第8話 招待

「おいで」


男はそう言って、わたしの手をとると、ザカリー王子とミラベルのところから離れた場所に連れて行った。

イングリッシュローズの咲き誇る中庭にある、ガゼボのベンチにわたしを座らせると、自分はその向かいに腰掛けた。


「さっきの、ザカリー様がお声をかけられる前に話し始めるなんて、ダメです」


男はそんなわたしの注意を楽しそうに聞いていた。


「セシリア、君は勉強が好き?」

「いきなり……なんですか? 勉強は、嫌いではないです。本を読むことが好きですから」

「そう。だったら、オルグレン王国の図書室には、めずらしい本がいぱいあるからぜひ遊びに来たらいい」


何を言い出すかと思えば、そんな簡単に隣国に訪問なんてできるわけがない。ことごとくずれた人だと、あきれてしまう。


「君はあのエルランドのことをどう思った?」

「エルランド様ですか? お優しくて、博識で、とても素敵な方だと思いました」

「へぇ」


男は面白そうに言った。


「お話すればそのお人柄がわかります」


男はますます面白そうに言った。


「では、あのエルランドが君を妃に迎えたいと言ったらどうする?」

「それは、無理です。身分が違いすぎます」

「身分の問題? お世辞にも見た目がいいとは言えないからじゃなくて?」


自分の主人をそんな風に言うなんて、なんて失礼な人なんだろう。

しかもまた主人を呼び捨てにしている。


わたしは無意識に男を睨んでいた。


「そんな怒った顔しないで。君にはわからないかもしれないけど、僕と、あのエルランドは小さな頃から兄弟のように育ったから、身分がどうとかも考えた事がなくて。とても仲がいいんだ。何もかも悪気があって言ってるわけじゃない」

「そう……なんですか?」

「セシリア、だったら僕と結婚しないか?」

「あの、今なんて?」

「僕だったら、身分も気にしなくていいだろ? それにもう、こうやって話だってしてる。全然知らない人ではなくなった」

「お断りします」

「どうして?」

「どうしてって、名前も知らない人と結婚しようなんて思えません」

「名前か……僕の名はフィートだよ」

「それは嘘です」

「なんでそう思う?」

「フィートはラテン語で『偽り』と言う意味です」


男はそれを聞いて微笑んだ。

そして、ひざまづくと、わたしの手をとり、その手の甲にキスをして言った。


「セシリア、君をオルグレン王国に招待すると約束するよ」

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