第2話 焼け石にバター
レモンカード株式会社――アイドルのプロデュースを主軸とした芸能事務所。
だが、いま社長室に集まっている5人の頭を悩ませているのは、ただ一つ。
「売れない」
売れない。売れない。びっくりするほど売れない。
机を囲む4人を見渡しながら、
「我が社のアイドルが……まったく売れん」
声に覇気がない。胃に穴が開きそうである。
「みんな、それぞれ意見を出してくれ。打開策が欲しいんだ……!」
期待と絶望の入り混じった目で、佐藤は部下たちを見た。
「……デートあるんで、帰っていいすか?」
即答したのは、チャラさ全開の
「いいわけ、あるか!!」
「いやぁ、アイドルとプライベートで絡むのもプロデュースっていうか……」
「絡むな! 企むな! 消えろ!」
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「まくら営業、だよー」
呟いたのは
「おい、ちょっと待て。何を言い出すんだ」
「するのは……アイドルじゃなくて、社長……」
「なぜ俺が!? 営業じゃなくて人身御供じゃねえか!」
「取引先のお偉方に、ムフフ……」
「クールじゃなくてフールだな、キミは!!」
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「僕のデータによれば……」
古びたノートパソコンを開いたのは
「……そのパソコン、OSは?」
「Windows95」
「データごと燃やしてこい!!」
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「はわわ、はわわ……アイドル同士で、殺し合い……」
声にならない悲鳴を上げたのは
「なるか! 刑事裁判なるわ!!」
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バンッ!!
佐藤が机を叩いた。書類が舞った。胃も痛んだ。
「……なんで、俺、この会社引き受けたんだろうな……」
遠い目をする社長。
誰も答えられなかった。なぜなら全員、どうしようもないからである。
「……ああ、胃が痛い」
佐藤は顔を覆った。
売れないアイドル。暴走する社員。崩壊する事務所。佐藤は、これから、売り出そうとするアイドルたちの写真とプロフィールに、目を通した。
どうして自分が社長になったのか。
それを説明するには、ほんの少しだけ過去を遡る必要がある。
ある日、前社長がこう言ったのだ。
「君、代表ね」
唐突だった。部長でも、平の取締役でもなく、いきなり「代表」がつく取締役。
もちろん、冗談かと思った。だが、冗談ではなかった。
前の社長は、会社の全株式を100%保有していた。
つまりは、株主様。法的には「俺がルールだ」状態。
株主総会? 1人で開催できる。
議事録? 1人で書ける。
代表取締役の選任? 1人で決めて、会社実印ポン。
そして、佐藤は「就任承諾書(という名の、就任強制)」に無言でサインさせられた。
もはや逃げ道はない。
翌日には役員変更登記と改印届も完了。
晴れて、いや、曇天のように――佐藤は「株式会社レモンカード 代表取締役」となった。
そして2週間後、法務局の登記簿には――
代表取締役:佐藤一寿
の文字が、誰でも見られる状態で、ばっちり公示されたのだった。
「……こんなの、罠じゃん……」
気づいたときには遅かった。
胃薬が手放せなくなったのは、この日からである。
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社長就任から、はや二ヶ月。
売れないアイドル。崩壊寸前の財務。気の抜けた社員たち。
佐藤は、今日も会議室で頭を抱えていた。
誰か、まともな意見を出してくれ――その願いは、無惨に打ち砕かれる。
不毛。実に、不毛であった。
絶望しかけたそのときだった。
どこからともなく、かつての記憶が、ふと脳裏をよぎる。
――好きなものは、ないか?
それは、かつての深夜番組での質問だった。
売れないアイドルたちに、「自分の売りを探せ」という無茶ぶり企画でのひと幕。
その問いを――社員たちに、ぶつけてみた。
「アイドルと、結婚して、手料理食べたいっすよね」
塩屋は目を輝かせて言った。おそらく、下心100%。
「男の子のアイドルがさ、料理を作ってくれたら、胸がキュン、ってなるよー」
須崎はBL妄想全開の目をしている。
「はわわ、料理の●人、みたいな……闘い……」
御苑はなぜか震えていた。喜んでいるのか恐怖なのか、判別不能。
そして――
「……『料理』……?」
「「「料理!!」」」
会議室に、静かな感電音が走った。
「よし……その線で、企画を練ろう」
佐藤が立ち上がった瞬間。
「任せてください、僕のPCが火を吹きます」
村崎が誇らしげに、年季の入ったノートPCを起動した。
――ボン。
薄く煙が立ち上り、村崎のPCが沈黙する。
Windows 95、ついにその生涯に幕を下ろした。
こうして「料理」という一筋の光を見出した彼らは、満を持して――
次の会議で、企画を立てる……予定だった。
だが、この5人にそれを期待すること自体が、そもそも間違いなのだった。
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「……で、結局、何の企画にするんだ?」
佐藤が言うと、会議室の空気が途端に重くなる。
「料理」というテーマは浮かび上がったものの、そこから先が何も出てこない。
「狭い部屋であーだこーだ言ってても、アイデア出ないっすよ」
塩屋が椅子を反らせながら言う。
「だよー。気分転換、大事だよー。移動しよーよー」
須崎はペンをぐるぐる回して、退屈さを全身で表現している。
「……狭くて悪かったな。古いビルで悪かったな」
佐藤の口調に、少しトゲが混じる。
「最近はカラオケボックスで仕事する人も多いですよ。リモートワークです」
村崎が、どや顔で発言する。
「はわわ、はわわ、Wi-Fiもありますよぉ」
御苑は拍手しながら謎のテンションで同意する。
「おい、村崎。お前のパソコン、無線LANは?」
「非内蔵です。というか、外付けも壊れてまして」
「……OSは?」
「98です」
「捨ててこい」
「じゃ、もうカラオケ行くか。コンビニで酒とつまみ買ってさー」
塩屋が立ち上がりかける。
「まず、機種確認しないと、持ち込み制限あるかもー」
須崎がスマホを取り出す。
「先に問い合わせましょう。あと、延長料金の確認も」
村崎は手帳を開くが、メモには『98接続不安』と書かれていた。
「はわわ、はわわ、ついでにボウリングも行きましょう!」
御苑が両手を上げてはしゃぎだす。
その様子を、佐藤は半目で見つめていた。
何かがおかしい。
これ、たぶん――
「……ん? お前ら、遊びに行く気じゃないか?」
「じゃ、出発するか」
「お疲れさまでーす」
「社長、鍵は閉めといてくださーい」
「わたしたち、先に出てまーす」
4人は、都合よく解釈した笑顔で、会議室から出て行った。
まるで、金曜日の定時後のノリで。
「……お前ら、遊びに行く気だろ!? なぁ!? おーい!!」
社長室に残された佐藤の声が、蛍光灯に反響して虚しく消える。
「……行かんぞ。絶対に行かんぞ。行ったら、負けだ……」
言いながら、椅子にもたれた佐藤の視線は、机の上の自社アイドル資料に落ちる。
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「――企画、どうすんだ……」
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