2.まさか当事者になるなんて
一般的には男と女が生涯のパートナー的な意味で使われるやつ。
恋愛関係の漫画にファンタジーを加える時、大体よく見かけるのもコレだ。片方が一方的に番だと本能で察して、相手側がそれをどう受け取るかで内容も変わる。名付けるなら番バースとでも呼びたい。
もう一つ有名なバースもあるけど、このままだと脱線しちゃいそうだからここで止めておく。
さておき、私は今思いっきり頭を抱えている。
なんで番バースというか番システムも現実に起こっているのよ! ダンジョンに続いてこんなのまで現実に登場しなくていいでしょ?!
頭を抱える私を見て、目の前の人物(?)が首を傾げた。
「どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! っていうか、そもそもあなた、誰?!」
「我はここのダンジョンマスターで、シルヴィアスという。シルと呼んでくれ、我が番」
「さっきも言ったけど、なんで私が番なのよ!」
「番というのは本能で見つけるものだ。そなたを見つけた瞬間、我に電撃が走った。本能がそなたが番だと告げたのだ。故にそなたは我が番である」
「理屈が滅茶苦茶じゃない……」
いや、漫画でよく見る番システムって大抵そういうもんだった……。
それに気付いて、顔を手で覆いながら天を仰ぐ。
……ん? あれ、ちょっと待って。
「ダンジョンマスター? ダンジョンマスターって言った、今?!」
「うむ」
ゆっくりと頭を上下に動かすのが見えた。貫禄のある人の頷き方だ。
でも、今はそれよりも、大事な事を聞かないと。
「……えっと、まさかと思うけど、この世界に出てきているいくつものダンジョンって、もしや」
「我のダンジョンはここのみだが? 他のは知らぬ。そもそも、ダンジョンは色んな奴が思い思いに作っているものだからな」
「ええ……」
何それ。ダンジョンってそういう物なの?!
いや、でも、確かにあちこちに出現してるっていうダンジョンを一人を管理するなら大変だし、各々で管理しているならそれはそうなのかもしれない。
と、いうか。
「そもそも、あなたはなんでダンジョンなんてのを作ろうと思ったの?」
「
シンプルな答えだった。
理由を聞く前に、彼の方から続きを話してくれた。
「実は、作る前に我は番を探す旅をしていてな。その道中で、未来が視えるとか言う肌の青い女と出会い、言われたのだ。『ダンジョンを作って異世界と繋げるといい。繋げた後、最初に人を二人呼ぶといい。そうすれば一月後に番に会える』とな」
「眉唾物とは思わなかったの?」
占いならば気休め程度、ちょっとしたお遊びみたいに気を楽にして見れるけど、未来視なんて眉唾物にしか思えない。
私の質問に、シルヴィアス――もうシルって呼ぼうか――は至極真面目な顔で答えてくれた。
「互いに初対面だというのに、我の過去を悉く具体的に言い当ててきたのだぞ。やれ、何歳にどんな事をしてどのような結果を得たのかを詳細に。
信ずるに値するであろう」
「……それもそれで怖いわね」
「だろう?」
その時の事を思い出したのか、シルが溜息を零す。
兎にも角にも、これで彼がダンジョンを作った理由が判明した。番を見つける為だなんて、ある意味ひどい理由じゃない。いや、でも、彼にとっては真剣な事なんだろうな。番システムって、探す側としては人生の一大事の一つらしいし。
さて、これからどうしようと思っていたら、お腹が盛大な音を立てて鳴った。……恥ずかしい……。
というか、放課後に召喚? されたのよね。だったら、お腹が空いていてもおかしくはないか。
シルは「ああ」となんだか納得したような声を上げて、私に椅子を勧めてくれた。お言葉に甘える事にして、座る。
「きゅっぷんっ♪」
きゅぷちゃんが、苺に似た果実が何個か入った籠を差し出してくれた。一体どこに生えてたんだろう、コレ。途中で見た覚えないんだけど、見落としてただけかな……?
