第9話 言霊の力

「なあ葵、どういうことなん? なんであそこに立とったん? どうやって鬼から逃げたん? なんで鍋のフタ言うたら鬼が消えたん?」


 地獄の鬼ごっこを体験した夜、疲労困憊ひろうこんぱいの極みで体力ゼロパーセントだった私と杏ちゃんは、なんかもう脳みそも限界に近づいていてそのまま帰宅した。


 そして翌日。人気のない空間、つまり放課後の図書室へと集まった私たちは、神隠さんを質問攻めにしている。


「とりあえず杏ちゃん、鍋のフタじゃなかったと思うよ」

「そうか? うちには鍋のフタって聞こえたけどな」


 確か「ワタナベ」とは言っていた気がする。だから人の名前かな?


「でも教えてよ神隠さん。昨日は聞きそびれちゃったけれど、わかんないことがいっぱいだよ」


 ぐいっと迫る私たちに神隠さんは涼しげな笑顔で「フフフ」と笑う。そんなミステリアスな雰囲気を漂わせながら、神隠さんは語り始めた。


「鍋のフタじゃなくて、渡辺綱わたなべのつなと言ったんだよ」

「それって人?」

「そう。渡辺綱は平安時代の武士だよ。鬼退治をした伝説が数多く残っていて、渡辺という姓を見ただけで鬼たちは渡辺綱の子孫だと思い寄り付かないから、渡辺姓は節分の時に豆をまく必要はないって言われているくらいさ」

「へえー、めっちゃ強かったんやなあ」


 聞いたことない人だけど、その人のおかげで助かったとも言えるし感謝しなきゃ。ありがとう渡辺綱さん。


「……あれ? もしかして神隠さんは、最初からそれが答えだと知っていた?」

「うーん、まあ見当はついていたかな」

「そうなの!? それじゃあなんで鬼が出てすぐに言ってくれなかったの?」

「言おうと思ったけれど、その前に二人が叫んで逃げ出しちゃったからね。鬼は私を置いて叫ぶ二人を追っていくし、言いそこなったってわけさ」


 なるほど。それが神隠さんが助かった理由。上手く逃げて隠れたとかじゃなくて、単に鬼が私たちを追いかけただけか。


「それで私は階段を使って回り込んで、二人と鬼を待ち構えていたってわけ」

「なるほど。でも鬼がすぐそこまで来ているのに、逃げないで正解かもわからない言葉を言うなんて危ないよ」

「そうだね。心配してくれてありがとう」


 神隠さんの作ったサンドイッチは美味しかったけれど、神隠さんの方が美味しくいただかれなくて良かった。だってあの恐ろしい鬼は、目前まで迫っていたのだ。


「それにしてもなんで言葉だけで鬼を追い払えるん? あんなに狂暴そうやったのに」

「それはね杏、言霊ことだまの力ってやつだと思うよ」

「「言霊の力?」」


 聞きなれない単語を、私たちはそろってそのまま聞き返す。


「言葉には霊力が宿るって考え方だね。良い言葉を使えば良いことが起こり、悪い言葉を使えば悪いことが起こる。言葉そのものが呪文みたいってことさ」

「へえ、そうなんだ。でも、それならなんで”豆”は効かなかったの?」

「正確にはわからないけど、豆まきは豆をまくというその行為に魔を払う力があって、言葉としては恐ろしくないんじゃない?」

「それもそうか。じゃあ”鬼は外”は? あれも呪文みたいなものじゃないの?」

「鏡の世界に帰らせたいだけで、外に追い出したいわけじゃないからね」


 なるほど。言われてみればそうだ。私と杏ちゃんが納得していると、神隠さんは「適切な状況で適切な言葉を選ばなければ、言霊の力も宿らない。さながらテストの答案のようにね。答えをずらして書いたら不正解でしょ?」とつけ加えた。


「これで七不思議その三、“満月の大鏡”は解決でいいかな? じゃあ早速次にいこうか。七陣小七不思議その四、“体育館の落ち武者”」



 ☆☆☆☆☆



 次の七陣小七不思議を確かめるために、私たちは体育館の前へとやってきた。普段はバスケットクラブや地域のバレーボールチームが使っている時間だけど、今日は利用されておらず無人みたいだ。


「そこらへんは調査済みってね」

「さすがは神隠さん」


 七陣小七不思議その四、“体育館の落ち武者”。それは『放課後、誰もいないはずの体育館から物音が聞こえる。それは落ち武者の霊が、自分の首を探して彷徨っているのだ』というものだ。


「落ち武者ってつまり侍やろ? なんで侍が体育館におるんや。運動会でもしとるんか? あ、あれは妖怪やっけ?」

「だから自分の首を探してるんだって。きっと敵にやられちゃったんだよ」

「そうかもしれないね。そもそも七陣という地名自体、戦国時代に合戦があった際、七つの陣地が置かれたのに由来するそうだよ。もしかしたらその合戦の犠牲者かもしれないね」


 うわ、もう完全にそれじゃん。

 そして夜の運動会は墓場だよ杏ちゃん。


「でもうち少し楽しみやわ。二人と違って幽霊見たことないし!」

「音楽室の幽霊は、なんか半透明なだけの普通の人って感じだったよ」

「うわ、面白な。なんかもうちょい派手な感じやないんか」

「いや、幽霊に派手さを求められても幽霊さんも困ると思うよ。蛍光色に輝く幽霊とか嫌でしょ」


 そんな会話をしながらも、物音に注意を払う。うん、今回はもう聞こえる。中で走る足音と、何かがぶつかる音だ。音楽室のお姉さんの時も思ったけれど、幽霊って普通に足あるんだな。


「うわ、おるおる。完全におるやろこんなん」

「神隠さん、中には誰もいないんだよね」

「確認済みだよ。中にいるとしたら、落ち武者だろうね。そして体育館の鍵は、ここにある」


 神隠さんは取り出した鍵を差し込み、そして扉を開く――。

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