第18話 ミスリル
隕石に当たって気づけば異世界――そんな信じがたい運命に巻き込まれた中身はおっさんの、ハルオ。
右も左もわからないまま冒険者として生きる道を選び、勢いで挑んだのは、森に巣食うゴブリンの大討伐だった。
死線を越え、仲間と共に戦い抜いたその中で、彼の中に眠る“未知の力”が目を覚ます。
そして今――
その力を制御するため、リーナからの推薦状を手に、
「まさか俺が……学園に入るなんてな。」
不安と期待が入り混じる中、ハルオの胸に灯るのはひとつの決意。
――二度と、あの時のように無力では終わらない。
新たな出会いと、未知の魔法、そして隠された世界の真実へ――
ハルオの冒険は、いよいよ次の舞台へ。
王都へ向かうことになったハルオは、
再びローレンの街の露店通りを歩いていた。
ロクスとリーナには「すぐに行きなさい」と背中を押されたが、
装備も準備もないまま旅立つのは、さすがに無謀だった。
(まずは――壊れた短剣の代わりと、魔法の袋を買おう。)
通りは今日も活気に満ちていた。
香ばしい焼きパンの匂い、商人の呼び声、鍛冶屋の金槌の音。
昨日までの戦いが嘘のように、街にはいつもの日常が戻っていた。
「お、兄ちゃん。また来たな!」
声をかけてきたのは、以前短剣を買った露店のおやじだった。
小さな屋台には、磨かれた短剣や小盾がずらりと並ぶ。
「この前の剣、折れちまって……代わりを探してます。」
「ほぉ、そいつぁご苦労だったな。どんな無茶をしたんだい?」
「実は――」
ハルオは、魔力で短剣を強化中に無意識の魔法暴発で破損したことを話した。
親父は「ふむ」と顎髭を撫でながら、最後まで黙って聞いていた。
やがてにやりと笑い、
「――なるほどな。壊した理由が“魔法暴発”とは、また珍しい坊主だ。」
「す、すみません……。」
「謝ることじゃねぇよ。武器を壊すほどの力を出せたってのは悪くねぇ話だ。
むしろ――本物の魔力を通せる証拠だ。」
そう言って、親父は屋台の奥から一本の短剣を取り出した。
刃の根元に淡い蒼光が走り、柄には古代文字の刻印が刻まれている。
「これは《ミスリル》って素材だ。普通の鋼と違って、魔力を流すと刃が共鳴して切れ味が上がる。
前の短剣みたいに簡単には壊れねぇ。」
ハルオは目を見張った。
刃の表面は淡く光を反射し、角度を変えるたびに青銀の輝きが揺らめく。
それはただの武器ではなく――まるで“生きている金属”のようだった。
「……すごい。これがミスリル……」
「そうだ。特殊な鋼に魔力を纏わせて鍛えた特別製だ。軽くて丈夫、しかも魔力を通す。
扱いを間違えなきゃ、一生モノだぞ。」
親父は短剣を手渡した。
ハルオが握ると、金属なのに冷たくない。
むしろ手のひらに吸い付くような、不思議な温もりがあった。
「……まるで呼吸してるみたいだ。」
「こいつは持ち主の魔力に呼応して強くなる剣だ。
ただし、持ち主がヘタレじゃ、剣もそれなりのままだがな。」
ハルオは無意識に握り直した。
「これ、いくらですか?」
親父は少し考えてから、ため息混じりに笑った。
「本来なら金貨一枚ってところだが……前に売った剣が早く壊れちまった詫びに、
銀貨五十枚でいいや。」
「えっ……そんな、いいんですか?」
「いいんだよ。
坊主が本物の冒険者になるかどうか、賭けてみたくなっただけさ。」
「……ありがとうございます。」
ハルオは深く頭を下げた。
「気にすんな。お前みたいな若いのを見ると、昔の自分を思い出すんだ。」
親父は笑いながら、古びた鞘を取り出した。
「ほら、これに収めな。柄を握るときゃ、魔力を意識して流してみろ。
刃が鳴ったら、それが“お前に応えた”証拠だ。」
ハルオは息を整え、意識を集中させて魔力を流す。
――チィン……と、澄んだ音が鳴った。
まるで金属ではなく鈴のように柔らかく、空気の奥に消えていく音。
「……鳴った。」
「ははっ、やっぱりな。いい音だ。」
親父の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
「それと――魔法の袋も欲しいんだったな?」
結局、ハルオは《ミスリルの短剣》に加えて、魔法の袋、革の胸当て、そして旅用のマントまでまとめて買うことになった。
親父は「新生活応援セットだ」と笑い、すべて込みで金貨一枚にまけてくれた。
腰に新しい短剣を下げたハルオは、深々と頭を下げて露店を後にする。
王都までは馬車で三日、徒歩なら七日以上――リーナがそう教えてくれた。
途中にはいくつもの宿場町を経由する、なかなかの長旅になるという。
露店通りを抜けながら、ハルオは新しく買った魔法の袋を手に取ってみた。
柔らかな革でできたその袋は、見た目こそ普通だが、底が見えないほど深く、妙な“気配”がある。
試しにさっき買ったパンを入れてみる。
パンは吸い込まれるように袋の中へ消えた。
不思議に思いながら手を入れ、「パン」と念じると――ふわりと手の中に現れる。
「……本当に出てきた。すげぇ……」
魔法の袋は、入れた物を時間経過なしで保管できるという。
食料も腐らず、重さもほとんど感じない。
冒険者の間では必須の道具らしいと露店の親父のおやじが教えてくれた。
(これがあれば、旅も楽になるな。)
そう思いつつ、ハルオは門へ向かって歩き出す。
道の途中、腹が鳴った。
「……そういえば、昼か。」
通りの角から、香ばしい肉の焼ける匂いが漂ってくる。
屋台の前では、串焼きを焼くおじさんが豪快に声を張り上げていた。
「兄ちゃん、一本どうだ? 焼きたてだぞ!」
「……一本だけ。」
手持ちを考えながらも、腹の誘惑には勝てなかった。
焼きたての串を受け取り、ひと口かじる。
外はこんがり、中からは熱々の肉汁が溢れ出した。
「……うまっ。」
自然と笑みがこぼれる。
異世界に来ても、こういう“うまいもん”は変わらないんだな――そう思った。
食べ終えると、気持ちが少し軽くなった。
何本か追加で買い、魔法の袋に入れてみる。
袋の中では時間が止まるというから、食料の心配はしばらくなさそうだ。
残りの財布を確かめる。
銀貨は二十八枚、銅貨が少し。
(……馬車は無理だな。歩くしかないか。)
呟いたとき、遠くで鐘の音が鳴った。
街の昼を告げる穏やかな音。
ハルオは顔を上げる。
空は澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていた。
ローレンの街門の向こう――そこには、果てしなく続く街道が広がっている。
リーナからもらった地図を思い出す。
ローレンを出て南東へ。
その先のオルド峠の奥にそびえるのが――
彼の新しい旅の目的地だ。
「リーナさん……必ず、あの力を自分のものにしてみせます。」
静かに誓いを立て、門をくぐる。
背中のマントが風を受けてはためき、
腰のミスリルの短剣が太陽の光を受けて淡く蒼く輝いた。
(さあ――行こう。次の舞台へ。)
ハルオは深呼吸をひとつし、
ローレンの街をあとにした。
背後で聞こえる喧騒と、どこか懐かしいパンの香りが、
少しずつ遠ざかっていった。
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