「ありがとう」
「きゅぷ!」
嬉しそうに笑って、下がるきゅぷちゃん。さっきのマロちゃんと一緒に壁際で並んで立つ。
貰った果物を一個摘まみ、口に運んで噛みしめる。広がる果汁の味はまるでどころか、苺じゃない、これ。
「驚いた……異世界にも苺ってあるのね」
「ああ、それはこの世界の果物を取り寄せて種から作ったものでな。少々成長を速めるように手助けはしたが、大体は自然に育てているぞ」
「ちょっとまって。どういう事?」
またしても聞き捨てならない話を聞いた気がする。
事もなげにシルは答えてくれた。
「ダンジョン内とはいえ、未知の物を食べるのは抵抗があるだろう? 馴染みのあるものを作ってダンジョン内に生やしておけば、ここの世界の者達は食べると思ってな」
……確かに、理には適ってる。
適っているんだけど、なんていうか、こう釈然としない。言うなれば、夢の国に遊びに行ったのに、夢をぶち壊しにされたような、そんな気分だ。
でも、美味しい事に変わりはないし、果物に罪は無いものね。というわけで、きゅぷちゃんが持ってきてくれた苺を口に入れていく事にした。
「それで、我が番よ、聞きたい事が二つあるのだが」
「番はやめてってば。で、何よ?」
「うむ。一つは、そなたの名前を知りたい」
言われてみれば、私は名前を聞いたけど、自分の名前を名乗っていなかったかもしれない。
失礼だったなと今にして気付いて「ごめん」とまず謝った。
「さやか、よ。名字……えーと、ファミリーネームが通じるかわかんないけど、それが
「我の世界風に言えば、サヤカ・モリカゲ、なのだな。ありがとう。サヤカ」
「あ、はい」
嬉しそうに笑いながら名前を呼んできたシルに、妙なむずがゆさを覚えてそう返事してしまった。
誤魔化すように次を促す。
「それで、二つ目は何?」
「ああ。其方、もう一人連れが居たはずではないのか? 何故一緒に居ない?」
シルの質問に、嫌な記憶を思い出す。同時に溜息を零した。
「一緒に来てないからよ。あいつ、魔方陣だっけ? それの外に出てね」
「……なに?」
急にシルの顔が険しくなる。整った顔が怒りの表情を浮かべても様になるのって、不思議よね。
果物を齧りながらシルの様子を見ていたけど、彼はまだ眉間に皺を寄せたままだ。
「だから、一ヶ月も音沙汰が無かったのか。いや、それならば確かにあの女の言う事とピタリと合うな」
「…………は?」
今度は私が呆気にとられる番だった。
一ヶ月? ちょっと待って、どういう事?!
「まさかと思うけど、召喚の魔方陣が出てから一ヶ月……って事?」
「そうだ」
口にした疑問はあっさりと肯定されて。
……何よそれ。
「なんでそんな事になってるのよ?!」
一ヶ月って事は、今何月の何日なの!
っていうか、そんなに長い時間が経っていたって事は、今頃あっちじゃ行方不明扱いされてるはずよね。どうしよう、どうやって戻れば……?!」
「落ち着け、サヤカ」
「シル!」
「うむ。なんだ」
「私、家に帰れる?!」
「勿論だ」
「あぁ、でもどうしよう、今頃お母さん達も…………って、え? 帰れるの?」
あまりにもあっさりと言われたからか、半信半疑になってしまう。
顔に出てたらしい。シルは笑い声を少し零してから、穏やかな笑顔を向けてきた。
「ああ。今ドアを繋げよう」
そう言って、シルは近くの壁に立つとドアを一つ作ってしまった。
普通に、どこにでも見るような洋式の四角いドア。これは一体……?
シルに「家をイメージして開けるといい」と促され、ドアノブを回す。
想像するのは我が家のリビング。テーブルがあって、人数分の椅子がある。馴染みのある風景。
ドアを押すと、さっきまで壁だったとは思えない軽さで開いた。
開けた先には、見慣れた我が家のリビングがあった。食卓には両親と兄さんが座っている。見慣れた眼鏡姿が三つ並んでいるのを懐かしいと思うのは、さっきシルから一ヶ月も時間転移(?)したと聞かされたからだろうか。
その両親と兄さんがこちらを向く。気のせいか、両親の目の下にクマが出来てるような?
兄さんは記憶にあった髪型より少し短めにしていて、それだけで時間の経過を感じてしまった。
「えーと、ただいま?」
「さやか?!」
家族全員の声がハモった。
お母さんに真っ先に抱きしめられて、少し苦しさを覚える。少しふくよかだった身体は少し痩せたように見える。
「あんた、今までどこに! 怪我はないの?! 大丈夫なの?!」
「一ヶ月も居なくなって! 心配したんだぞ!」
「え、ええと、ごめんなさい……?」
一ヶ月も経っていたのは自分の意思ではないというか、不可抗力なんだけど。
兄さんの言葉が無いからどうしたんだろうと思ったら、彼は私じゃなくて後ろに居るシルを見ていた。
「……コスプレ?」
うん、角あるからそう見えるよね。でも、本物なんだよねえ。
というか、妹が帰ってきたのに、何も心配の声とか無いわけ?! 容姿は一般的なイケメンなのに、妹への気遣いも無いなんて、ダメな方だと思う。
兄さんの一言で、両親もようやく後ろに居るシルに気付いたようだ。
「あなたは? さやかを助けてくれた人ですか?」
お父さんの声に警戒が滲み出ている。確かに、娘が一ヶ月ぶりに誰かと一緒に帰ってきたならそう思うよね。
「我はシルヴィアス。この世界で一月前に新しいダンジョンが出現しただろう? そこのマスターだ」
シルの一言で目の色を変えたのは兄だった。
「え、ダンジョンマスター?! 本物?!」
「ああ」
「うおーーーー! すげーーーー! さやか、お前どうやってそんな人と知り合ったんだよ! って、待ってなんだこのドアの向こう?!」
兄さんが興奮した様子でドアから向こうを見ている。すぐに足を踏み入れない辺り、一応警戒心は残っているみたい。
「これはダンジョンマスターたる我の執務室みたいなものだ。そこから別空間と繋がるドアを作り、サヤカにこの場所をイメージしてもらう事で繋がった為にこうして彼女が帰って来れたという訳だ」
「本当なのか、さやか?!」
「えーと、うん、そういう事みたい?」
「うおおおーーーー!!」
私の返答に、兄さんが雄叫びを上げる。
すぐにスマホを出してシルに「中を撮影してもいいですか?!」と尋ねている。
「目的は何だ?」
「俺、配信者なんです。ダンジョンマスターの執務室を撮影して、動画として出してみたいんですが!」
そういえば、兄さんは大学生なんだけど、配信もやってるんだよね。ダンジョンにも今まで潜ったりした事はあるらしいけど、動画の再生数が伸びたとかそういう話を聞いたことが無い。本人は「俺は燻っているだけだ」と言ってるけど。
シルが顎に手を当てて何かを考え込んでいる。
「その配信とやらは、動画として再生するしか出来ないのか?」
「生放送、って事ですか? 一応その枠も作れなくはないですけど」
「では、その生放送とやらを一度してもらえるか?」
「いいですが、いつやります?」
「今だ」
「今?!」
側で聞いていた私もびっくりよ。シルは一体何を考えてるんだろう。というか、配信とか動画とか知ってるんだ。シルの世界ってどうなってるんだろう?
