第21話 父の謝罪

 隼人様が館にお見えになってから二日が過ぎ、答えを決めなければならない日まであと二日となっていた。何も言わない父と早く決めろと言う母の間で悩んでいたが一日前になって敦子様から父宛に文が届いた。

「明日香」

 父に呼ばれて広間に行くと青ざめた母と、どこか吹っ切れた父がいた。

「父上どうされたのですか」

「ああ…先ほど敦子様からの文で、隼人様の妃を決めたと言ってきた」

「えっ?」

「お前を妃にと言っていたが他の媛を妃にすると言ってきた」

「それはつまり…」

「お前は隼人様の妃候補でなくなったと言うことだ」

「だから言ったのです。早く決めればこのようなことにならずにすみましたのに」

「そういうな、明日香に決めさせることは帝も蒼苑様も承知の上だ。それをあえて断ってきた…敦子様のご機嫌を損ねたというところだろう」

「…」

「明日香、そういうことだ」

「はい」

「悩む必要がなくなったな」

「…はい」

「とりあえず期日まで待つことになっている。明日紫苑の館に招かれているから準備しておきなさい」

「はい」

 

「媛様…?」

「小夏、明日の衣を用意してくれる?」

「はい…どの衣にいたしましょう。また桜色の衣にいたしましょうか?」

「…いいえ、桜色の衣はやめて」

「…はい」

「小夏に任せるわ」

「はい」

「少し一人になりたいの」

「媛様…」

 静かな部屋の中ため息をついた。はじめからどちらか一人に決めるなど私には無理なことだとわかっていた。自ら決めたわけではないが選ばなくていいことにどこかで安堵していた。それでも想いを伝えてくれた隼人様の気持ちを想うと心苦しくもあった。

「隼人様も納得されてのことだろうから仕方ないことよね」

 言い訳を口にしながら、寂しい気持ちを自分なりに整理した。こうなってしまえば貴仁様の妃になることが決まってしまう…あの頃のような三人に戻ることは決してないことに涙が止まらなかった。


「明日香、少し良いか?」

「…父上」

 涙に気づいたのか父は一度目を伏せた。

「あまり気にするな」

「…はい」

「敦子様はおそらく帝が関わったことに腹をたてているのだ。敦子様にとって蒼苑様を帝にすることが大事、そして隼人様はそれを継ぐ者として大事なのだ」

「はい」

「だから今上帝と帝の後を継ぐ貴仁様を敦子様は疎ましく思っている」

「…」

「だから貴仁様が気に入った媛、それだけで敦子様には気に入らない媛なのだ」

「はい」

 敦子様をよく知る父だからこそ、よくわかるのだろう。

「選ぶことができなくて残念か?」

「…いえ」

「選ぶことは難しかったか?」

「…はい」

「だがあのように気持ちを伝えることは本来難しいのだぞ」

「はい」

「私にはできなかった…昔の話だがな」

 寂しそうに笑う父を初めて見た。

「家同士の婚儀、気持ちなど二の次で相手の顔さえ知らぬことがほとんどだ…」

「はい」

「図らずも昔から知るお二方と縁ができた」

「はい」

「貴仁様はそなたのことを思ってくれている」

「はい」

「これで良かったのかもしれぬ」

「…隼人様でなくて…良いのですか?」

「そうだな。それが良いと思っていた…だが敦子様の下で苦しむのは目に見えていた。断られたのも運やもしれぬ」

「…」

「家も大事だ…だが明日香…そなたも大事だ」

「…父上」

「そんな簡単なことも忘れていた…すまなかった」

 頭を下げることなどない父が深く頭を下げている姿に思わず駆け寄った。

「私が決めることを許してくださったではありませんか」

「明日香…」

「父上や母上の望むものでなかったかもしれませんが私が選んだ道だと思っております」

 自分に言い聞かせるように父への言葉を発した。

 


 

 






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