レドパインの計略

「突貫! 突貫! 突貫!」皇国軍は戦皇エレオナアル付き神官戦士兼参謀レドパインの指揮で突撃する。


 対する帝国軍は密集方陣でその攻撃を迎え撃つ。


 皇国は兵の損害を顧みない突撃で帝国を押し返して再び帝都ゴルトブルクへと前進しつつあった―—表面上は。


 帝国の軍師ウォーマスターラウルは兵の損害を最小限にしつつ、最大の打撃を皇国軍に与えていた。


 皇国軍は文字通り土地を血であがなって帝都へと迫る。


 他の方面軍からも兵を抽出して帝都占領に全てを賭ける構えだった。


 レドパインは近衛騎士ジュラールにここぞという所でラウルたちを除く計略に働かせる心積もりだった。


 手柄を独り占めできれば、それだけ戦皇エレオナアルの覚えは良くなる。


 一方ジュラールは手柄はともかく、今の戦法には反対だった。


 兵の損害を無視する―—道義的な面だけでなく、軍事的にも今のやり方は問題がある。


 軍師ラウルが帝国軍を後退させているのはこちらに最大限の損害を与え、限界点で逆襲を狙っているからだ、それがジュラールの見立てだった。


 皇国軍はまんまと罠にはまっている、何度もジュラールはレドパインを説得しようとしたのだが、レドパインは聞く耳を持たなかった。


「卿がそう言うのは分かる、だがゴルトブルクさえ落とせればこの戦争は終わるのだ」


「それとも卿はこの作戦に全く可能性が無いとでも言うのか」


「そうは言いません。しかし、軍師ラウルは―—」


「買いかぶり過ぎだ。帝国での人気はともかく、実戦ではラウルはまだ坊やだ。ゴルトブルクまで行く前に死神の騎士や裏切り者エルリック共々ラウルも討ち取る。それに卿にラウルたちを除く計略が浮かぶのか」


 ジュラールはラウルたちに三対三の直接対決の決闘を申し込もうとした、来なければ捕虜―—女性と子供を殺すと書き、万が一自分たちが負けた際は隠しておいた兵に敵味方もろとも皆殺しにさせる計画だった。


 レドパインはその計画を鼻で嗤った―—いかにも騎士らしい甘い計画だと。


 計画をレドパインが練り直し、皇国軍が一敗地に塗れるか、ゴルトブルク包囲戦に移ったら発動させるという事になった。


 皇国軍が戻ってくる―—今日は帝国軍は防衛線を下げなかった。


「何をやっていた。前線指揮官共を呼べ!」レドパインは烈火のごとく怒った。


 損害は帝国軍一に対して皇国軍は三以上は有った。


 こんな戦いを繰り返していては皇国は干上がってしまう、ジュラールは歯がゆかった。


 *   *   *


「この状況、どう読む?」死神の騎士ことアトゥームは義弟にして帝国軍軍師ラウルと皇国を裏切ったメルニボネ人―—この世界ディーヴェルトではエルフと呼ばれていた―—エルリックに最近の皇国軍について尋ねる。


「明らかに戦術が変わっている―—ジュラール卿が指揮を執っていた時は兵の犠牲を勘案して戦ってたけど、今は犠牲を顧みない」ラウルは答えた。


「ボーサント=レドパインが首都攻略軍に加わったという報告は間違ってないだろう。奴らしい戦い方だ」エルリックが唸る。


「軍事的合理性が無い訳じゃない。屍山血河しざんけつがを築いても目標を達成できれば良いという事だろうね。自国が滅んでも、相手を滅ぼせればいい―—そこまでの覚悟を持ってるかは疑問だけど」


「軍偵たちや間者はジュラール卿の恋人が彼の目の前で死んだと伝えてきていた。レドパインの派遣は戦皇エレオナアルがテコ入れの為以上の何かを企んでやった可能性も有る―—我ながらうがちすぎだとは思うが」


「考えすぎという事は無いだろう。この場ではあらゆる可能性を考慮すべきだ」


「前女帝マルグレートが僕たちの排除に動くかもしれないね、この状況はマルグレートには有利に働くだろうし、警戒はしておいた方が良い」


「レドパインがマルグレートに接触して来たら逆にチャンスだろう。反逆罪に問える」


「エルリック、アトゥーム、ラウル、まず夕食にしないか。話し込むのも良いが下手な考え何とやらだ」天幕の垂れ幕が開いた。


 エルリックの友人ムーングラムだった。


 三人は顔を見合わせる。


「そうだね、まずは腹ごしらえといこうか」空腹も忘れて議論していた事に三人はようやく気付いた。


 *   *   *


 レドパインは果たしてラウルの読み通り前女帝マルグレートに接触を図った。


 マルグレートが幽閉された部屋に使い魔を飛ばしたのだ。


 前女帝は魔法による通信が盗聴されると思い込み、次回から手紙を使い魔に運ばせる様レドパインに指示した。


 自分と共に権勢を振るったアダルトマン将軍を筆頭に味方の貴族へ密書を送る。


 少なからぬ数の貴族―—ラウルを快く思わない一派が集まった。


 帝都で蜂起してラウル一派を皇国軍と手を組んで壊滅させる。


 決行はラウルたちが帝都に戦果報告に来る夏の盛りになる予定だ。


 レドパインは内心ほくそ笑む―—マルグレートは本気で我々を味方と思ったか、それとも他に頼る術も無いのか―—大人しくしていれば命は助かるものを。


 勿論レドパインは前女帝を生かしておくつもりなど無かった。


 皇国軍はじりじりと前進している、帝国世論がラウルに批判的なものに変わり、今のまま行けば丁度帝都ゴルトブルクの前に達した所で蜂起が起きるだろう。


 ジュラールの助けを借りずにラウルたちを葬れば言う事無しの結末だ。


 ラウルたちが帝都にいるならマルグレートたちに討たせ、皇国軍との戦に出ているなら自らが三人を討つ。


 ラウルたちはこの計画に気付いても表立ってマルグレートたちを害する事は出来ないはずだ。


 そうすれば帝国に決定的な分断のくさびを打ち込むことになる―—マルグレートを上帝として形の上では昇格させたのも帝国同士の内戦にならない為のギリギリの選択だったのだ。


 選帝侯たちはラウルについているが、反発が強まれば見捨てるだろう。


 更にレドパインはアトゥームを狙って罠を仕掛けるつもりだった。


 完璧だ―—レドパインは捕虜の女騎士を嬲りながら笑った。

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