解決編はすぐそこ
次の日は、昼から学校に行った。午前中に、病院に行ったから。たいしたことないからいいって言ったんだけど、ガーゼを貼った僕の腕を見た父親に連れていかれた。
「こけて、擦りむいただけやで」
「小三のとき、同じこと言ってて病院行ったら骨折しとったやろ」
そういえばそんなこともあった。
僕の自己判断はまったく信用されてないらしい。
とはいえ、今回は、診察の結果ほんとにただの擦過傷だった。
車で送ってもらって、昼休みに到着という優雅な登校。
「え、やっぱ折れとったん?」
「折れてない折れてない」
教室で弁当を食べていた桐山に、開口一番訊かれてそう返す。
「なんか、文化祭の準備で腕使う系のことあったら、こっち振ってな」
「うん」
惣菜パンをかじっていた鳴海の申し出に、ありがたく頷く。
柚木さんたちとご飯を食べていた日笠さんにも同じことを言われて、なんだか申し訳なくなってくる。名誉の負傷とかでもなく、まじでアホなことした結果の自業自得だからな。
「あ、緒方、そう言えばね」
「うん?」
「さっきね、柚ちゃんと喋ってて、気づいたんだけど」
そう言って日笠さんはスマホを操作する。
「ほら、部室の生物室に、謎の手紙っていうか、紙が置かれてたって言ってたでしょ? あの文面、これじゃない?」
差し出されたスマホの画面に視線を向ける。
そこには、歌詞の検索サイトの一部が表示されていた。
曲のタイトルは『燐光』で、アーティスト名は『薄明』。
あの日、生物室で見つけた、朝比奈先輩が配っていたというCDの曲だ。
いつか光る いつの日か光る
遠いところで待ち合わせ
あの日いなくなった私をさがして
「あれ、この曲の歌詞の一部だったんじゃない?」
日笠さんの言葉に、僕は頷く。
たぶん、それで間違いない。となると、あとは、確認作業だけだ。
放課後、部室兼第二生物室へ向かう前に、用務員室へ寄った。
倉田さんに会うためだ。
声をかけると、備品の確認をしていたらしいところだった。仕事の手を止めてしまうことに気が引けたけど、まったく気にした様子もなく穏やかに笑う倉田さんに尋ねる。
「あの、倉田さん、夏休み明けの定期清掃で、ワックスがけしてはった日のことなんですけど」
「ああ、あの日は急かしちゃってごめんね。なんかあった?」
「や、僕らのほうこそ遅くまで残っててすみませんでした。ねんのための再確認なんですけど、あのとき、倉田さんが掃除してた廊下通ったひとって、誰もいなかったんですよね?」
一ヶ月近く前の出来事をわざわざ訪問して尋ねた僕に、倉田さんは不思議そうに首を傾げた。
「うん、確かにいなかったけど……え、もしかして、盗難でもあった?」
倉田さんが、途端に、心配そう、かつ厳しい顔つきになったので、僕は全力で否定する。
「あ、いえ、ぜんぜんそんなんじゃないです」
「本当に? あとからなにか失くなったものに気づいた、とかじゃない?」
「ないですないです、ほんまに大丈夫です」
まだ疑わしげな倉田さんに、再度ほんとに問題ないこととお礼を伝えて、用務員室をあとにする。
まあ、とうぜんといえばとうぜんの反応である。
実は、昼休みに、柚木さんにも同じことを尋ねたのだが、まったく同じ反応を返された。
ふたりとも、申し訳ないくらいに真剣に心配してくれているようで、とくになにかを隠しているような様子も見受けられなかった。
だったら、たぶん、と、僕は頭の中で考えを組み立てつつ、生物室の扉を開ける。続く準備室への扉も開けると、準備室内にはすでに、段下部長と春川先輩の姿があった。
「お疲れ様でーす」
「おう、晃……ってうわ、どうしたん、左手」
「アクロバット説検証時に失敗しました」
僕の腕を見て顔をしかめた春川先輩にそう返してから、背負っていたリュックサックをひとまずおろす。
それから余っていた丸椅子に腰かけ、先輩たちに、昨日の出来事──桐山と時計塔へ行き、ジュリエット先輩の足跡を辿ったことと、窓から飛びりたことを説明する。続けて、週末に桐山が調べてくれた、ジュリエット先輩の名前がわかったことを伝える。
