第27話 ゴーレム

装備を整え宿屋を探していたハルオは奴隷商の女性に声をかけられる。

奴隷売買というこの世界の現実を目の当たりにしたハルオはその場を抜け出し宿屋を探す。宿屋にたどり着いたあといつものように飲み明かす。

――翌朝。

まだ陽が昇りきらぬうちに、宿の前の石畳を馬車の車輪がきしませながら進んでいた。

空気は冷たく澄み、遠くの森からは鳥の鳴き声がかすかに響く。


「ふぁぁ……今日はお二人とも元気ですね……」

ハルオが背伸びをしながら馬車に乗り込む。

ベスは既に革鎧を身に着け、剣の刃を指で確かめていた。

「あぁ、旅ってのは夜明けと共に動くもんさ。」

「今日は大丈夫だぞ。昨日は早めに飲み始めたのがよかった。」

ゴルドが手綱を引きながら笑う。


街門を出ると、朝靄がうっすらと道を覆っていた。

石畳がやがて土の道へと変わり、両脇には黄金色の草原が広がっていく。


「王都には夜に着く。」

ベスが呟くと、ゴルドが頷く。

「だが、その途中のオルド峠にゴーレムが住み着いちまったらしくてな。それにう回路の“黒の森”を抜けるのも骨だ。魔物も出るし、噂じゃ最近――」

「最近?」

ハルオが身を乗り出す。

「行方不明が多いらしい。旅人も商人も、まるごと姿を消すんだとよ。」


「さてどっちを行くかね。普通は黒の森を避けてオルド峠を通るが」

「ゴーレムって強いんですか?」

「あぁ、でも厄介なのは強さよりも数さね。一体一体はハルオでもやれる。でも奴ら一度現れると際限なく湧いてきやがる。倒してもきりがないのさ。」

「‥‥てことは核がどこかに隠れてるのかな?」

「核?」

「はい、ゴーレムの核。これを壊せば倒れるんじゃないんですか?」

ベスが眉をひそめ、ちらりとハルオを見た。

「核なんて話、どこで聞いたんだい?」


「え、いや……ただの想像です。」

ハルオが慌てて誤魔化すように笑う。


ベスは少し黙り込み、やがて口の端を上げた。

「なるほどね……。でも、あんたのその勘、案外バカにできないかもね。」


ゴルドが手綱を握り直しながら、笑い混じりに言う。

「まぁ核だか何だか知らんが、できりゃ苦労はしねぇさ。

 だがな、あの峠を越えられりゃ王都までは平原だ。黒の森を行くよりはマシだろう。」


「黒の森……どんなところなんですか?」

「昼でも薄暗くて、風の音が人の声みたいに聞こえる。

 それに、あそこには“呼ぶ影”が出るって噂もある。」


「呼ぶ影?」

「姿は見えねぇが、夜になると誰かの声で呼ばれるんだとさ。

 返事をしたら最後、二度と戻ってこない。」

ゴルドが肩をすくめる。

「ま、旅人の作り話だとは思うがね。」


ハルオは息を呑んだ。

「呼ぶ影」――誰かの心の隙を狙うような、そんな響きがあった。


ベスが剣の柄に手をかけたまま、険しい顔をする。

「……どっちにしたって、黒の森はごめんだね。あたしは峠を行く。」


「俺も賛成だ。」

ゴルドが頷く。

「荷も多いし、森の道は狭い。馬車ごと迷い込んじまったら終わりだ。」


ハルオは二人のやり取りを聞きながら、遠くの山並みに目をやった。

朝靄の向こうに、灰色の岩肌が鈍く光っている。


「……じゃあ、オルド峠へ行きましょう。」

ハルオがそう言うと、ベスがにやりと笑った。

「決まりだね。王都への最後の難所、腕の見せどころだよ。」


王都へと続く道は、岩肌の露出した荒れた街道だった。

陽に照らされた灰色の石がまぶしく光り、乾いた風が馬車の車輪を軋ませる。


森を抜け、オルド峠の入り口が見えはじめたその時――

突然、馬のいななきが鋭く響いた。


前方の丘の上、黒い影がゆっくりと立ち上がる。

風に揺れる外套の裾。沈む陽を背に、その姿はまるで闇そのもののようだった。


「……おいおい、嘘だろ。」

ゴルドが低くつぶやいた。


朝靄の中、陽光を反射して鈍く光る巨体。

無数の石片が人の形を成し、ぎしりと音を立てながらこちらを向く。


「ゴーレムだ!」

ベスの鋭い声が響いた。


即座に彼女は立ち上がり、剣を抜く。

「ハルオ、馬車の後ろに回りな! ゴルド、動かすな!」


「了解だが……ついてねぇな。峠の入り口でお出迎えとはな!」

ゴルドは顔をしかめ、手綱を締める。


巨岩のような影が朝靄を押し分けて歩み寄る。

一歩ごとに大地が鳴動し、馬が恐怖にいななき声を上げた。


「ベスさん、どうしますか!」

「まず距離を取る! あいつの腕が届く範囲に入るな!」


ゴーレムの拳が地面を叩きつけた。

轟音とともに砂と石片が飛び散り、馬車が大きく揺れる。

ハルオは咄嗟に荷台を掴んだ。


(でかい……まるで建物が歩いてるみたいだ……)


