第3話 聖女はエンチャンターに想いを馳せる

「ミディアよ。神の名のもとに勇者に仕え、魔王討伐に尽力せよ」

「はい。神の名のもと、このミディア、そのめい、受け賜わりました」


 私は教会の命令で魔王討伐勇者パーティーに参加することになった。正直、魔族や魔物と戦うのは怖い。「なぜ私なの? 他にも相応しい優秀な方がいるはず」と思いつつ、故郷から遠く離れた大聖堂でその命を受けたのだ。


『よかったね。先輩じゃなくミディアが選ばれて』

『ほんと良かった。神の命とはいえ死にたくないもの』

『でも勇者とお近づきになったら幸せじゃない?』

『そうなの? あたし勇者とか興味ないわ』


 同じく神に仕えている神官仲間のひそひそ話が聞こえてくる。苦しい反面、選ばれた人間だと思うことにして、勇者とその仲間達と出会う日を待つことにした。


 ◇


「ミディアと申します。これから皆様方にお世話になります」

「初めまして。俺が勇者のスタロンだ。で、こいつは――」


 待ち合わせのギルドの酒場には三人の男がテーブル席で酒を飲んでいた。「この人達で合っているよね?」心配になったが勇者の装備品に王家の紋があったので間違いないだろう。


「それで、もう一人いるんだが――」

「手続き終わったよ、スタロン――、この方はもしかして」

「そう、加入してくれる神官。こんな金髪碧眼の美人だとは思わなかったよ」

「よろしくね。僕はラルフって言うんだ」


 そう自己紹介してくれた男を見て、私の中で稲妻が走り心打たれた。「他のメンバーはわからないけど、この人がいるのなら大丈夫だ」そう確信し、彼の笑顔に魔王討伐への不安が和らいでいった。


「ミディアと申します。ラルフさん」

「ミディアね。これからよろしくね」


 ◇


「ミディア! スタロンの援護!」

『ホーリーアロー!』


 戦闘では勇者スタロンの他に二人の魔法戦士が連携を取りながら前衛を務めていて、後衛で付与術を駆使してフォローするエンチャンターのラルフ君が私に的確なアドバイスをくれた。初めての戦闘は緊張したけれども、これなら何とかやっていける。勇者パーティーということもあって圧倒的に強いことがわかって安心した。


「ラルフ報告よろしく」

「ああ」


 スタロンはラルフ君に雑用を押し付けているように見えた。ギルドの手続きもそうだし王国への現状報告、それと移動経路の確認や宿泊場所の手配。この人が陰で支えているから、パーティーとして成り立っているんだなと強く感じた。私は彼に密かな思いを寄せていると自覚する度に、教会で言われたことを思い出した。


 ◇


「ミディアよ。あなたは勇者を支えるのだから勇者以外のメンバーに心を許してはなりません」

「はい、わかりました。神に誓います」


 メンバーの誰かと恋に落ちたのなら、恋人と勇者がピンチになったときの助ける優先順位が変わってしまう。あくまでも勇者に使える身なので、そのことは絶対にあってはならない。けれど――、


 ◇


「――ディア。――ディア」

「はっ! 何ですかラルフ君」

「疲れていない? 負担がかからないように移動日程を変えようか?」

「いえ、大丈夫です。日程はそのままで」

「ミディアのコンディションは重要なの。コンディションを落としたまま戦闘に入ったら、マズいんだよ。回復役はかなめだから」

「ラルフ君がそう言うなら――」


 ラルフ君は私の心配だけでなくパーティー全体のことを考えて行動している。他の三人がリラックスだと言って飲みに行く中、宿で一人今後の計画を立てている姿を見て、私は彼の魅力を感じずにはいられなかった。


 ◇


「スタロン、そいつ仕留めて!」

「それどころじゃない!」


 前衛を突き抜けて魔獣が私に襲い掛かって来る。


「ひゃ!」


 躱せない。そう思っているとラルフ君が盾になって助けてくれた。


『ミディア、俺に回復!』


 スタロンの大声が聞こえたが、それどころじゃない。私は――、


「ミディア、スタロンから回復を……」


 ラルフ君にそう言われ自分の立ち位置を思い出す。スタロンに回復魔法をかけた後、ラルフ君にも回復魔法をかけた。


 ◇


「ラルフ、ギルドと王国への報告よろしく」

「わかった。すぐにやるね」


 どのくらい時間が経ったのだろう。パーティーの連携が少しずつ磨かれていくと共にスタロンの私を見る目が獲物を見つけたような目をし、私は怖くなっていった。そんなある日のこと。


