第12話 潜在顧客の心を掴む方法について

「村長、いらっしゃるだか? お借りしとる亜竜のことで、ちょっと聞きたいことがあるんだども」


 おじさんがこのあたりで一番大きく立派な家の扉を叩く。

 中から猜疑心の強そうな、恰幅の良い、頭頂部の禿げあがった中年が出てきた。

 ああ、うん。いかにもがめつそう。


「なんだね、君は?」

「竜医のアリスターと申します。先程畑でそちらからお借りした亜竜が倒れましたので報告に伺いました。それと、診断のためにいくつか教えて頂こうと思いまして」


 因みに、竜医に必要な資格はない。名乗り放題である。

 竜は貴族の所有だからちゃんとした人がついているが、亜竜だと玉石混交だ。

 そんな状況だから当然、向こうも竜医と名乗ったところで警戒は解かない。


「それよりウォルター、亜竜が倒れたというのは本当なのか⁉」

「へえ」

「ウォルター、お前のせいでまたわしの――」

「お待ちください。聞いたところによればウォルターさんが借りたのは今朝で、昨日は他の人のところだったとか。まだそれほど作業はしていないはずですから、ウォルターさんのせいではありません。わたしの見立てでは栄養不足と疲労です。普段食べさせているものを見せて頂けませんか?」

「そりゃ、そっちにある藁とか……」

「向こうの牧草は与えていないのですか?」


 わたしは草地を指差す。牛が食んでいるから、多分与えてないだろうな。


「ありゃ、乳牛用だ。亜竜にゃ食わせられねえ」


 やっぱり。


「亜竜にも与えて下さい。藁だけでは栄養不足です。後、いつどこにどのくらい貸し出したか、記録を見せて下さい」

「記録なんて――」

「では、これからつけて下さい。過労を防ぐためにきちんと管理して下さい。それと今日はもう休ませて下さい。幸い、昼過ぎには雨ですし」

「雨って、そうは思えんが」

「降りますが、降っても降らなくても休ませて下さい」


 ハキハキ、しっかり、強く言う。ナメられたら終わりなのだ。

 自信満々に断言することが重要なのだ。


「だ……だいたいお前はなんなんだ! いきなりやってきて、偉そうに指示しおって!」


 そしてキレられても、慌ててはいけない。


「竜医のアリスターです。先日こちらを通った時に、このあたりの亜竜は状態が悪そうに見えましたので、放っておけなくて」

「そういやお嬢さん、さっき森の方から来てたべな? あっち、竜騎士様の別荘しかないけんど……」

「竜騎士様の関係者が、胡散臭い竜医なんぞせん。権力者と関係があるように見せかける、詐欺師の常套手段だ」


 本当に関係者だけどね。でも、それは言わないことにする。


「詐欺など働く気はありません。でも、そんな事はどうでも良いのです。村長、亜竜はいくらしましたか? 金貨六十枚くらいでしょうか?」

「まあ……そんなものだ」


 質問すれば普通の人はほぼ答える。そこから話の流れを制御すればいい。


「エサ代惜しさ、賃料欲しさで今のように扱ってごらんなさい。またすぐ金貨が必要になりますよ。亜竜は本来長命です。適度な栄養と休養を与えれば、村長の子孫の代まで働いてくれますよ。それに彼らは賢い。自分をよく扱ってくれた人には報いてくれるものです。逆も又然り。要は厚遇した方が、結果として得なのです」


 これは本当だ。竜には程遠いけれど、亜竜だって知能はあるのだ。人の顔を見分けることは出来るらしいし、イヤなことをされるとしつこく覚えているらしい。


「村長、あの時亜竜が急に暴れて、その後死ん――」

「うるさい! あれは何か、原因不明の病だ!」


 怯えた様子で何か言いかけたウォルターさんを、村長が強く遮った。思い出すのもイヤみたいだ。


「それ、どういうことですか⁉」

「農作業中に突然亜竜がワシを襲ったんだ。たまたまいた竜医のお陰で鎮まったが、その後衰弱して死んじまった」


 どういうことだろう? 詳しく聞きたい。でも、この人達はそれ以上知らなそうだ。

 というか、竜医もういたのか。仕事、無理かなあ。でも亜竜がこんな状態なのを放っておくポンコツだ。絶対勝ってやる。


「その、竜医という方はどちらに?」

「街に住んどる。ちょっと待っていろ」


 村長が家の中に引っ込んだと思ったら、手書きの地図を持って来てくれた。


「ありがとうございます。後で話を聞いてみます。そうだった、この粉をスプーン一杯程度、エサに混ぜて下さい。少しは栄養が改善されるはずです」


 わたしは作成した栄養補助剤の瓶を取り出す。


「三日分あります。今回はお代はいりません。効果があったら次から買ってください」


 タダだ、といっても胡散臭いものを見る目だった。


「毒とかじゃないですよ、大丈夫です」


 わたしは少しだけ粉を手に乗せる。


「ぴーぴぴーぴ」


 ピースがそれを舐めた。そして満足そうな顔をする。


「分かった。まあ、一応試してやろう」


 なんとか受け取ってくれた。毒見ありがとう、ピース。

 次に繋がるといいな。

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