第4話
「おそらくニャーゴだ」
「やっぱり……。さっきはなんでこの扉調べてるんやって思ったけど、確かにちょっとでも扉が開いとったら、猫なら簡単に中に入れるもんね。猫は狭いとこ好きやから、扉の隙間に入りとうなる気持ちも分かるわ」
事実、先ほどニャーゴは教室の中へ入ろうとしていた。
ニャーゴはからだを捻って舞川の手から抜け出すと、素早く扉の隙間を通って廊下へと去っていった。逃げ足の速い“盗っ人”である。
「おそらくニャーゴは、今日の体育の時間、僅かに開いていた後ろの扉から、誰もいない教室に侵入し、舞川さんの机の上からペンダントを咥えて持ち去ったんだ」
始めは人間の仕業かと思ったが、それだと当てはまりそうな人物がいなかった。
だから、視点を変えてみた。
ペンダントを動かすのに、必ずしも「人的な力」は必要なかった。
「やけど、なんでウチのペンダント? 確かにペンダント小さいし、猫でも十分に運べた思うけど、別に小さいもんなら他にも教室にあったやろ。チョークとか、消しゴムとか。ペンも向きに気を付けたら咥えられたやろうし」
「見た目だ」
「見た目って……ウチの格好が何か関係あるん?」
舞川が首を傾げながら自分の体をぺたぺたと触る。
奇しくも先ほどと言葉が被ってしまったが、今回の「見た目」は舞川のギャル姿を指してはいない。
「ペンダントの見た目だ」
「ペンダントの見た目がどうかしたん?」
「ニャーゴが好きな物は何か知ってるか?」
「マタタビ?」
「……確かにマタタビは好きかもしれないが、そうじゃない。――ニャーゴは光る物に目がないんだ」
先ほど校舎に戻ってきてニャーゴと遭遇したとき、彼はきらきら光るスーパーボールを口に咥えていた。ニャーゴと出合ってからの三か月、彼が似たような物を咥えている場面を何度も目撃している。彼がきらきらとした物を好んでいることは明らかだった。
「あ、それでさっきペンダントの色を訊いてきたんや。確かにペンダントは金色で光っとる。所々剥げとるけど」
「今教室をパッと見渡してみても、きらきらとした物は見当たらない。無人の教室に侵入したニャーゴがペンダントを選んだのは、必然とも言えるわけだ」
「まさかニャーゴが“犯人”やったとはね。ウチびっくりや。……でも、ちょっとほっとしたわ」
安心する要素など、どこかにあっただろうか。ペンダントはまだ取り返せていないのに。
「ウチな。さっきペンダントを盗むような人はおらん思う言うたけど、全然自信はなかってん。学校での人付き合いも上手くできてへんウチが、他の生徒がどんなことを考えとるかなんて、分かるはずないから」
舞川は話しながら教室の戸締りを始めた。後ろの扉を閉めて、錠をおろす。そして前方の扉へと向かう。僕は後ろをついていきながら、彼女の話に耳を傾ける。
「知らないうちに誰かの恨み買っとったかもしれへん。ウチの大切にしとったペンダントをどこかにやったろうって思う人がいてもおかしくなかってん。……人に嫌われるのって、いい気はせえへんから、そうやなかったって分かって安心したわ」
舞川のギャル姿は、確かに大衆受けするものではない。最近はギャルに対する世の中の理解も深まってきたが、それでも中には「品がない。派手過ぎる」と言って嫌悪感を抱く人もいるだろう。
彼女は、人に嫌われて、いい気はしないと言った。それでもギャルの姿をし続けているのは、のっぴきならない事情があるのだろう。
先ほど「ギャルであることは何よりも大切なこと」だとも言っていた。
それほどまでに彼女がギャルにこだわる理由とは一体――。
教室の戸締りを終えた僕らは、廊下で向かい合う。
「にしても、ニャーゴが犯人やったら、ペンダントの行方は闇の中やな。見つけるのは諦めるしかなさそうや。今日はありがとうな、綿鍵くん、ほんま助かったわ。ウチは職員室にこの鍵返しに行くから、先帰っといて」
そう言って教室の鍵を指でくるくると回す舞川に、僕は言った。
「僕が帰った後、自分一人で探すつもりなんだろ、ペンダント」
舞川は目を伏せた。
「大切なもんやから」
「ペンダントの行方に当てはあるのか?」
「……取り敢えず、校舎の中、探してみるつもり。ニャーゴは校舎でよく見かけるから」
「もうすぐ下校時刻だぞ」
「……先生たちにバレへんように隠れて探すつもり」
「一人よりも二人で探したほうが効率がいいとは思わないのか」
「綿鍵くんにこれ以上迷惑かけるわけにはいかへんやろ……」
僕は胸の内でため息をついた。
この様子だと、舞川は明日の朝まで一睡もせずにペンダントを探し続けそうだ。
――校舎内では見つかるはずのないペンダントを。
「僕の話を聞いてなかったのか?」
「へ?」
「言っただろ。ペンダントは今日中に取り戻すって」
「……探すの、付きおうてくれるってこと?」
「ああ。と言っても、闇雲に探す必要はない。ニャーゴがペンダントを運んでいった場所に見当はついている」
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