第34話 唯一の手がかり
翻って。
目の前にある状況を如何すれば良いか——俺は考えなくてはならなかった。
当たり前と言えば当たり前だけれど、流石に目の前に居る少女を如何しなければならないか、ぐらいは決めておかないと。行方不明になっていたか? それとも、何か得体の知れない存在なのか……。
そもそも、あの赤い海からやってきたという可能性は?
かつては生命の母とも呼ばれた、すべての生命が生まれたもうた場所から?
今は微生物さえ生きていくことさえ叶わない、死の水を湛えるだけと化した、海から?
「……いや、考えづらい」
仮に、そうであったとするならば。
目の前に蹲っている少女は、人間ではないと言うことになる。
「いいや、今は考えていても仕方ない……。一先ずは、この子を何とかしないと」
庇護欲が湧いた、と言うとそれはそれで違った言い回しなのかもしれないけれど。
でも、目の前に居る少女を全く助けない——ってほど、心が死んでいる訳でもない。
混迷極めた世界であっても、それぐらいの余裕はあった方が良いし、なくしてはいけない。
そんなことを思いながら、俺はミリアの手を取り、家へと案内するのだった。
◇◇◇
ヴァイスタックは、寂れた小さな港町だ。
もっとも、港町という概念は、二十年前に消滅してしまっているけれど。
では、今のヴァイスタックは何で生計を立てているのかというと——農耕だ。
しかし、海の水が赤く変容してしまったのが、地面の下にある真水にも影響を与えなかったのか、と言われると答えは否と言わざるを得ないだろう。
年々、真水は海水同様死の水になりつつあるのだという。
予兆がない訳ではない。例えば井戸の水が数日枯れてしまったり、雨の色が若干赤くなってしまったなら、その地域の真水はもはや死の直前であると言っても良い、というのが研究者の調査結果と言う。
それを止める手段は、今の人間には残されちゃいない。
つまり今の人間は、緩やかな滅亡をただ迎えるだけの存在に成り下がっている、という話だ。
とはいえ、それを聞いたところで俺たち一般市民にはどうしようもなく、ただ世界が終わっていくことと自分の生活を結びつけることが出来ずに、普通に一日を過ごすことしか出来ないのだけれど。
家は小さい。とはいえ、数年前までは母も暮らしていたので、部屋は二つある。片方は物置と化していたけれど、そこを少しだけ片付けて、ミリアを招いた。
「ここは……?」
「ずっと住むことは出来ないかもしれないけれど、だからって部屋がない訳にもいかないし。仮として用意しておくよ。まあ、狭いけれど、寛げないことはないと思う」
「ありがとう……」
それだけを言って、ミリアは部屋の奥へと歩いていった。
どうやら、多少は理解してくれたようだ。
ここで嫌がられてもどうすれば良いか次の策を考えていなかったし、とても有難かった。
ミリアを部屋に置いて、リビングまで戻る。
そして、椅子に腰掛けて——そこで漸く深い溜息を吐いた。
どちらかといえば、安堵の溜息、かな。
そうだとしても、幾つかの疑問は全く解決されていないし——そこについてはどうにかしていかなければならないだろう。
解決、と言ったってどうすれば良いのか?
結局のところ、あの少女は赤い海からやってきた——見たことはないけれど、状況的にそう物語っている——のだ。
赤い海は、人が、生命が、住むことの出来ない場所だ。
だのに、彼女はあそこに居た。
彼女は赤い海からやってきた、初めての人間だとでも言うのだろうか?
謎だ、謎だ、謎だ……あまりにも、あまりにも。
「……もし、国に捕まったらどうなる?」
自問自答する。
先ず、間違いなく彼女は研究対象になるだろう。今まで生命の生まれることのない死の海とも言われていた——赤い海。その赤い海に、人間が居たと言うのだから。
普通の人間とは違うのか。違う場合は、何処がどのように? きっと生きては帰ることのない、永遠に近い時間を試験管の中で過ごすことになるのだろう。
「そんなこと——」
許されるはずがない。
許されるはずなどないのに——守り切る未来が全くもって、見えてこない。
一体、どうすればそんな過酷な未来から逃げることが出来るのだろうか?
「そうなったら……」
困るのは彼女だ。
そして、そんな彼女を見捨てられるほど——俺はダメな人間ではない、と思っていた。
「となると、」
考えられる選択肢は、たった一つしかない。
目の前も暗黒、振り返るも暗黒——ならば進むしかない。
気づけば、俺はミリアの部屋へやってきていた。
ドアをノックして、中に入る。
ミリアは、キョトンとした表情を浮かべてこちらを見つめていた。
床に腰掛けて、ただ何もしていない様子ではあったのだけれど。
「……どうしたの?」
「俺は、あんたがどういう存在なのか、何処からやってきたのか——そんなことを、今ここで聞くつもりはないし、理解するつもりもないよ。けれど、あんたを見つけた以上、安全な場所に連れて行く必要はあると思う。何処に連れて行けば良いのかまでは、分からないけれど……」
「ん」
ミリアはあるものを俺に見せてきた。
それは、ペンダントだった。
楕円形のペンダントだったが、それは開けられる構造となっているようで、俺にそれを開けるよう促した。
「……何かあるのか?」
開けると、そこには写真が入っていた。
写真の光景は美しい城が描かれていた。湖のほとりにあるその城は——見覚えのある城だった。
「これって……ハイダルク城じゃないか?」
かつて、国がたった一つしか存在しなかった時代があった。
平和な時代であるとも言えたのだが、しかし今の混迷な時代を作り上げたと言っても過言ではない、すべての始まり——それがハイダルク城だ。
「何で、この写真が……」
しかし。
今は手がかりがこれしかない——何も、ないのだ。
行くしかない。
きっと、そんなことをガラムド様も言っているに違いない。
そう思いながら——俺は、ペンダントをミリアへ返した。
当座の目的地は、ハイダルク城だ。
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