第16話 黄金竜の襲撃及びその対処について
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、気を付けて」
いつも通りの挨拶をして家を出る。少し歩いたところで、ピースがしがみついてきた。
「ぴーぴぴ……!」
竜が来る? でもなんだろう、この怯えた様子。ピースはずっと、わたしの薄い胸に顔を埋めて小刻みに震えている。
空を見上げる。空の向こうに見えていた小さな影が、あっという間に大きくなる。
パチパチと空気がはぜる。
危険を感じて、わたしは咄嗟に大きく飛ぶ。
見ればさっきまで私たちのいた場所が抉れていた。
バサバサと羽ばたく音が間近に聞こえる。
風が強く叩きつけてくる。
仰ぎ見ればそこに、巨大な金色の竜がいた。
「
「ピース、戻ってラーヴァに報告。超特急!」
「ぴーぴ……ぴーぴ!」
ピースは少しの間戸惑っていたけれど、やがて意を決して飛んで行った。一目散に、振り返らず。
それでいい。
「お前の相手は、こっち、だっ!」
わたしは往診カバンから鎮静剤の瓶を取り出し、投げつける。
瓶は竜の頭部に当たり、砕けて中身をまき散らす。
鎮静剤が効くことは期待していない。わたしに注意を引き付けらればいい。
竜がこちらを睨みつけてきた。狙い通りだ。後はピースが逃げ切ってくれればいい。新種の仔竜と、平凡な人間。どちらが重要かなど言うまでもない。
とはいえ、わたしだって死ぬ気はない。逃げてやる。でも、どこへ? 森だ。そうしたら、ブレスで狙えないはず。
走り出した瞬間、後ろでぞわりと嫌な気配を感じた。わたしは急いで横に飛ぶ。
パチン、と体全体に痛みが走る。着地の体勢を取ることができずに地面に叩きつけられた。
起き上がろうとするが、体が動かない。
竜の周りの空気が震える。凄いエネルギーが集まっているのを感じる。
またブレスが来るんだ。
さっきは奇跡的に直撃しなかったから、まだ生きてる。
でも……今度は?
「アリスター!」
逃げ切れない、と思った瞬間に声が聞こえた。バチバチと、後ろで凄い音がする。
「ラーヴァ……?」
なんとか体を起こすと、そこには盾を構えブレスを防ぐラーヴァがいた。
ラーヴァに報告とは言ったものの、本当に報告なんて事は考えてなかったのに、助けに来てくれた!
うれしかった。でも……。
「巻き込んでごめんなさい」
だけどラーヴァはわたしの謝罪なんて聞いていなかった。いつも落ち着いた彼には似つかわしくなく、酷く狼狽えていた。
「どうして……どうしてお前がここに……? ああ、私を恨んでいるのだな……」
「ラーヴァ? ねえどうしたの? あの竜、知っているの?」
「君は家に戻れ。私がなんとかする」
ラーヴァは剣を抜き、強い調子で言った。
「なんとかって、どうする気? わたしが呼んでおいてなんだけど、今のラーヴァ、ちょっとおかしい。いつものラーヴァじゃない。そんな状態では危険だよ!」
「あの竜の狙いは私だ。私が引き付けるから、君はその隙に逃げろ」
「何言ってるの? それに、引き付けたとしてどうにか出来るの?」
さっき自分もピース同じことをして、それでラーヴァを巻き込むことになったというのに、何を言っているんだろう。
でも、言わずにはいられなかった。
「私には何もできないというのか! ああ、そうだよ、どうせもう私は――」
「ぴぴーぴぴーぴぴー」
ピースがすっ飛んできてラーヴァに頭突きし、続いてわたしに頭突きした。
それでようやく落ち着いた。言い争っている場合じゃない。黄金竜から逃げなくちゃ! ピースまで戻ってきちゃったし。
「あれ……? ブレス……吐いて来ない? 戸惑ってる……?」
そういえばあの竜、ラーヴァが来てから明らかに様子が変わった気がする。
「ラーヴァ! ラーヴァが何か恨まれるようなことをしたとして、あの竜は恨んで攻撃してくるような奴なの?」
「それは……ドゥフトゴルトはそんな奴ではないが……」
「じゃあきっと、恨んでるわけじゃない。あの竜、何か苦しんでる。わたしには聞こえないけど、ラーヴァなら、きっと聞ける」
「だが、私にはもう竜の声は――」
「聞けないって心を閉ざしたら、絶対に聞けない! あの竜、ラーヴァの相棒なんでしょう? ラーヴァ、あの竜が好きなんでしょう?」
「……! 駄目だ、ブレスが来る。アリスター、ピース、こっちへ」
ラーヴァがわたしとピースを引き寄せ、盾を構える。
竜の口から雷のブレスが放たれる。だけど、それはわたし達を大きく逸れていった。
「外してくれた⁉ やっぱり、ラーヴァのこと分かっているんだよ!」
「……? 薬……?」
「薬? あっ、フィオの研究! だったら、きっと近くにいるはず。実験の結果を確かめたいたいはずだもの! 探してなんとかさせなくちゃ! ラーヴァはドゥフトゴルトに声を掛けてあげて!」
わたしはあたりを見回す。
「アリスター! 無茶だ」
「だけど、ドゥフトゴルトが攻撃を外してくれたのはラーヴァが呼びかけたからだよ。そばにいてあげて。その隙にわたしが必ず見つけ出して、打開策を探す!」
まずフィオが本当にここにいるのかは分からない。いるにしてもどこにいるのか分からないし、見つけたとしてわたしで取り押さえられるのかという疑問はある。
でも、今はわたしがやらなきゃ。
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