第24話

 幼い頃から名探偵になるのが夢だった。漫画やドラマに出てくる、どんな難事件も八面六臂の活躍で解決するような名探偵。

「――これで事件解決だ」

「すげえ! すげえよ粋利!」

「粋ちゃん、かっけえー!」

 クラスメイトたちが僕のことを褒め称えている。

 場所は教室。桐坂北きりさかきた中学校二年一組。僕の所属するクラスだった。

 日直が紛失した教室の鍵を、僕の“推理”で見つけ出したのだ。

「粋ちゃんは将来すごい人になるよ!」

「サイン! サインくれよ!」

 尊敬の眼差しを向けられて、悪い気はしない。

 当時の僕は、自分が将来名探偵として活躍することを疑っていなかった。その資質が僕には十分にあると思っていた。

 それに、僕には頼りになる相棒もいる。

「綿鍵君、調子に乗ってはダメよ」

 クラスメイトの海名霧花きりか。僕を窘めてくれる最高の相棒。彼女は自身のことを「助手」だと言っていたけど、僕にとっては相棒と呼んだほうが近い間柄だ。名探偵に必要なのは、後ろをついてくる従順な犬ではない。名探偵の隣を歩き、時に名探偵が道を誤ったときには窘めるような対等な存在である。その点で海名はこの上なく頼りになる女の子だった。

「分かってる。僕はいつだって慎み深く生きているよ」

「本当かしら」

 軽口に付き合ってくれるところも気に入っていた。

 彼女ほど話していて楽な女の子はいない。

 僕らが二人で“探偵活動”をするようになるまでに、これと言ったきっかけはなかった。僕が探偵活動をするときに、いつしか彼女が隣にいるようになった。彼女は自然に僕の隣に立っていた。僕はそれが不快ではなかったし、むしろ彼女は有意義なアドバイスや新鮮な着眼点でもって、事件解決に大いに貢献してくれていた。こういうのを馬が合うと言うのだろう。

「だけど最近、歯ごたえのない事件ばかりだからな。もうすぐ夏休みだし、この辺で大きな事件でも起きてくれたらな」

「綿鍵君、不謹慎よ」

「悪い。でも、一つ狙ってる事件はあるんだ。ひょっとしたら大物かもしれないっていう事件」

「どんな事件なの?」

「桐坂小学校――って言っても海名は知らないか。この街に来たのは中学からだし」

「名前くらいなら聞いたことがあるわ」

「僕の母校でもあるんだが、その小学校の飼育小屋で飼っているウサギが、殺されたんだ」

「殺されたって、何かの間違いじゃないの? 寿命で死んだのではなくて?」

「いや、間違いなく殺しだ。何せウサギの体は真っ二つ――首が切られ、頭と胴体がバラバラになっていたんだからな」

「酷いわね」

 海名は口元を手で押さえる。死骸を想像して気分が悪くなったのだろう。

「しかも一羽じゃない。三羽だ。それも別々の日にやられてる。もう犯人は三度も小学校の飼育小屋に侵入してウサギを殺してるってことになる」

「かなり悪質ね」

「そう。だから僕らで犯人を捕まえようってわけ。近いうちにまた次のウサギを殺すために飼育小屋にやってくるはずだ」

「危険じゃない? 首を切って殺すだなんて、明確な悪意を持っているとしか思えない。それに、三度も事件が続いたら、さすがに警察が動いているでしょう?」

「ああ。昨日小学校まで見に行ったら、校門に警官が立っていた。だけど、それはあくまでも昼間の話だ。夜には誰もいなかった。夜間の警備員は常駐していたが。警察も四六時中見張っていられるほど人員豊富なわけじゃないんだろう」

 学校に通っている生徒に万が一にも危害が及んだら大変だからと、日中だけでも警官を置くようにしたに違いない。

「また勝手に……。昨日五限目の授業に遅れていたのは、昼休みに小学校を見に行っていたからだったのね」

 実のところ、昼休みだけじゃなくて放課後にも見に行っていた。校門のインターホンを鳴らして、「この学校の卒業生で、残されたウサギたちのことが心配で来ました」と言ったら、僕が六年生のときの担任教師だった田中たなかまさるが、快くウサギ小屋へと案内してくれた。事件について詳しい状況を教えてくれたのも田中だ。小学校の頃も僕は探偵活動をしていたから、色々と話してくれたのかもしれない。他にも、僕が五年生のときの担任だった立花たちばなが退職したことや、お世話になった先生の何人かが転校したことも聞いた。

 海名が不満げに言う。

「行くなら私にも声をかけてほしかったわ」

「分かった。次にそういう機会があったら言うよ」

「本当に嘘ばっかり」

 海名はこれ見よがしにため息をついてから、

「だけど、どうするつもり。犯人を捕まえると言っても、私たちはまだ中学生。ウサギの首は人に比べたら細いけれど、切り落とすとなるとそれなりに腕力が要るでしょう? 犯人は大柄の男性かもしれない。その場合、拘束するのは難しいわ」

「大丈夫だ。そのための策は考えてある。力で勝てなくても、頭で勝つ。それが名探偵だからな」

 僕は自分の頭を人差し指でこつこつと軽く叩く。

「それはどんな策なのかしら」

 僕の説明を聞いた海名は、

「なるほど。単純ではあるけれど効果的ね。ウサギ小屋ならぬ人間小屋と言ったところかしら」

「……海名って、たまにすごく恐いこと言うよな」

「そうかしら」

「そういう無自覚なところが余計に恐いんだよな」

「私に喧嘩を売っているのかしら。売られた喧嘩は買うわよ」

「冗談でもやめてくれ」

 僕は両手を上げて降参のポーズをとった。海名の容赦のなさは嫌と言うほどに知っている。

 海名はくすりと笑って、

「それで、いつ決行するの? まさかこれから毎日小学校に行ってウサギ小屋を見張るというわけにもいかないでしょう?」

「そのまさかだ。三度の殺しはすべて夜から朝方にかけて行われているから、見張るのはその間だけだが」

「……本気? 数日程度なら私も付き合えるけど、さすがに毎日となると、睡眠が足りなくなるわ。まさか学校の授業は居眠りしろ、なんて言わないわよね」

「それはそれで面白そうだが、そうじゃない。明後日から夏休みだろ」

「そうだったわね。なるほど、そういうこと」

「ああ。昼間は家で寝て、夜にウサギ小屋を見張る。昼夜逆転生活だ」

「確かにそれなら睡眠時間は問題なく確保できるけれど、私は夏休み全部というわけにはいかないわよ。夏休みの宿題をする時間も欲しいし」

「見かけによらず真面目だな、海名は」

「見かけによらずは余計よ」

 海名は肩をすくめる。

「おそらく心配は要らない。犯人は三から五日おきに犯行に及んでる。前の犯行があったのが二日前だから、次の犯行まで長くても三日くらいの辛抱じゃないかと僕は読んでる」

「そう。それなら夏休みの宿題もできそうね、よかったわ」

 海名は冗談とも本気ともつかないことを言って、

「今日はこの後どうするの?」

 僕はにやりと笑って言った。

「必要な情報を取りに行く」

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