「あ、あと、もういっこ、桐山が調べてくれたことで、気になったことがあって」
おそらく、三年前の文化祭の件とは関係ないかと思ったが、あわせて話しておくことにする。
退学者のなかで、奈津原静乃さん、というひとがいて、亡くなっているらしい、ということである。桐山が奈津原さんの友人に連絡をとって聞いたことと、その経緯までいちおう話した。
「んー……、まあ、でも、そのひとは、時計塔の劇の件とは関係なさそうやな」
考えるように口元に手をあてながらそう言った春川先輩に、感心したように部長も同意する。
「退学したん、二年の夏前ってことやしな。つうか、桐山くん、ようそんなことまで調べたなあ」
「自分でも意外な才能やったって言うてました」
おそらくここにいる誰よりも、探偵に向いているのではなかろうか。
「話の途中でごめん、俺ちょっとトイレ」
「あ、どーぞ」
立ち上がった部長に道をゆずる。
「そういやちょっと気になったんですけど、朝比奈先輩って、春川先輩と部長と同じクラスでしたっけ?」
「え、苑? うん、一緒やけど。なんで?」
「いや、なんとなく気になっただけです」
そもそもなんでそれが気になってたんだっけ? 自分でも忘れてしまっていたが、まあたいしたことじゃないだろう。
しばらく春川先輩と雑談をしていると、部長が帰ってきた。あいかわらず、扉の開閉のたびに悲鳴じみた音が鳴る。
さきほどと同じ位置に腰かけた部長が、僕のほうを見て口を開く。
「ほな、中断させた話の続きやけど。ジュリエット先輩の名前がわかったのと、時計塔の二階通路から誰にも見つからんと姿を消すんはほぼ確で無理ってのが再確認できたところで──あっきーは、どんな仮説を立てたん?」
部長は、僕がそこまで考えていたことを見抜いていたらしい。
いちおう、考えはまとまっている。
「仮説いうほどたいしたものやない、当て推量に近いですけど……というか、Howのネタ明かしにしては怒られそうな結論ですけど」
ある意味、そうだったらいいな、という希望的観測でもあるのだけど。
ジュリエット先輩──暁築佳音さん、学級委員で、本番でジュリエット役を演じたという、三戸美波さん。祥楓記念会館、通称時計塔。大階段、続く二階の突き当たりの通路に、鍵のかかった作法室。二階の窓から脱出を試みたところで、着地の際には間違いなく音がする。一階には当時の文化祭実行委員──段下部長たちや、クラスの他の生徒が多数。本番後の集合写真に写っていなかった暁築さん。同じクラスの、柚木さんの言葉を思い出す。友だちの応援やねん。文化祭と日にち被ってんねんけど、でも、応援行きたくて。例年、開催は九月の四週目の日曜日。二〇二〇年。いろんな行事が、中止になった年。体育祭もなく、遠足も中止で、おそらくあの年の、ゆいいつの学校行事だった文化祭。
この一ヶ月でわかったことを、そして考えたことを、僕はふたりに話す。
「ああ、そっか。筋は通るな。……じゃあ、文化祭の件はいいとして、あの手紙は、結局なんやったんやろ?」
「あ、そのことなんですけど」
ひとまず納得したものの、やはり疑問が生じたらしい春川先輩の言葉を受けて、僕はリュックサックをさぐる。
「これ、たぶん、歌詞です。というか、歌詞カード」
ずっと家に置きっぱなしだった、あの日生物室に置かれていた紙片を取り出す。それを先輩に手渡してから、僕は入り口近くのキャビネットへ向かう。電子レンジやかき氷機、漫画雑誌や本なんかが置かれた雑多なキャビネットから、同じ二枚のCDのうちのひとつを取り出して、ケースを開く。もちろん、朝比奈先輩が配っていた、軽音部の先輩だという『薄明』のものだ。タイトルは『
ディスクではなく、表紙側に挟まれている紙を取り出して、確認する。
「ほら、やっぱりこれです。この手紙──というか紙って、歌詞カードの一部を切り取ったものなんやないですか?」
