第25話 ヘルド鍛冶工房

南都トリスに向かう道中で倒したウルフを買取に出すため、ハルオとベスはギルドを訪れた。

思いのほか高額で買い取られ、ハルオは冒険者ランクをD級に昇格。

喜びも束の間、ベスのひと言で次の行き先が決まった。


「それじゃあハルオの装備でも見に行ってみるさね。」

「装備ですか? まだ大丈夫な気がしますけど……」

「武器はそれでいいさね。でもそれ以外がね。」

「……たしかに、バランスがいいとは言えないか。報酬も入ったし、見直すのもいいかもしれませんね。」


ハルオがうなずくと、ベスは満足げに笑った。

「そうこなくちゃ。命を預ける装備に金を惜しむやつは、長生きできないさね。」


二人はギルドを出て、冒険者街の一角――“鍛冶通り”へと向かった。

金属を打つ音、油の匂い、職人たちの怒号が飛び交い、通りはまるで生きているような熱気に包まれている。

看板には《鍛冶ギルド直営》《王都認可防具店》など、誇らしげな文字が並んでいた。


「この通りの奥に、あたしが昔世話になった店がある。」

ベスが案内したのは、古びた木造の扉に《ヘルド鍛冶工房》と刻まれた店。

中へ入ると、炉の熱気と鉄の匂いが一気に押し寄せた。


「おや、ベスじゃねぇか!」

奥から現れたのは、腕の太い白髪混じりの初老の職人だった。

「まだくたばってなかったか。」

「その口の悪さ、相変わらずさね。今日は坊主の装備を見に来たんだ。」


「坊主?」

ヘルドがハルオをじろりと見て、鼻を鳴らす。

「ずいぶん細っこいな。だが、目は悪くねぇ。剣を握る奴の目をしてる。」


ハルオは少し緊張しながら頭を下げた。

「はじめまして、ハルオです。」


「よし、まずは防具だな。お前の体格なら軽装の革鎧がいい。

 ただの革じゃない、魔獣の皮をなめした“魔導加工品”だ。斬撃にも魔法にもある程度は耐える。」

ヘルドは棚から黒革の胸当てを取り出し、手で軽く叩く。


「軽い……」

ハルオが感嘆の声を漏らす。

「あと足元も見てやってくれ。いまだに革サンダルなんだよ。」

ベスが呆れ気味に言う。


ヘルドは一瞬固まり、ハルオの足元を見て目をむいた。

「おいおい、まさか冗談じゃねぇだろ……?」

「え、だって軽くて動きやすいですし……」

「動きやすい? そんなもんで森を歩いたら一日で足を持ってかれるぞ!」

ヘルドが額を押さえ、深いため息をついた。


「まったく最近の若ぇのは……。ほら、これだ。」

彼は棚の奥から黒革のショートブーツを取り出す。

「《フェングレイン製》。魔狼の皮で作ったブーツだ。防刃加工に加えて、足首の魔導糸で軽度の障壁も張れる。見た目より頑丈だぞ。」


ハルオはブーツを手に取り、しなやかな質感に驚いた。

「これ……すごいですね。動きやすそうだ。」


「なんだ、よく見るとパンツもシャツもボロボロじゃねぇか。」

ヘルドが呆れ顔で言う。

「まるで野宿続きの放浪者だな。お前、本当にベスの弟子か?」


「弟子じゃないさね。ただの旅の途中で拾った坊主だ」

ベスが肩をすくめる。

「でもまぁ、服も防具のうちだ。あんたの言う通り、ちゃんとしたのを見繕ってやっておくれ。」


「まったく……」

ヘルドはぼやきながら工房の奥へと消えた。

しばらくして、数枚の布と革を抱えて戻ってくる。


「これは《風織布》って素材だ。砂漠の民が使う特殊な糸で織られてる。

 軽くて通気性がいいうえに、魔力の通りもいい。魔導士にも人気の一品だ。」


「へぇ……そんな素材があるんですね。」

ハルオが感心して触れると、布がかすかに青白く光る。


「それにこれ。」

ヘルドが革のベルトを差し出した。

「《マギアリスト》の試作品だ。魔力を一定に循環させる機構がある。

 お前みたいに魔力の流れが安定していない新米にはちょうどいい。」


「……そんなにわかるんですか?」

「当たり前だ。目を見りゃ、魔力の流れが透けて見える。ドワーフを舐めるなよ。」

ヘルドは鼻で笑いながら装備を手渡した。


着替えを終えると、ハルオの姿は見違えるほど変わっていた。

黒革の軽鎧に風織布のシャツ、魔狼のブーツ。

その姿はもう旅人ではなく、一人前の冒険者だった。


「おお……」

磨かれた金属板に映る自分の姿を見て、ハルオは息をのむ。

「なんか……強くなった気がします。」


ベスが腕を組み、にやりと笑った。

「見た目も中身も、だいぶ板についてきたじゃないか。」

「へっへ、ようやく“冒険者”の顔になったな。」

ヘルドが豪快に笑い、炉の火を少し強めた。


「さて、お代のほうだが――」

「はいっ! い、いくらですか?」

「防具一式と布服と魔導ベルト込みで金貨三枚と銀貨七十枚だ。」

「ひっ……高っ!」

「当たり前だ。命を守る道具に安物はねぇ。」


ベスが即座に口を開く。

「これはあたしが出すさね。王都まではまだ長いし、装備は惜しむもんじゃないよ。」

「えっ、でも――」

「盗賊狩りでしっかり稼いだんだ。先輩からの投資と思いな。」

「……ありがとうございます。」

ハルオは頭を下げた。


ヘルドが笑いながら手を振る。

「礼はいらねぇ。代わりに使い倒せ。道具は戦場で完成するもんだ。」


外に出ると、夕暮れの空が橙に染まり、通りには鐘の音が響いていた。

「いい買い物したね。」

ベスが夕日を背にして言う。

「先に宿に戻ってな。あたしは――ちょっと寄るところがある。」


ハルオは小さくうなずいた。

「わかりました。気をつけて。」


ベスは軽く手を振り、夕暮れの人混みに消えていった。

その背中を見送りながら、ハルオはふと拳を握った。


オレンジ色の光が街を包み、トリスの夜が静かに始まろうとしていた。

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