最終話 君を守るために
翌朝目が覚めると、事故があった日の前の記憶が蘇っていた。記憶が蘇るのが一昨日だったらと後悔もするが、そこを攻めていてもしょうがない。今日はお昼から彼女のお葬式があるため、色葉さんを見送る覚悟を決めていた。時間が来るまでに彼女が最後に作った句の意味でも考えてみようと思った。
「背の君よ あいの行く先 いづくにか 汝が思ひ出 桜のごとき か。俺への思いの向かう場所はどこにあり、記憶が失くなる前、つまり今の俺に逢うためにはどこに行けばいいのかわからない。思い出が桜みたいに散っているあなたに聞いてもなんにも変わらないのにねって感じの意味なのかな。相談してスッキリしたもんだと思ったけど、結局俺には相談なんてしてなかったじゃんか。……とても上手で良い句だと思うよ、俺は。さすが、俺の自慢の彼女だな」
引いたはずの涙がまた溢れ出てきそうになる。だが、郁には絶対に涙を見せたくない一心で必死にこらえた。
「さっさと起きなさ〜い!遅刻してるから早く学校に行かないと!」
母さんのそんな声が1階のリビングから聞こえてきた。
「もしかして、もう始まる時間か?!」
そう思い、リビングに降りて壁にかかっている時計を見た。まだ8時5分だったので母さんが今日は学校ある日だと勘違いしているのだろうと思い、
「母さん、今日は土曜だから学校はないよ。ボケてきたんじゃないの?」
と言った。すると母は不思議そうな顔をして
「かんたこそ寝ぼけてんじゃないの?今日は月曜日だよ。早く学校行きなさい」
と言った。俺はその言葉を理解できず、母に聞いてみた。
「今日は9月20日でしょ?」
「何言ってんの。今日は9月15日の月曜よ」
「なに?ドッキリか何か?こういう時にドッキリは本当にやめて」
そう言いながら俺は恐る恐るスマホの画面を見た。画面には『9月15日(月)午前8時7分』と書かれていた。
「ほら、嘘じゃないでしょ?学校までは車で送っていくから早く着替えてきなさい」
「わかった…」
俺はこの状況に戸惑っていた。だが、郁を助けるために神様から与えられたチャンスだとも思った。
「郁、絶対に君を守るからな」
俺はそう決意しながら、自分の部屋に戻って制服に着替えるために、階段を登っていた。その途中でうっかり足をすべらせてしまい、階段から転げ落ちた。頭を強打したらしく、意識が朦朧としてきた。
「大きな物音したけど大丈夫?って、かんた!しっかりしなさい!もしもし、病院ですか?息子が家の階段から落ちて頭を強打していて……はい……はい……ありがとうございます。今すぐにお願いします。…いま救急車呼んだからね」
その言葉を最後に、俺の意識はなくなっていた。
気付いたら僕は暗闇の中に立っていた。目の前には、1人の女性が立っており、こちらに背を向けていた。僕はその女性に近づくために歩き出した。小さな声で何かを言っていたがうまく聞き取ることができなかったため、さらに近づいた。
『背の君よ あいの行く先 いづくにか 汝が思ひ出 桜のごとき』
はっきりと聞こえたが、言っている意味がわからなかった。
『あの、それって…』
僕はその言葉の意味を聞こうとしたが、答える前に突然女性が振り向いた。その顔には見覚えがあった。だが、誰なのかは思い出せない。世界で一番愛していた人、絶対に忘れたくない人、自分が守り抜くと誓った大切な人、それなのにどうしても思い出すことができない。その人と過ごした日々も、大切な思い出も、なにもかもが靄がかかっているかのように思い出すことができない。それでも、もう一度会えた嬉しさで涙が溢れそうになる。
『どう?上手になったでしょ?』
そう言った女性は瞳に涙を浮かばせながらも笑っていた。その表情を見た時、僕はなにか大切なものを忘れているような気がした。
なぜだかわからないが僕は泣いていた。
君との約束 蒼雷 @yomuLOVE
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