第10話 覚悟の理由

あれから数時間が経った。

『一時休戦』とは言ったものの、敵地で呑気に体を休められる筈もなく、俺は再び都古の部屋を訪れていた。


「………。」


ベッドの上で静かに眠る都古。

その顔を見る度に、夢の中で交わしたあいつとの会話が、頭の中で何度も繰り返される。


一体、何が正解だったのだろう。


そんなことばかり考えながら、天井を見上げる。


夜が明けた頃だろうか。

ふと、病室をノックする音が聞こえた。

その音に答えるよりも先に、ドアの向こうから声がする。


声の主は、結鶴だった。


「サガミさん、あたしっす。入っていいすか」

「…あぁ」


ドアを開け、部屋に入る。

俺は振り向きもせず、椅子に座ったまま都古を見ていた。


「やっぱりここにいたんすね」

「…何の用だ」

「話をしに来ました。都古とあっちで何があったのか、まだ答えを聞いてないんで」

「…お前も大概しつこいんだな」

「普段のあたしなら、とっくに諦めてますよ。…でも、今回は訳が違う。これには都古の命が掛かってる。今できることは、全部やっておきたい」


淡々とした口調で話す結鶴。

しかしその言葉には、都古に対する強い思いが感じ取れた。


その気持ちに答えるかのように、俺は口を開く。


「…なら逆に聞くが、お前の言う”今できること“って何だ」

「だから、都古を夢から救い出すために…」

「それは、本当にあいつのためなのか?」


俺はようやく結鶴と目を合わせる。


「…どういう意味すか」

「…都古を夢から救い出すこと、それが最善だと、俺も最初はそう思っていた。…だが今は、何が正解なのか分からない」


言っていることの理解ができないという顔をする結鶴に、俺は続ける。


「”夢から救い出したい“というのは俺達の望みであって、あいつの望んでいることではない。今俺達のしていることは、ただのエゴに過ぎない」

「じゃあこのまま、都古が夢の中にいてもいいってことすか?」

「無理に引き戻そうとした結果がこれだ」


俺は再び都古に視線を移す。


「…やっぱり、あっちで何かあったんすね」

「…昨日話した通りだ」

「本当に、それだけすか?以前のサガミさんなら、そんな考えには絶対ならない」

「…。」

「…別にあたしは、ここでサガミさんが降りようがどうでもいいっす。でも、今のままじゃ納得ができない。あの時都古と、どんな会話をしたんすか」


このまま黙っていても、結鶴は自分が府に落ちるまで引き下がらないだろう。

そう思った俺は、溜め息混じりに話し始める。


「…お前らに話した内容に嘘はない。…ただ、あの話には続きがある」



ーーーーーーーーーーーーーーー



ー数時間前ー


「圭介が、…じいちゃんは、死んだって……、本当にじいちゃんは、死んじゃったの……?」

「…じいさんは生きてる」


都古の涙ながらの問いかけに、俺は嘘をついた。

すぐに見破られることくらい分かっていたが、そうするしかなかった。


しかし、結果は想像していたこととは違った。

俺の言葉に安心するかのように、世界の崩壊が止まったのだ。


「…そうだよね。じいちゃんが、都古を置いていくわけないもんね」


涙を拭い、都古は微笑む。


「…圭介がさぁ、変なこと言うんだよ~。『元の世界に戻れ』とか、『じいちゃんはとっくに死んでる』とか…」


そう言って、遠くの方で一人のんびりと歩くじいさんに目を向ける。


「だってほら、じいちゃんならそこに……、……あのじいちゃんは……」


そこまで言い終えると、何かを諦めたように俯く。


「…なんで、そんな嘘つくのさ…」

「…他に言葉が思い浮かばなかった。…すまない」


今度は正直な気持ちを伝える。

少し間を空け、都古は話し始める。


「…ほんと、圭介の言う通りだよ。今の都古はどうかしてる。現実から目を背けて、理想の世界に居続けるなんてさ。……でも、そうまでしてでも、都古はじいちゃんの傍にいたかった」

「……都古、俺は…」

「分かってる。サガミも、圭介達と同じで都古を連れ戻しに来たんでしょ?」


俺は再び言葉に迷う。


「サガミは、ずるいよ…」


都古は小さな声で呟く。


「都古は、こんなに会いたいのに会えないんだよ…?ちょっとくらい夢見たって、いいじゃんか…」

「…。」

「…あの日サガミが会ったじいちゃんは、あそこにいるじいちゃんと同じだった?」

「……それは、お前が一番分かってるんじゃないのか?」

「…そうだね。…都古は、サガミが羨ましい」


その言葉を聞いた瞬間、俺の心がズキリと痛む。


「……ほら、早く二人の所に行ってあげて?都古は大丈夫だよって、伝えてあげて」

「…お前はどうするんだ」

「じいちゃんの所に戻るよ。…もうすぐご飯の時間だからさ」


「……それじゃあ、またね。サガミ」


そう言ってひらりと手を振ると、都古はゆっくりと歩き始めるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「…それで罪悪感に負けて戻ってきた。そういうことすか?」


俺の話を一通り聞き終えると、結鶴は言う。


「…俺は最初から、都古を連れ戻す資格なんてなかった。それだけだ」


すると、ドアの前に立っていた結鶴は俺の方へ移動し、近くにある机に思い切り手を叩きつける。


「なに弱気なこと言ってんすか。都古が本気だとでも思ってんすか」

「…。」

「あいつは、自分のやっていることが間違ってることに気付いてる。本当は、誰かに助けてほしいんじゃないんすか?あなたは幼馴染みで、ずっと一番近くであいつを見てきた。サガミさんが諦めてどうするんすか!今あいつの傍にいてあげるべきなのは、偽物の家族なんかじゃない。サガミさん、あなたなんじゃないすか?」

「…あいつの傍にいても、してやれることなんて何もない。……悪いが、俺はここで降りる」


俺は、静かに決断した。


「…………そうすか。分かりました。圭介はどうするか分からねぇすけど、あたしはやります。こんなの絶対、間違ってると思うから。…都古を説得して、必ず連れ戻す」


そう言い切ると、結鶴は部屋を出て行った。

再び都古と二人だけの時間が流れる。


これで良かったんだ。こうするしかなかった。

そう自分に言い聞かせる。


椅子から立ち上がると、ズボンに入れていた薬が落ちた。

残り1回分残っている。

こんな結果になった今でも、まだチャンスは残されていた。


…ここで薬を使えば、都古を説得できるのだろうか?

会って、何ができる?

俺は一体、どうしたいんだ?


自分の本心も、目的も、明確に示すことができない。

しかし体は、自然とその薬を飲み込んでいた。


それでもいい。細かいことは、夢に着いてから考えよう。


そんなことを考えていた、その時。


「………っ、?!」


突然、激しい頭痛に襲われる。

薬を飲んでも、今までこんなことは起こらなかった。


「…うっ……、くっ……!!!、」


視界が眩む。

俺は為す術もなくその場に倒れ込んだ。

次第に全身の力も抜けていき、俺はそのまま意識を失った。

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