首都ゴルトブルク攻防戦――皇国軍撤退
戦皇エレオナアルと勇者ショウは帝国首都ゴルトブルクを攻略すべく最前線へと文字通り飛んでいった。
エルリックたちは既に最前線で戦っていた。
龍の王国と呼ばれるショウの祖国ヴェンタドールの守護白龍ヴェルサスに乗ってショウとエレオナアルは前線に降り立つ。
「戦皇エレオナアル陛下万歳! 白の聖騎士にして勇者であらせられるショウ様万歳!」皇国軍――そして同盟している王国軍から歓声が上がった。
エレオナアルは龍から降りて用意された戦馬に落ち着く。
黄金の全身鎧に巨大な
ショウは白龍ヴェルサスに乗ったまま前方に立ち塞がる帝国軍へと向かっていく。
恐慌状態に陥るものが続出した帝国軍は崩れかかった。
潰走に近い状態で退却する。
「追う必要は無い――敗北を女帝マルグレートに思い知らせるのだ!」エレオナアルが勝ち誇る。
その様子をエルリックと相棒ムーングラムは遠目に見ていた。
「派手なご登場だ」
「このままあっさり首都陥落といくかな」
白龍が出てきたのも首都攻略の名誉が担えると思ったからだろう。
「攻城兵器は後から追い付くのだろう? 帝国軍もまだいる。戦皇エレオナアル陛下の目論見通りにいくかはまだ分からぬ」
それに——死神の騎士アトゥームがどう出るか。
帝国に義理は無いといえ、エレオナアルは宿敵だ。
帝国側についてもおかしくはない――いや、恐らくは――。
そして黄金龍の娘シェイラとその義母にして
「ショウ! ショウ! ショウ!」戻ってくるショウに兵たちは歓呼した。
ショウは片手を上げてそれに応える。
「ともかく今はエレオナアルに従っておこうか、逃げるのは後でもできそうだ」
馬に乗った伝令がやって来る。
「エルリック殿、ムーングラム殿。今宵の戦勝の宴に是非とも参加して頂きたいとの陛下の思し召しです」
「気が早い様に思われるが――」
伝令は笑った。
「もう少しで帝国の首都ゴルトブルクは陥落します。エレオナアル陛下の采配は見事だ――心配する事等何一つとして有りませんよ」
エルリックたちは顔を見合わせたが、余計な事は口にしなかった。
そしてエルリックたちの予想は、予想もしなかった形で当たったのだった。
* * *
戦局が動いたのはエレオナアルとショウが龍から降り立った三日後だった。
ショウは白龍ヴェルサスに乗って帝都ゴルトブルクの市街地へ単身攻撃をかけていた。
エレオナアルは本陣から前に出て、帝都への進路をふさぐ帝国軍と戦う。
「後ろに軍勢多数!」物見の声がエレオナアルと肩を並べて戦うエルリックたちにも伝わる。
「城攻めの兵器を持ってきた我が軍だろう。多少予想より早く着いたというだけだ」エレオナアルは兜の面貌を上げて言った。
「敵軍です! 敵軍が――!」物見の喉に矢が突き刺さった。
細い矢が皇国軍に無数に降りかかる、隊列が崩れた。
突然騎兵が現れた――透明化の魔法で隠れていたのだ。
隊列の崩れた所に馬体の重量がぶつかり切り裂く。
不意を突かれた皇国軍は有効な迎撃態勢を取れなかった。
見る間に本陣を突破される。
「<死神の騎士>アトゥーム=オレステス見参! エレオナアル、貴様の命もらい受ける」
愛馬スノウウィンドに乗って騎兵を率いたアトゥームがエレオナアルに襲い掛かった。
エレオナアルは恐怖の叫びを上げた。
「大将の首をあげれば皇国軍も終わりだ――考えたな、アトゥーム坊や」エルリックが帝国軍の騎士と切り結びながらひとりごちる。
「このままエレオナアルを斃してくれれば我々も手間が省けるが」ムーングラムがエルリックを襲う騎士を後ろから斃す。