兄さんとシルのやり取りに関して、理解が及ばないと判断したのか、両親は私に向き直った。
「しかし、この一ヶ月もの間、どうしてたんだ?」
「あー……それなんだけどねえ……。どうやら、時間転移? ってやつをしてたらしくて」
「は?」
両親は開いた口が塞がらない様子だ。
うん、自分でも言っててわからないから仕方ない。けど、自分の身に起きた事を考えると、それ以外に言いようが無い気がする。
頭に疑問符飛び交ってる両親を見ながら「どう説明したものかなぁ」と呟く。
というか、家族もだけど、周りって私が消えた状況をどう説明されてたんだろう?
今更ながらの疑問に気がついて、でも、それを聞く前に後ろで呑気な声がした。
「ええと、こんばんは! 実は、妹が帰ってきました! 心配してくださった皆さんありがとうございました」
……待って? さっき言ってた生配信を今やってる?
振り返ると、いつ持ってきたのか自撮り棒で撮影をしている兄さんとシルの姿があった。
続けた呑気な声で、リビングのドアが執務室に繋がっているのを説明しだした。
「それでですね、どうも妹はこのドアの向こうにあるダンジョンから戻ってきたらしくてですね。
作り話かと思うじゃないですか? ほら、この部屋とリビングがこう繋がってるので、どうも信憑性はあると思います。リビングと他の部屋が続く事って無いでしょう? 俺の家、一般的な一軒家ですよ!? 部屋と部屋をくっつけるようなDIY出来るほどの家じゃないですよ!!」
さりげに失礼な事言ってない?
兄さんは次にシルヴィアスを手のひらで指す。指差しは失礼っていうのはわかってるらしい。
「そしてね、こちらにおられるのがそのダンジョンマスターだとおっしゃる方で……そういえば、名前は?」
「シルヴィアスだ」
「シルヴィアスさん、だそうです。この風貌、コスプレかと思いますよね? ねー」
多分、コメント欄見ての相槌だよね、最後の。
「ですが、この角、取れないんですよね?」
「無論、自前だ。なんなら付け根の辺りを見るか?」
そう言って、屈んだシルヴィアスが角の周りの髪を掻き上げる。近づいてよく見ないとわからないが、髪と同じように角も頭皮から出てるって事なんだろうか。
兄も確認したのか「マジだ……」って言ってるから、本当に頭皮から生えているらしい。
「で、シルヴィアスさんはなんで妹と一緒にダンジョンからこちらへ?」
「なに、挨拶をしなければサヤカの家族に礼を欠くと思ってな」
ん? 挨拶? どゆこと?
疑問符を浮かべてシルを見たら、手招きされた。
嫌な予感しかしないが、呼ばれたからには行かなければいけない。兄さんからも手招きがされて、仕方なくそちらへと歩く。
メイクとかしてないから出来るだけ顔を映さないように気をつけて……と思っていたのだが。
二人の側に来た途端、シルが私の腕を取って、気付くと抱きしめられていた。
「我が名はシルヴィアス。竜族の一人であり、ダンジョンマスターである。そして、このサヤカは我が運命の番だ」
そう紹介されて、シルが私の額にキスをして――――
……………………は?
「何をしてるのよ、このロリコン変態!!!!」
大きな音を立てて、シルの頬と私の手は赤くなったのだった。
あ、お父さんが倒れた。
十六歳JK、ダンジョンマスターの番として拾われました?! 月夜見うさぎ @kotousa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。十六歳JK、ダンジョンマスターの番として拾われました?!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます