あまり愉快でない仮説
放課後、駅前、ドーナツショップ。桐山の所持していた割引券をありがたく活用させていただき、僕、日笠さん、桐山でドーナツの乗ったトレーを囲む。割引券で得した気分になりみんなそれぞれドリンクも頼んだので、結局いつもより支払い料金は高くなってしまったけど、まあいいだろう。僕がコーヒー、日笠さんはアイスカフェオレ、桐山はマンゴーシェイク。
「——それにしても、なんで、ジュリエット先輩いなくなってもうたんやろな」
チョコレートドーナツをちぎって口に放り込みながら桐山が言う。こいつは、案外、食べ方が丁寧だと前々から思っている。
「なんでっていうのは、どうやって、の意味? それとも、どうして、の意味?」
日笠さんがメープルドーナツにかぶりつく合間に尋ねる。けっこう、豪快な食べっぷり。
「どうして、のほう。というかそれ考えへんと、どうやって、のほうも詰められへんくない? 自主的に消えたんか、それとも、なんかめっちゃ物騒な言い方なるけど誰かに消されたんか、それとも自分も他者の意思も働いたわけやないほんまのただの偶然、見落としやったんか」
桐山の言うことは一理ある。現場状況がもっとはっきりしているなら、それこそ動機は無視して考えてもいいと思うけど、そうじゃないなら別の方向から攻めたほうがいい。
「つうか、ずっとジュリエット先輩て言うてるけど、そもそもこのジュリエット役やった先輩って誰なん? そのひとに話聞けたらぜんぶ一発で解決やで」
それはそう。
推理小説において推理が、探偵役が必要なのは、死者が語る術を失っているからだ。それ以外の場合も、もちろんあるが。
「それが、わからないんだよねえ。バド部の先輩にも訊いたんだけど、連絡とれる該当学年のOGの先輩がいなくて」
カフェオレのストローから口を離して、日笠さんが言う。
「本番は、違う先輩がジュリエット役だったしさ。劇の映像も、本番のは一時期動画サイトに上がってたらしいけど、それも、いまはもう消されてるっぽいし。練習とかリハのときの映像なんか、もちろんないよ」
「やったら本番のとき、ジュリエット役やってた先輩探して、なんで役交代になったんか訊いたらええんちゃう?」
桐山の指摘はもっともだ。
だが、問題がある。
「やけど、やで。もし、それ、後ろめたい理由やったらどうする? 仮にその先輩に会える機会あったとしても、ぜったい素直に話してくれへんやろ」
僕がそう言うと、桐山はちょっと考えるように黙りこんだ。シェイクを無言ですする。
しばらくして、言葉を探すようにしながら口を開いた。
「あー……それ、たとえば、やけど、もともとジュリエット役するはずやった先輩と、本番で演じた先輩が揉めてたとか、そういうのか」
「あるあるかもね。嫌な話だけど」
日笠さんが眉をひそめながら、ドーナツを噛みくだく。
「いったん主役級の役させといて、いざ本番直前でやっぱやめ! ヒロイン交代! みたいな? あげといて落とすてきな? えぐない?」
なんかそんなホラー映画なかったっけ、と桐山が言う。
「それクラス単位でやってたんならまじで最低だよね。そりゃ実行委員には事情話せないだろうし、その消えた先輩が——いたたまれなくなってどっか隠れちゃったとか、逃げちゃったとかだったら、おおやけにしないようにするだろうね」
ドーナツを囲んだテーブルに、陰が落ちたような気がした。みんなそれぞれ考えるように、無言でドーナツや飲み物と対峙する。
冷めてきたコーヒーを胃に落としながら、うまくまわらない頭を無理矢理回転させる。
桐山と日笠さんの話した内容を、あらためて考えてみる。
ひどい話ではあると思うが、でも、ありえる話だと思う。
祥楓高校は、進学校というわけではなく、部活強豪校というわけでもなく、かといってとくに荒れているというわけでもない。まあ、牧歌的で穏やか、に分類される高校だと思う。
それでも、ちょっとした諍いごとなんかが、まったくないわけでは、もちろんない。
「なんかあれやな、ちょっと不謹慎なわくわく謎解きゲームくらいのテンションでおってんけど、ふつうにあんま愉快な話やないかもな、これ」
あーあ、と軽く伸びをしてから桐山は続ける。
「もうこの話、深入りせんほうがええんちゃう? なんやかんや文化祭まであとひと月ないんやし、自分らの出し物のこと考えようや。緒方、シナリオいけるん?」
「いけるいける、余裕」
ほお、と少し疑うような目を向けられたので、ほんまやで、と睨み返す。どんな感じ? と日笠さんにも尋ねられる。僕は、週末にぼんやり考えていた、『不思議の国のアリス』のパロみたいな、時間の止まった学校に迷いこんでしまったアリスと一緒に、現実の世界に戻る、という話に沿ってスタンプラリーてきな感じで謎解きをしてもらう案を伝える。
「あー、いいんじゃない? スタンプラリーにしたらさ、うまく時計塔まで導線つくれそうだよね。今日やっぱ思ったんだけど、時計塔、建物は魅力的だけど、かなりアクセス悪いじゃん?」
「それよな、客誰も来ないとかなったら虚しいし。教室スタートにして、各ポイントいくつかつくって、最終ゴール時計塔にするんがええんちゃう?」
「うんうん。あとさ、せっかくアリスパロやるんなら、内装とか衣装とかかわいいやつにしよう!」
日笠さんと桐山により、どんどんアイディアが具体的になっていく。
おお、すごいぞ。
なんか、本格的に文化祭っぽい!
中学のときは、感染症対策で、文化祭なかったからな。中三のときは開催されたけど、舞台発表とか模擬店はなしで、クラス展示のみだった。それも、あまりクオリティが高いとはいえない、おもしろみのないやつ。
日笠さんと桐山の中学はどうだったんだろうか。
「かんじんの謎自体はどうする? あんまり難しくしても困るけど、簡単すぎても微妙だし、塩梅悩むよね」
「あ、そのへんは、白井に手伝ってもらおうと思ってる。ほんで、みんなにも解いてもらって調整するわ」
僕が日笠さんにそう返すと、この調子やったらなんとかなりそやな、と桐山が笑った。
そのあとはしばらく、文化祭と関係のない話をした。担任のよっぴーの口癖のこととか、隣のクラスの誰々と誰々が付き合いだしたとか、食堂のメニューの値上げのこととか、いろいろ。
相槌を打ちながら、僕は少しだけ思考を別の方向へ飛ばす。
考えるのは、もちろん、三年前の文化祭で起きた出来事についてである。
さきほど桐山が話したように、消失が
①ジュリエット先輩自らの意思であったのか
②クラスメイトなど他者の思惑だったのか
③誰の意図もない偶然の出来事であったのか
のどれかと問われれば、③の偶然、ということはほぼないと確信している。ただの偶然、勘違いなら、本番で役を交代する必要などないから。
それになにより、先週の金曜日、生物室に置かれた謎の手紙のことがある。
あれが置かれたのは確実に、明確な意思のもと実行された行為だろう。偶然であんなところに紙が置かれるわけがない。
ただ、あの手紙と、三年前の消失事件になにか関係があるとは限らない。だけれど、無関係にしては、タイミングと、手紙の内容——あの日いなくなった私をさがして——があまりにも出来過ぎだという感じがする。
「おーい緒方ー」
「ん?」
隣から桐山の左手が伸びてきて、目の前でひらひら振られる。
「おまえいま、なんかぼーっとしとったやろ」
「おお、よおわかったな、なかなか鋭い洞察やん」
「お褒めにあずかり光栄です……って冗談や、もう誰が見てもあきらかに意識飛んどったいうか、心ここにあらずやったぞ」
心ここにあらずって噛まんと言うん難しいなどうでもええけど、と桐山はぼやいてから僕を見る。
「ほんまになんか、最近、ぼおっとしてること多ない? 寝不足? 中間考査の勉強はまだはやいと思うでー、ほんで頼む一緒に爆死しようや」
「嫌やわ巻き添えにすんなや。まあでも、勉強しとるわけちゃうから気にせんでええで」
「ほななにしてんねん」
「え? 配信見たりとか、ゲームとか。あ、昨日は部長に借りた本読んどった」
僕らがそんな会話をしているあいだ、日笠さんはクリーム入りドーナツのクリームと格闘していた。それ、食べるの難しいよね。食べ終えると満足気に微笑み、お手拭きで手を拭うと口を開く。
「わたしらの中間考査はともかくさ、段下先輩と、春川先輩だっけ、すごいよね。受験組でしょ? めちゃくちゃ余裕そうじゃん、この時期に」
「僕も思う、あのふたり見とったら、なんか受験とか、たいしたことやなさそうに思えてくるもん」
そんなことはないはずなのだけど。
高校受験は、よほど下手うたなきゃ受かるだろうなという公立を志望した結果なので、正直、あんまり頑張った感がない。大学受験となると、また違う気がする。
「春川先輩ってめちゃめちゃ成績ええんやろ? ええなあ、俺もどうにかして頭よくならんかなあ」
「とかいって桐山なんだかんだ成績いいじゃん、数学めっちゃできるじゃんか」
「数Iはいけるねん、でも数Aは無理やねん、とくに確率があかんねん」
つうか数学はまだええとして古典がほんまにあかんまじでなんもわからん、と頭を抱え出した桐山に僕が深く頷いていると、柚ちゃんのノートめっちゃわかりやすいよ、今度見せてもらえるよう頼んでみよっか? と神の言葉が舞い降り思わずガッツポーズ。そんなこんなで喋っているうちに、いつのまにか時間が経っていた。スマホを取り出し通知を確認していた桐山が、悪い俺もう帰る、と立ち上がった。
「弟が鍵忘れて家出て、入られへんらしいねん。はよ帰ってきてー言うてるから帰るわ」
「そりゃはやく帰ってやんなきゃだね」
自転車に跨る桐山を見送り、僕らも立ち上がる。スマホで時間を確認すると、いまから駅に向かえば、ちょうどホームに着いたタイミングで電車が到着するぐらいの時刻だった。
日笠さんと並んで駅へと向かいつつ、切り出し方を考える。
僕は、あの生物室にあった手紙は、日笠さんが置いたのではないかと、疑っているのだ。
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