ベスは剣を抜き、目を細める。

「ハルオ、奴らは鈍いが頑丈だ。普通の攻撃は効かない。武器を魔力で強化しな!」

「はい!」


ハルオは短剣を握りしめ、集中した。

指先から淡い光が走り、刃が青白く輝く。


「……よし!」


「悪くないね。――さあ、見せてもらおうか、D級冒険者さん!」


ベスは地を蹴り、ゴーレムの脛めがけて突進した。

巨体の拳が唸りを上げて降り下ろされるが、ベスは低く滑り込むようにかわす。

砕けた石の破片が風を切り、頬をかすめた。


「ハルオ! 足を狙いな!」

「了解っ!」


ハルオは逆手に短剣を構え、走る。

ゴーレムの足首めがけて渾身の力で斬りつけた。

火花のような魔力が散り、石片が弾け飛ぶ。


「……硬い!」

「効いてるさ、続けな!」


ベスが関節部を狙って剣を叩き込む。

巨体が呻き、片膝をついた。

ハルオはその隙を逃さず、首の継ぎ目へ短剣を突き立てる。


鈍い音を立てて、頭部が崩れ落ちた。

「……止まったか?」


「ベス! 後ろ!」

ゴルドの叫びと同時に、地面が膨れ上がった。


土煙の中から、二体目のゴーレムが姿を現す。

肩口から淡く赤い光が漏れ、唸り声のような振動が響いた。


「チッ……やっぱり一体だけじゃなかったか!」

ベスが歯噛みする。


「ゴルド、馬を抑えろ! 暴れたら巻き込まれる!」

「分かってる!」

馬が恐怖にいななき、後ろ脚で地を蹴った。


ハルオは息を整え、短剣を構え直す。

「さっきのより……でかい!」


「いいか、同じ要領だ! あんたが足、あたしが首!」

ベスは駆け出した。

斬撃と蹴りで巨体を挑発し、注意を引きつける。


「こっちを見な、岩の化け物!」


その声に応じるように、ゴーレムの視線が動いた瞬間――

ハルオは背後に回り込み、関節部を正確に突き切った。

巨体がぐらりと傾く。


「――今だッ!」


ベスが跳躍し、剣を振り下ろす。

刃が首筋を断ち、ゴーレムが崩れ落ちる。


しかし、安堵する暇もなく――前方の丘から三体目が姿を現した。


「……きりがないね。」

ベスが息を吐く。


ハルオは黙って周囲を見渡した。

そのとき、丘の向こうで奇妙な影が動いた。

――小柄なサルが、木の上からじっとこちらを見ている。


「ベスさん、あれ!」

「マジックモンキー……!? なんでこんなところに……。

 なるほど、そういうことか。」


ベスは腰からナイフを抜き、魔力を込めた。

「操ってやがったのはこいつだ!」


ナイフが閃き、風を裂く。

次の瞬間、マジックモンキーの眉間に突き刺さった。


短い悲鳴とともに、サルの体がぐらりと揺れ、倒れ落ちる。

それと同時に――残るゴーレムたちの動きが、ぴたりと止まった。


石の体が一斉に崩れ落ち、あたりに静寂が戻る。


ベスは剣を納め、肩で息をついた。

「ふぅ……まったく、手間をかけさせてくれるね。」


ハルオは呆然とその光景を見つめた。

「まさか、あんな小さな生き物が……」


「“マジックモンキー”は魔導生物を操るのさ。洞窟で見かけることはあるけど、

 こんな峠道に出るなんてね。」

ベスが言いながら、木の根元に転がる死骸を拾い上げた。


小さな額には、うっすらと焦げたような魔法の痕が残っている。

「見てごらん。こいつら、単独でゴーレムを操れるほどの知恵はない。

 きっと誰かがどこかから持ち込んだんだろう。」


ゴルドがため息をついた。

「厄介だな……こんなもんが峠に巣を作ったら、商人は通れやしねぇ。」


「これはギルドに報告だね。こいつに気が付かなかったら危なかったね。」

ベスは肩をすくめる。

「念のためこいつの死体はもっていくよ。」


ハルオは崩れたゴーレムの破片を見下ろしながらつぶやいた。

「……本当に、命がけですね。」


ベスが少し笑って頷いた。

「そうさ。でもあたしたちは生きてる。」


「ま、金が入るなら俺はそれで満足だ。」

ゴルドが笑いながら馬車の荷台を叩いた。

「さぁ片づけたら出発だ。まだ昼前だし、王都には陽が沈むころに着ける。」


「了解です!」

ハルオが力強く頷く。


三人は馬車に乗り込み、ゆっくりと峠を登り始めた。

背後では砕けた石片が光を受け、静かにきらめいている。


風は涼しく、どこか清々しかった。

遠くの空には、王都の尖塔が小さく見える。


ハルオはそれを見つめながら、心の中で小さく息をついた。

(……なんだかんだあったけど、やっと王都オルディアか。)


馬車の車輪がゆっくりと音を立てる。

朝の霧が完全に晴れ、道の先には広い青空が待っていた

馬車の車輪がリズムを刻み、三人の笑い声が峠に溶けていった。

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