「ミディア様でいらっしゃいますでしょうか?」

「はい、そうですがどちら様で?」


 ギルド酒場のテーブルでミーティングをしていると、教会からの三人の使者が私のもとへやってきた。


「わたくし、教会の者でミディア様に伝えたいことがあります。お時間よろしいでしょうか?」

「えーっと、スタロン大丈夫?」


「大丈夫だぞ、ラルフに記録をまとめさせるから」

「ミディア行ってきて、僕が結果をまとめておくよ」


 パーティーメンバーに一礼をしてからギルド内にある個室を取り、私は教会の使者の話を聞くことにした。


 ◇


「それでご用件というのは?」

「実はミディア様が聖女であることがわかりました」

「えっ! 聖女?」

「はい、聖女です。つきましてはお役目の方を教会総本山に移してくださるようお願いいたします」

「そうですか……」


 驚いた。まさか自分が聖女であるとは思いにもよらなかった。勇者パーティーを脱退し、総本山で聖女としての役目を務めることになったのだ。ちなみに私の代わりにパーティーに加入する人は決まっていないそうだ。スタロンから離れられる。戦闘で死ななくて済む。その安堵とは裏腹に、ラルフ君と会えなくなるのかと思うと寂しい気持ちで一杯だった。


「急な話で申し訳ございませんが、明日、移動するための馬車が到着します。すぐに準備のほどを」

「わかりました」


 おそらく総本山へ行ったら最低十年は拘束されるであろう。それが聖女の役目ならば仕方がない、自由を諦めるしかない。


 ◇


「ミディア、夜俺の部屋に来てくれ、パーティーの役割のことで話がある」


 使者の話を聞いたあと戻ると、ミーティングは終わっていた。ラルフ君はギルド受付で何やら手続きをしているみたいで、他のメンバーも席を外していた。


「わかった。じゃあ、夜お邪魔するね」


 ◇


「何だ、この宿。ラルフこれ何なんだよ?」

「ごめんごめん、良さげなところ空きが無くてさ。これでもいい所探したんだよ」

「はぁ。まったく、お前は戦闘で役に立っていないんだから、このくらいちゃんとやれよ」


 スタロンがラルフ君に苦言を言っている。私は「せっかく宿を取ってくれたのに、それはあんまりだよ」とスタロンの勇者としての品格を疑った。


 宿の中に入るとすぐ、私は総本山へ行くための準備をした。準備をした後、私はスタロンの部屋を訪れる。


「お疲れ、入って」

「失礼します」


 スタロンはベッドの傍にある椅子を指し、私に座るよう促す。彼も同じように椅子に座った後、おもむろに話し始めた。


「最近、調子はどう?」

「ん? 大丈夫だよ」

「そうか――さっきの教会の連中、ミディアに何を言ったんだ?」


 伝えた方がいいだろう。私は事情を話す。


「私、このパーティーから抜けなきゃいけなくなったの」

「なんで?」

「今まで教会から派遣されてメンバーとして戦ってきたけど、教会に戻ってお役目しなくてはならなくなったの」

「ほう。それでパーティーの役割を果たせなくなったと?」

「うん」


 私が頷いたとたん、スタロンが私をベッドに放り投げた。ああ、怒るのも仕方ないな。でも、私の立場もわかってよ。


「最後くらい俺の役に立ちな」


 そうスタロンが言うと、私の服をはぎ取り始めた。一瞬何が起こったのかわからなかったが、服が脱がされる度に私が乱暴されることがわかり、恐怖心が一気に襲い掛かった。


「おめぇ初めてなんだろう? いなくなる前に、一緒に気持ち良くなろうぜ」


 抵抗するが力で勝てるわけがない。イヤだイヤだイヤだ、本当にやめて。誰か助けて。私がそう思っていると扉を叩く音が聞こえた。


『ラルフだ。スタロン、入るぞ』

「今、忙しいんだ後にしてくれ」

『急用だ』


 ラルフ君が部屋に入ってきて、スタロンは怒る。スタロンはラルフ君を殴ったあと、興がさめたと言い、ラルフ君から銀貨を奪って娼館へと向かった。顔をさすりながら立ち上がるラルフ君。彼はスタロンが行くのを見届けたあと私を心配し近づいてきた。


「ミディア大丈夫か」


 私は彼に抱き着き、泣く。乱暴されなかったこと、彼が助けてくれたこと。そしてラルフ君と別れる時間が刻々と迫っていること。いろいろな思いが入り混じり、しばらくの間涙を止めることができなかった。


 ◇


 翌日、私はミーティングでパーティーから脱退することを告げる。ミーティングが終わってからラルフのところへ行き、彼に声をかけた。


「ラルフ君、ごめんね」

「しょうがないよ、命令だから」


 そうじゃない。謝りたかったわけじゃない。私は勇気を振り絞る。


「うん。あ、あのね。もし良かったら手紙くれないかな?」

「総本山宛でいいんだよね? 検閲とかで引っかからない?」


 それが精一杯の言葉だった。


 ◇


「ミディア様、出発いたします。よろしいでしょうか?」

「お願いします」


 教会の馬車に乗り、移り行く景色を眺める。これからのお役目のこと。勇者パーティーでの思い出。頭の中をいろいろ駆け巡ったが、一番はラルフ君のことだった。


 ああ、またあなたに逢いたい。

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