第27話 禁断の果実

 メアリーはそう言った。言っている意味が分からなかったからだ。

 少年——ロゴスは、姿形だけを見ればただ普通の白衣を着た少年と言うだけに過ぎない。

 けれども、実際は違う。

 実際は、この世界の仕組みを作り替えようとしている——ただそういう狂気な考えを抱いている科学者の一人なのだ。


「そんな考えを持つ科学者が居るなんて……。シグナルよりもある意味強い狂気を孕んでいると言っても」

「まあ、間違いじゃないだろうね。先人たちと同じことをやってしまったらそれはそれでツマラナイ。そうじゃないか。何でも物事をシンプルにしてしまってはいけない。それ以上に小難しい話をしていく必要もある。それを全員に理解して貰いたいつもりは毛頭ない。世界に住んでいる全ての人間の知能が高まっているのならばともかく、高い人間も居ればその逆も居る——そうだろう? だから、僕たちはこの世界を変えるんだ——変えなくちゃいけない。この世界を一つ上の段階に引き上げる、そのためにこの人工生命の実現は、不可避だった訳だ」



◇◇◇



「はははっ、なかなか面白い考えを持っているじゃないか、彼は?」


 円卓にて、オール・アイは笑いながら他のメンバーを見ていた。

 円卓に居るコンタクターはただオール・アイの言葉を聞いて、ふふと不敵な笑みを浮かべているだけだ。

 他の席は空席だ。

 そして、プロフェッサーは——ただ一人画面から目線を離すことはしなかった。

 夢中になっている、というよりかは目を離すことが出来なかった、と言っても良いだろう。


「……気になっているのかい? プロフェッサー」

「別に。ただ、彼がどういう風に進めているのかが気になっているだけ。この世界をどのように進化させようとするのか——それが気になっているのですよ。世界に関するシステムを作り上げた身からすれば」

「そうだろう、そうだろう。かつては君も同じ存在だった訳だからね!」


 オール・アイはさらに笑って、画面を見る。

 画面にはロゴスとメアリーが映し出されている。


「……まあ、なかなかに面白い様子ではあるけれどね。どんなにこの世界の仕組みを変えたところで、こちらから干渉さえしなければこちらへの扉が開かれることはないのだから。…ははは、実に滑稽であると言えないかな。驕りと言われれば、それまでではあるけれど」

「驕りだろうねえ、人間は確かに予測出来る範疇の行動しか取ることはない。しかしそれは殆どの、一般的な人間である——という前提条件があってこそ、だよ」


 プロフェッサーの言葉に、オール・アイは首を傾げる。


「それぐらい知っていますよ。人間は、既に決まってしまっている未来にただ突き進むのみ……。さりとて、それは一つではなくごく僅かな選択肢が存在することもまた事実ではありますけれど」

「人間はそれを選べる、と?」

「選択肢は常にあった方が良いでしょう? それに気付くか気付かないかは、人間次第です。人間がどれ程の実力を持っているかを測ることが出来る——そう言っても良いでしょうね」

「人間を評価しているんだかしていないんだか……」

「あら? 私がいつ人間を評価していない、などと発言しましたか? 紛れもなく、人間はこの世界における最高傑作でしょう。ここまで自らの手で文明を発展させてきているのですから。ただ、一言言うならば、我々への畏敬が少な過ぎる……と言うところでしょうか」

「少な過ぎる、とは言うがね。それは至極当然なことじゃないのかな? そもそもあの世界の人間は我々のことを認知出来やしないじゃないか。たまに明言するやつは居るが、それは当てずっぽうだし。少なくとも、この空間を厳密にはっきりと提言出来たのは誰一人として居ないだろう」

「まあ、そうなるとあの科学者も当てずっぽうって話になってしまうのだけれど……」

「何がおかしい? その通りじゃないか」

「……まあ、いいや。とにかく続きを見ようか」


 強引に話を打ち切られ、プロフェッサーは少し心残りがある。

 しかしながら、画面の向こうの世界が気になるのもまた事実だった。

 そうして、再び彼女たちの視線は画面の先へと送られる——。



 ◇◇◇



「……人工生命とは言うが、どうやってこれを制御する?」


 三度、シュラス錬金術研究所にて。

 メアリーがロゴスに問いかける。


「その問いは、やっと興味を持ってくれた——と言うことかな?」

「そう言うことにして構わないよ。けれど、確認したいことはいっぱいある。答えて」

「……この人工生命はまだまだ欠陥があってね。身体は完成しても、それを操作するための心が出来ていない」

「心」


 メアリーは反芻する。

 確かに、肉体だけが出来上がっていたとしても、それはただの肉塊に過ぎない。

 それを操作するための精神、或いは意識が必要となるからだ。


「人間の心という概念は非常に難しい。曖昧であり、それでいて確固たる何かがあり、コピーでは成り立たない何かがある。最初は全て何から何までコピーすれば良いと思っていた。既製の精神を、完全にデータ化してしまえば心なんて容易に作ることが出来る、と。そう思っていたよ」


 だが。


「それは失敗だった。それは甘い妄想だった……。だが、それで挫ける訳にも、狼狽える訳にもいかなかった。何せ、僕たちは新しい次元へとこの世界を導くという使命があったからだ」

「成功すらしていないのに、高尚な考えね」

「……図星なことを随分とはっきり言うんだね。長生きしているとそういう余裕みたいなこともなくなってくるのか?」

「さて、どうやら」

「……知恵の木の実は知っているかな?」


 唐突に。

 唐突に話題を変えたので、最初メアリーはその質問の意図が分からずにいた。


「知っているか知らないかで言えば、知っているけれど。この惑星に眠る記憶エネルギーを塊にした木の実のことよね。知恵の木から生み出され続けているそれこそ、まさに人間が手に入れた禁忌と言っても良いだろうけれど」

「禁忌……禁忌、か。確かに禁忌、禁断。そう言って差し支えないこともあるだろう。しかしながら、あの果実がそれで禁断と呼ばれているかと言われると、そうでもない」

「?」

「知恵の木の実には、解析をすると一つの魂が宿っていたんだよ。それだけではない、生物のゲノムのデータをも含まれている。未だ解析しきれていない場所があまりにも多いが、もし仮に全て解析出来たら、この世界の技術レベルは格段に進歩すると言っても良い。……だから、先人たちはこの木の実をこう言った。『禁断の果実』と」

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