先輩たちの元に戻り、CDケースから取り出した歌詞カードと、生物室に置かれていた紙片とを照らし合わせる。
サイズも、手書き風に印刷された文字も、ぴったり同じだった。
ふたつの紙をためつすがめつ眺めていた春川先輩は、余計に困惑したらしかった。
「確かに歌詞カードで間違いなさそうやけど、じゃあ、あの日、誰が、なんのために置いたん?」
実を言うと、それは僕もわからない。
わかったのは、あの手紙が歌詞カードを切り取ったものの一部であるらしい、というところまでだ。生物室の戸棚には鋏もあるので、どこからかCDを持ってきてここで切ることも可能だけど、おそらくあらかじめ切り抜いたものを置いたのだろう。僕らじゃなきゃ、鋏の置き場所わからないだろうし。
そこで、僕と春川先輩のやりとりを聞いていた部長が、口を開いた。
「なあ、それ、たぶんやけどさ、朝比奈の仕業やと思うで」
「苑の?」「朝比奈先輩の?」
部長の言葉に、春川先輩と僕が、同時に問い返す。
そのときだった。
準備室の扉の向こう、生物室の扉がノックされる音が聞こえてくる。
続けて、ちょうど話題のひとの声が響いた。
「もしもーし、朝比奈やけど。段下くんか、春川おる?」
「両方おるよー」
春川先輩が返事をして、立ち上がり、準備室を出て生物室へと向かう。部長と僕も、一拍置いてついていく。
「あー悪い悪い。なあ、まさかとは思うねんけど、どっかで僕のスマホ見てないよな?」
「残念ながら見てへんな。……なに、苑、またスマホ失くしたん?」
「いや、まだ失くしてない、見つからんだけや。えー、昼休みは確かにあったよな、春川と対戦しとってんから」
そのふたつのどこに差異があるのかは疑問だったが、春川先輩とのやりとりを聞くに、どうも朝比奈先輩はスマホを失くす常習犯らしかった。とうぜんスマホがないと連絡手段がなくなるため、こうやってクラスメイトに、いつまで自分がスマホを持っていたか直接訊いてまわっているらしい。
「いつ気づいたん」
「ほんまさっき。視聴覚室着いて、ポケットから出そうと思ったらポケットになかった」
「……おまえ、ようスマホいじりながら歩くやろ。ひょっとして、視聴覚室の鍵開けようとして、スマホ邪魔やからいったん廊下のアルコール消毒液ある机の上に置いたとか」
「もう他の部員来とったから、鍵は開けてへんけど……それや! 二年の子が機材運ぶん手伝おう思うて、いったんそこ置いた気する!」
快哉をあげて生物室から出て行った朝比奈先輩は、数秒後にスマホ片手に笑顔で戻ってきた。
「あったあった、ありがとう! すごいわ名探偵春川やん」
「つうか置いたん忘れたにしても廊下通ったときに気づけよ」
「それは灯台下暗しってやつや。段下くんと、緒方くんいうたっけ、ふたりもありがとうな。お騒がせいたしました」
春川先輩のうしろから、やりとりを見守っていた部長と僕に向けて、朝比奈先輩は朗らかに笑った。
「あ、それ、聴いてくれた?」
「え? ……あ、すいません、まだ聴いてないですけど、ちょっと気になって」
僕が手に持ちっぱなしだったCDに、朝比奈先輩が気づく。
「そかそか。……もしさ、聴いて、気に入ったんやったら、ぜひ文化祭で時計塔のライブ来てな。わりとたのしめると思うで」
そう言って朝比奈先輩は、生物室から去って行った。台風みたいなひとだな、なんか。
「ほんま騒がしいやつっすね、あいつ……。あ、そうや、太一さん、あの手紙──歌詞カード置いたんが苑の仕業やいう話ですけど」
春川先輩の言葉に、部長は頷く。
「もう、さっきの朝比奈があっきーに言うたことで察したと思うけど……宣伝活動の一環やったんやろ」
ふと窓の向こう、暮れつつある空を一瞬見やり、それから再びこちらを向くと部長は笑った。薄茶色の髪が揺れる。
「解決編は、文化祭当日でええんちゃう?」
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