皇国近衛騎士が二人、アトゥームに斬りかかろうとしたが、エレオナアルとアトゥームの一騎打ちになるとみると、身を引いた。
「何故下がる! その平民風情を討ち取れ――近衛共!」
エレオナアルは必死に喚く。
「武器を構えろ、エレオナアル。一騎打ちを避けたと有れば戦皇の名折れだぞ」
言いざまにアトゥームは両手剣デスブリンガーで斬りかかった。
「ひいっ!」悲鳴を上げながらエレオナアルはその一撃を鉾槍で受け止めた。
数合打ち合ううちにエレオナアルの上半身が泳いだ。
「終わりだ」アトゥームの一撃がエレオナアルを襲う。
エレオナアルは瞼を思いきりつぶった。
金属と金属のぶつかる派手な音が響く。
アトゥームには信じられない光景が目の前に広がっていた。
長大な
止めたのは深紫の全身鎧を着た青年だ。
「戦皇エレオナアル陛下付き近衛騎士、ジュラール=ド=デュバル。陛下の命は奪わせぬ」黒に近い茶色の長髪をなびかせた騎士が不敵に笑っていた。
「近衛! 陛下を守りつつ撤退せよ! 白龍ヴェルサスに陛下を預けるのだ! それまで斃れる事は許さぬ!」ジュラールと名乗った騎士はてきぱきと指示を出す。
エレオナアルは近衛に囲まれて姿を消した。
アトゥームは目の前の騎士が恐ろしい強者だと悟る――対人戦に限ればショウよりも強いかも知れない。
アトゥームはデスブリンガーを両手で握り直す。
しかしジュラールはアトゥームの予想もつかない事を言った。
「止そう、死神の騎士。ここで戦うのは無意味だ。我々も兵を退きたい。無理な進撃がたたって糧道が伸びきっている。一度仕切り直しだ。帝国にしても今我が軍を追撃するのは不可能だろう。お互い手詰まりだ。そちらも態勢を立て直す時間が出来る。悪い話では無いと思うが」
「さもなければお互い全滅するまで戦い続ける、か」
「話の分かる相手は良いものだ」ジュラールは微笑んだ。
アトゥームは周りの様子を注意深く見ながらデスブリンガーを背中の鞘に収める。
「退却! 青と緑の狼煙を上げろ! 退却だ!」皇国の将が命令を下す。
皇国軍は辛うじて潰走せずに後退を開始した。
「深追いするな! 負傷者を集めろ!」一方帝国軍も兵をまとめようとした。
追撃は行わない――元から奇襲した帝国軍は皇国軍の五分の一ほどの人数しかいなかった。
戦場の騒乱が去るまで一刻ほどかかる。
アトゥームは戦場に似つかわしくない鈴の様な音が鳴るのを聞いた、左の手首に嵌めた遠距離通話用の
「ラウルか?」腕輪に話し掛ける。
「義兄さん? 襲撃は成功した様だけど。エレオナアルには逃げられたのかい」
「ああ、ジュラール=ド=デュバルという近衛騎士に阻まれた」
「そう。白龍ヴェルサスが急に舞い戻ったからそうかも知れないとは思ったけど」
「計画はどうなってる?」
「明日の夜に決行だよ。七人の選帝侯の内五人は僕たちについてくれてる。僕たちには皇国軍を退かせた功績が有る――言う事無しだよ」
「戦よりも緊張するな。俺は政治には向いていない。実感させられるよ」
「ともかく、無事で良かった。エレオナアルを斃せる可能性が有ったから義兄さんを先鋒にする事に賛成したけど、そうでなければ絶対に許可しなかったよ。義兄さんは自分の影響力を少しは自覚しないと」
初春の風が吹き抜けた――夜が近い――アトゥームは急に寒さを覚える。
辺りには斃れた両軍の兵たちの骸が無数に転がっていた。
自分が斃れずに済んだのは、ただただ運が良かっただけだ。
「分かった。これから戻る」アトゥームは愛馬スノウウィンドの馬首を巡らせると一散にゴルトブルク目指して駆けはじめる――。
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