第8話 再・公園にて②

 ツンツン。ツンツン。


 どのくらい意識を失っていただろうか。ほんの数分、否、数秒だったかもしれない。蛍は足先を何かでつつかれている感触に気づいた。

 瞼を開くと、倒れている自分の足元に、細い木の枝を持って翔太郎が立っているのが見えた。あの枝でツンツンされていたのかと、蛍はぼんやり思った。


「あっ、生きてた。よかった」


 翔太郎の安堵の声がした。


 コロしかけたあんたが言うんかい……と、突っ込む気力はなかった。若干の痺れはあったが、激痛は治まっていた。早くも蛍はを体験してしまったのだった。


「立てる?」

 翔太郎が手を差し延べた。

「ベンチで休んだ方がいい」


「ラ、ラジャー! (`・ω・´)ゞ」

「……?」


 翔太郎に引っ張り起こされて、蛍はぐったりとベンチに身体を預けた。

 一人分のスペースを空けて翔太郎も腰を降ろし、心配そうに蛍(男)の顔を覗き込んだ。


「加減しなくてごめんなさい。大丈夫?」

「大丈夫なわけないですが、自業自得なので。私の方こそ、ごめんなさい」


 狼藉を働いた者を見捨てて立ち去ろうとはせず心配してくれる翔太郎の優しさが身に沁みた。……生死を確認するために棒でツンツンしていただけ、ということも言えなくもないが。


「わからないな。君みたいな女性にモテそうな人が、どうして男の僕を」

「いけませんか? 男が男を好きになっては」


 その問いに、翔太郎はしばらく沈黙した。

 沈黙の意味を、もちろん蛍は知っている。


「いけなくはないと思います。でも、僕のことはやめて下さい。妻以外の人を好きになることはありませんから」


 なんとォー! 快哉を叫ぶ声が喉まで出かかった。蛍は翔太郎のその言葉だけで本望と思えた。この幸せの他に何を求めるものがあろうか、と。

 しかし、やはりどうしても聞いてみたかった。核心の部分を。翔太郎の本音を。


「では、奥さんと身も心も深く愛し合っていますか?」

「どうしてそんなこと訊くんですか!」


 そう返した翔太郎の声は怒気を含んでいた。彼のそんな声を蛍は初めて聞いた。


「今まで答えてくれていたあなたが急に向きになった。それはおそらく、本当のことが言えないからだ。あなたは嘘のつけない人だから」

「勝手に決めつけないで下さい。君に僕の何がわかるって言うんですか?」

「わかります。私だからわかります」


「私だから、わかる?」

 翔太郎は蛍(男)の言葉を繰り返した。そして、はっとしたように顔を上げ、小さく呟いた。

「ケイ……」


 蛍は危うく返事をしそうになった。

 まさか、正体がバレたのか? 自分が言わない約束を守っても、相手に勘付かれてしまった場合はどうなるのだろう? 


「同じ言葉を、以前この公園で聞いた。君は、似ている。雰囲気や話し方もそっくりだ。いや、似ているというよりは……もしかして、君はケイ?」


 そう言った後、翔太郎は「まさかね」と続けて、自嘲気味に笑った。


「あはは、急にどうしたんですか? 私はれっきとした男ですよ。あなたの奥さんじゃありませんよ。あははっ」


 なんとか誤魔化そうと焦るあまり、蛍は自ら墓穴を掘ったことに気づかなかった。


「え?」

 翔太郎は首を傾げて訝るように蛍(男)を見つめた。

「僕はケイのことを『奥さん』とは一言も言っていない。どうしてケイが僕の奥さんだと知っているんですか? それに『ケイ』ってだけじゃ、男か女かもわからないと思うけど」


 しまった! 語るに落ちるとはこのことだった。途端に身体中の穴という穴が開いて変な汁が噴出し始めた。万事休す。まるで刑事の誘導尋問にまんまと引っ掛かった間抜けな犯人である。


「あははっ、文脈から推理したんですよ。私、ミステリーが好きなんで」

「ケイが男性だったら、きっとこんな感じだろうって思った。僕もわかるよ。僕だからわかる。君はケイだね。どんな姿になっても、僕はケイのことは見失わない」

「……‼」


 翔ちゃん! 


「声をかけられた時からかっこいい人だなって思ってた。以前、ケイが話してくれたグラディエーターを思い出したよ。イメージがぴったりでドキッとした」


 翔太郎は目の前の男が蛍であることを確信しているかのような口調で話した。


 蛍は言葉に詰まった。迂闊に喋るとボロが出そうだった。これ以上の綻びは一巻の終わり、元の木阿弥、全てがオジャン。言わない約束は最後の砦だ。


 ならば、よしっ! 蛍は思い切った行動に出た。

 やにわに翔太郎を姫抱きすると、突如、猛スピードで走り出した。


「えっ、何 !?」


 予期せぬ事態に翔太郎が狼狽えていた。


「摑まっていて。……お願い。今は何も訊かないで」


 その言葉に翔太郎は小さく頷き、蛍(男)の首に両腕を回して身の安定を図った。


 顔が近い。唇が今にも触れそうだった。



 愛しい人を抱いて蛍は夜を駆け抜けた。


 このままずっと走り続けていたいと蛍は思った。このままずっと何処までも。

 許されるなら翼が欲しい。それが叶わぬなら、せめてヴァルカンの黄金の靴を!

 跳んで風に乗り、飛び廻って衛星になり、翔び抜けて流星になって、銀河の果てまでトリップしたい。

 いつまでも何処までも、愛しい人と空をめぐる。

 そのうちに、ふたり、無辺の宇宙に融け込んで、ひとつになれたらいいのに。

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