第198話 限界突破
エメラルダがエルクィドと共に歩くこと数分。
二人は、教会施設の敷地内にある修練場に到着。もう夜も遅いというのに、エマはまだ一人で剣を振っていた。
エメラルダは戦いの素人だが、ひたすら訓練を続ければ強くなれるわけではないことくらい、知っている。
(エマは強くなるためというより、自分を苦しめるために剣を振っている……)
その姿が憐れで、エメラルダは胸が痛くなる。
ただ、エメラルダたちが来たことで、エマは動きを止める。月明かりの下、鋭い眼光でエマはエルクィドを睨む。
「……お前、誰だ?」
「初めまして。私は魔王教団の教主、エルクィド。説明は省くが、君の持つ退魔の神剣を奪いに来た」
「……奪いに来た、か。エメラルダは人質か?」
「そういうことだ。この子を傷つけられたくなければ、その剣を私に渡してくれ」
「……断れば、お前はエメラルダに何をするつもりだ?」
「そうだねぇ、どうせエメラルダは回復魔法に長けているのだし、指を切り落とすくらいしてもいいかな?」
「なんだ。殺すつもりはないのか」
「今のところは、ね。必要であれば殺すけれど、人質ってのは生きていてこそ価値がある」
「なるほど。……逆に、素直に渡せば、エメラルダにも、私にも、この町にも、何もしないということか?」
「そういうことだよ」
「そうか」
エマは先程まで振るっていた退魔の神剣を鞘に納め、それをエルクィドに向けて軽く放り投げた。
エルクィドは少し驚きつつ、それを受け取る。
「やけにあっさりしているね。大事なものではないのかい?」
「……私が持っていても仕方がないものだ。私は弱すぎて、その剣を持っていても、とても魔王を討つことなどできはしない」
「おや、魔王討伐は諦めたのかい?」
「諦めたわけじゃない。私は必ず魔王を討つ。だが……自らの手で、というこだわりはない。誰かが魔王を討てればそれでいい」
「へぇ、なるほど……。この剣を失って、君はこれからどうするつもりだい?」
「さぁな……。どうすればいいのか、私にもわからない。お前、何か知らないか? 魔王を討つ方法」
「知っていたとして、君に教えるわけがないだろう? 私は魔王様を支援する魔王教団の教主だよ?」
「それもそうだ。別に期待はしていなかった。……用件が済んだなら早く去れ」
「ふむ……。すっかり大人しくなった、という風に見えるが……君、邪竜に魅入られているね」
邪竜に魅入られている。その言葉に、エメラルダは寒気を覚えた。
(何か、良くないことが起きる予感……)
エメラルダは不安になる。一方、エマは薄い笑みを浮かべる。
「……私が邪竜に魅入られた? どういうことだ?」
「君は邪竜を宿していたときのことを少なからず覚えているはずだ。邪竜の魂を宿して戦うのは、とても心地好かっただろう? 本来の自分を遥かに超える力で暴れまわるのは、爽快だっただろう?」
「……そんなことは、ない」
「そうかな? 君はあのときの力に焦がれている。どんな犠牲を払っても、あの力、あるいはあれ以上の力を得たいと、願っている」
エルクィドにこれ以上話をさせてはいけない。エメラルダは直感的にそう感じ、話を遮ろうとするが、急に何もできなくなる。首輪が強く光っていた。
「聖女様。私とエマが話しているんだ。お静かに願うよ」
エルクィドが微笑み、続ける。
「聖騎士君。邪竜に魅入られた君に、面白い魔法を授けよう」
エルクィドの左手を掲げると、エマの足元に魔法陣が浮かぶ。純粋すぎて人を拒むような、白い光を放っている。
エルクィドが何かを唱える。魔法の詠唱のようだ。
(詠唱……。聖都にも、詠唱を必要とする魔法はいくつか伝わっている。スキルとはまた別の魔法だとか……。一体何の魔法を……?)
エルクィドが唱え終わると、エマの全身が一度白く光、すぐに光は収まる。
「無限強化。あるいは、限界突破と呼ばれる魔法だ。これから君は、魔物や人を殺せば殺すほど強くなる。ただし、ただ虐殺すればいいというわけではない。まずは君の信念に基づき、誓いを立てなさい。正義と今は亡き仲間のために魔王を殺す、という風に。それから殺し始めるんだ。君はどんどん強くなる。単独で魔王を殺せるくらい……となるのは難しいかもしれないが、例えば、君を中心とした魔王討伐軍を作ることくらいはできるだろう」
「……魔王討伐軍?」
「強大な力を持つ中心人物がいれば、世界は君に協力してくれるだろう。それと、聖王国には復活した勇者がいる。勇者と手を組むのもいいだろう」
「……なぜ、魔王討伐のために力を貸す」
「これは、実のところ魔王討伐のための力ではないからさ。まぁ、詳しいことは後で聖女様に聞いてくれ。あと、一度誓いを立てたなら、決して折れてはいけないよ。途中で諦めれば、君は凄惨な死を迎えることになる」
エマの目には危険な光が宿っている。強くなるためならば、魔物だけではなく、人間を殺すこともためらわないようにさえ映る。
邪竜に魅入られているというのは、圧倒的な力を体感し、どんな犠牲を払ってでもそれを得ようとする意志を持ってしまったということか。
「それでは、用件も済んだし、私は帰るよ。おっと、その前にもう一つ」
エルクィドが空を見上げる。エメラルダもその視線を追うと、夜闇に骨の翼を広げる何者かがいた。
それは修練場に降りてきたのだが、その手には二人の人間を掴んでいた。
(クレアと、リフィリス……。どうして……?)
二人は安らかな顔で眠っている。何が起きたのか、エメラルダには想像できない。
「教主様! 言われた通り、二人を連れてきたよ! この子たち、どうするの?」
「二人は聖女様と聖騎士君へのプレゼントだ。剣は手に入れたから、私たちはもう行くよ」
「わかった! じゃあ、お二人さん、リッちゃんとクーちゃんは置いておくね! 眠っているだけだから、そのうち勝手に目を覚ますよ!」
エルクィドと、骨の翼を持つ仮面の少女が去っていく。
いつの間にか光の枷や首輪がなくなっていて、エメラルダは自由に動けるし話せるようになっていた。
エメラルダは、横たわるクレアとリフィリスの側に膝をつく。
「……確かに怪我はなさそうね。良かった。けど……」
横たわるクレアの側に、エマが立つ。
その手に、もう剣はない。
でも、その赤い瞳は、鋭利な刃のごとく煌めいていた。
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