査されているため、持ち込もうとしても没収されてしまうだろう。


 しかも検査しているのは軍部の人間なので、武器を持ち込んでいること自体しられるのはまずい。そこで、搬入方法をちょっと工夫することにしたのだ。


「玉琳が面白いこと思いついたんや。後宮の西側の方に現皇帝のお妃様たちが使ってた宮がいくつかあるやん? いまは人が住んでなくて壊れそうな宮もあるから、龍明様に頼んで補強工事してもらうことにしてん。っていうのは建前でな」


 そのあとは、庸介が話を繋ぐ。


「建材を運び込むときに、ばらした武器類とか、火薬類とかも荷物にまぜてこっそり運び込んでもらってるの」


 女性だけが住む後宮といえど、すべてを女官だけで管理できるわけでもない。経年劣化とともに後宮内の建物も古くなっていくので、ときどき工事が必要となる。


 そういうときは外から男の大工たちを入れて作業させざるをえないのだ。とはいえ大工たちが後宮内の女性と接触すると大問題なので、後宮内の工事区画は隔離される。後宮内は通路が入り組みあちこちに門や扉が設けられて区切られているため、隔離区画に通じるところだけ鍵がかけられ立哨が立つのが常だった。


 しかし、夜間は大工も帰ってしまうため隔離区画には誰もいなくなるうえ、そこと後宮内を隔てる扉にも立哨がいなくなる。


「後宮内なら夜に出歩いても、まぁ、みつからなければ怒られないから。工事中の宮に入る扉の鍵を借りておいて、夜間にこっそり女官たちにも手伝ってもらってそこから白虎宮と青龍宮に運び込んでるの。ばらした武器を組み立てるのは私が暇なときにコツコツやってるんだけど」


 本を見ながら火箭とか弓とかを組み立てたりしているのだが、現物の武器を触れるのは実は楽しくて仕方がなかったりする。


「よく龍明様も許可してくださったわね」


 もちろん、すぐに許してくれたわけではなかった。


 何度も反対されたが、じゃあ、お前んとこの禁軍から十分な数の兵を常に後宮に張り付けておいてくれるのか?と問い返したら、龍明は返答に困ったあげく、しぶしぶ了承してくれたのだ。


 禁軍の近衛兵たちの仕事は皇帝一族を守るのが第一なので、それ以外に常時まわしておくような余分な人員はいないのだろう。


「ダメだっていうと自分の監視外で勝手にやりそうだから仕方ないって、龍明様は諦めてた」


 庸介が椅子に座り直しなおしてお茶で喉を潤しながら言うと、玲蘭は呆れた表情になり、桃華はうんうんと何やらしきりに頷いた。


 ついでにいうと、軍部が陶器工房に作らせていた震天雷用の器と火薬も取り寄せて、見よう見まねで爆弾造りしていることは龍明には絶対内緒だ。さすがにそれは危なすぎると没収されかねないからだ。


 試しに一個くらい火をつけてみたいなと思うけど、そんなことしたら速攻バレてしまうので我慢するしかない。


「ほかにもいろいろ地の利を使った作戦とか考えてはいるんだけど、私一人ではどうにもならないんだよね」


 庸介が言うと、玲蘭が応じる。


「武器のことはよくわからないけど、私にできそうなことがあれば言って。そうね、なかなか会える機会がないから、手紙ででもいいわよ。私の方も、お父様からもっと情報を聞きだしてみる」


「うん。それがええやろな。そんでくれぐれも、香連とこの朱雀宮の連中には絶対勘付かれたらあかんで」


 香連の父親は軍部の最高司令官・劉将軍だ。あそこの女官たちも当然、軍部の息のかかった者たちだろう。庸介たちの行動を絶対に彼女たちへ知られるわけにはいかなかった。


(でも、香連はどうなんだろう。あの子はどこまで知ってるんだろうか)


 本来、香連は朱雀宮の主であり女官たちを使役する立場の人間だ。しかし、朱雀宮で見た様子では、立場が逆転しているようにもうかがえた。香連は年嵩の女官たちの言動に怯えているようにすら見える。


(香連もこっち側に引き込めたら、いいんだけどな。そこまでできなくても、何か知っていないか聞いてみたいよな。……よし。近々、香連に会いにいってみよう)


 庸介は、甘い白玉みたいなデザートを食べながら、密かにそんなことを考えていた。


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