第36話 園外実習

本格的な魔法学園の生活が始まって、二週間が経った。


ハルオは――正直、少しだけ退屈していた。


最初の「魔力制御」の授業は刺激的だった。

魔力の流し方、止め方、呼吸との連動――学ぶことすべてが新鮮で、胸が躍った。


だが、その後に続く授業といえば――


「算術」「自然学」「自然力学」。

どれも、前世で聞いたことのある内容ばかりだった。


(……これ、ほとんど中学、高校の理科と数学じゃないか)


数字や単位こそ違えど、学んでいることは同じだった。

魔力をエネルギーに置き換える計算式も、言い換えれば“エネルギー保存の法則”そのものだ。


「な、つまんないだろ?」


隣の席から声をかけてきたのは、同室のクレインだ。

机に突っ伏したまま、退屈そうにあくびをしている。


「お前も寝そうだな」

「お前もだろ。てか、お前……このへんの理屈、もう理解してる顔してんじゃねぇか」

「まぁ……なんとなく」

「マジで? 初等課程で“なんとなく”とか言うやつ初めて見たわ」


ハルオは苦笑した。

(まさかこの世界でも、また黒板の前で計算することになるとはな……)


教師の声が響く。

「――この数式を使えば、魔力の損失率が求められます。

魔力は燃焼エネルギーとして変換される際、必ず一定の“揮発分”を――」


(うん、これ完全にエネルギー効率の話だ)


ノートを取りながら、ハルオは心の中でぼやく。


授業が終わると、クレインが椅子にもたれて言った。

「なぁハルオ。こういう授業、意味あるのかね」

「あるんじゃないか? 魔法も理屈で動いてるなら、基礎は大事だろ」


「こらそこ! 無駄話をするな! この程度が理解できないなら中級には到底上がれんぞ!」

講師の一喝に、クレインはびくっと背筋を伸ばした。


――魔法は、知識とイメージの両輪。

理解していなければ、形にできない。


それは確かに理にかなっていた。


くだらない冗談を交わしながらも、ハルオの胸の内には静かな決意があった。

(魔法って、本当はもっと“理屈”で理解できるはずだ)


――そう、ただの勘や感覚ではなく。

この世界の魔法も、きっと体系として解き明かせる。

前の世界で培った“知識”を応用すれば、魔法をもっと正確に操れるようになるはずだ。


退屈に思えた学園での日々は、いつしか“研究の時間”へと変わっていった。


授業を受けるだけでなく、放課後には魔法の練習を繰り返した。

時おりティナが様子を見に来ては、先輩風を吹かせながら魔法のコツを教えてくれる。


「力で押すなって言ったでしょ。魔力は“流す”のよ、押し出すんじゃない」

「……言うのは簡単なんだけどな」

「ふふ、じゃあ見てなさい」


ハルオはその言葉に苦笑しつつも、心のどこかで思っていた。

――この学園にも、ちゃんと学ぶ価値はある。




ある日の放課後、ハルオは人気のない実習棟の中庭にいた。

手には古びたノートと、借り物の魔力測定具。


(魔力の流量を数値で測ることができれば、出力の最適値を計算できる……はず)


ノートの余白には、見慣れた文字で数式が並ぶ。

“出力=魔力量×イメージ効率÷発動時間”。


自分で勝手に作った式だったが、妙にしっくりきた。


「さて……やってみるか」


指先に意識を集中させ、火球を小さく生成する。

今度は、燃え広がらないように慎重に。


――ふわり。


小さな火が浮かび、安定した光を放った。


(よし、出力は一定……)


その時。


「……何してるの?」


背後から声がして、ハルオはびくりと振り返る。

そこには、金色の髪を陽に透かした少女――リリィが立っていた。


「また一人で変なことしてるじゃない。

学園の中庭で爆発でも起こしたら、今度こそ副学長に怒られるわよ?」


「だ、だいじょうぶだって! 研究してるだけだ」

「ふーん……“研究”ね」


リリィは興味深そうにノートを覗き込み、眉をひそめる。

「ふぅ~ん、まぁ今日は見逃してあげる。またね」


リリィがにっと笑うと、ひらりと手を振って奥へ走り去った。


ハルオは苦笑しながらノートを閉じた。

(やっぱり、ちょっと変人に見えてるんだろうな……)


さらに二週間が過ぎ、いつものように魔法の研究を終えて寮に戻ると、クレインが珍しく難しい顔でパンをかじっていた。


「どうしたんだ、そんな顔して」

「お? いやな、昇級ポイントの件で考えてたんだ。どうにかしてあの退屈な授業と試験をパスできねぇかなーって」


「また怠けること考えてるな」

「まぁ聞けって。実は一つ裏道があるんだよ」


クレインが言うには――昇級するために必要なのは、特定の授業の成績ではなく“総合ポイント”だけ。

初級課の生徒は、筆記試験で最大100点、実技で100点、実地試験で150点が1年で得られる。

このうち合計250点を超えて獲得できれば、中級へ上がれるらしい。


ただ、裏技として“魔獣の素材を提出すれば特別加点最大200点”という制度があるのだという。


「つまり、魔獣の素材をうまく集めれば筆記試験が0点でもいいってことか」

「そ、そういうこと!」

「でも逆に言えば、素材を集めて筆記試験も取れば――早く昇級できるんだな」

「そういうことだ! 二兎追う者は二兎取るってやつだ!」

「……いや、ことわざ違うけど」


クレインはパンを飲み込み、身を乗り出した。

「実はな、明日からの週末に“学園外実習”が解禁されるんだ。初等課程でも申請すれば拾いに行ける。

場所は王都南の“クルスの森”。この時期はグレートウルフの抜け毛が獲れる。しかもグレートウルフは子育てで森の奥にいて手前にはいない安全圏だ。この採取で5点はもらえる」


「安全圏ね……」

「多分!」

「多分って言うなよ」


ハルオはため息をついた。

(まぁ、学園で退屈してるよりはマシか)


「で、行くか?」

「……行こう。せっかくだし挑戦してみる」

「よっしゃあ! 話が早ぇ!」


クレインが勢いよく立ち上がり、椅子がガタリと音を立てた。


その夜、寮の窓から見える王都の灯りを眺めながら、ハルオは静かに拳を握った。

(……自分の力を試してみるのも悪くない)


翌朝――。


まだ日も昇りきらないうちに、二人は学園の南門に集まっていた。


「よし、ハルオ。いざ、素材拾いだ!ってお前手ぶらかよ」

「……いやこの魔法の袋に」

「魔法の袋?変わってんな、それ大して入らないだろ」

「ごめん、このくだり三回目なんだ‥‥」

「は?どういうことだ?」

「大丈夫ってこと」


朝霧の向こうで、クルスの森が静かに揺れている。

そこから漂うのは、未知の気配。


学園での退屈な日々が、今、少しずつ“冒険”の色を帯び始めていた。

その先で待つのは――想像よりも、ずっと危険な素材拾いだった。

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