#033 『修行の成果』
「改めて、Eランク冒険者への昇格おめでとう! レイン君!」
「ありがとうございます!」
サナボラ樹海攻略前日。
俺が冒険者ギルドなどで用事を済ませている間、カシュアには別行動して貰っている。
というのも、この2週間、毎日のように冒険者ギルドの依頼を受け続け、そして達成し続けた事を評価され、俺は晴れてEランク冒険者になる事が出来たのだ。
ナターシャさんから差し出された書類に必要事項を書いていくと、感心したように声を漏らした。
「まさか二週間ちょっとで二つもランクを上げちゃうなんてね。中々見ないよ、この速さで昇格していくの」
「そうなんですか?」
「うん。元々Gランク判定を受けた人なら尚更ね。Gランクから抜け出せずに苦労し続ける人なんていっぱいいるんだから。でも、レイン君がすっごく努力したからこそ、この短期間でEランクまで駆け上がったんだって私は分かるよ」
「確かに……人並み以上に努力はしていたとは思います」
この2週間で行われたあまりにハードな修行を思い出してげんなりとする。日中はライドに肉体面で徹底的にしごかれ、夜はカシュアに魔法面で徹底的にしごかれ……。休息なんてほぼ食事と睡眠ぐらいしか無かったしな……。
でも、そのお陰でそれなりに実力を伸ばす事は出来た。それこそ、Eランク冒険者の中でも上澄みぐらいの実力にはなっている事だろう。
Eランク冒険者になるのに必要な手続きを一通り終えると、ナターシャさんが何かを思い出したのか「あ」と声を漏らした。
「そうそう。そろそろEランクに上がると思って、保留していた指名依頼があるんだけど……レイン君、受けてみる気はある?」
「指名依頼……」
その言葉にドクン、と心臓が跳ねあがる。ここまで、冒険者ギルドの依頼を受け続けたもう一つの理由。それは、アヤラルで行われる『族長の試練』に参加する為だ。
この2週間待ち続けていたが、一向に『族長の試練』について話を持ち掛けられることが無かった。それは恐らく、FランクというGランクを抜け出したばかりのランクでは受ける事が出来ないだろう依頼だからだ。
当初の予定通り、サナボラ樹海の破壊に伴い、俺はこの国を離れるつもりだ。だからこそ、それよりも前に『族長の試練』の依頼を受ける必要があった訳だが……。
ナターシャさんの言葉を、心臓の鼓動を早くさせながら待つ。
「アヤラルって隣国で行われる、『族長の試練』っていう国の長を決める重要な行事があるんだけど、その候補者の相方に君を推薦しようと思ってて。レイン君さえ良ければなんだけど……」
「是非、お願いします!」
やった。良かった。間に合った。
この2週間の努力は、決して無駄なんかじゃなかった。
握り拳を作りながら喜んでいると、ナターシャさんが困惑したような声を漏らす。
「そ、そう? 結構内容が複雑だし、これまで受けてきた依頼とは全然違う物だから説明とか……」
「一応、内容については理解しているつもりです。そういう事に詳しい知人が居るので」
「す、凄い知り合いが居るのね……。取り敢えず、これが依頼書ね。良く読んでから、サインしてね」
ナターシャさんから差し出された『族長の試練』の依頼書に目を通しつつ思案する。
確かに、普通の人間が他国のしきたり……しかも国の長を決める程の重要な行事について詳しいのもおかしい話か。どう誤魔化すか悩んでいると、ナターシャさんはにやりと笑う。
「また隠し事?」
「い、いや……」
「最近はライドさんと二人でずっと何かしてたみたいだし。私、君の担当なのに、君の事をなーんも知る事が出来なくて……すっごく寂しかったんだよ」
「うぐっ」
こ、心が……心が痛い。でも馬鹿正直に語ったら一瞬で
俺が困っている様子を見て、ナターシャさんは茶目っ気たっぷりにぺろっと舌を出した。
「……なんてね。レイン君が強く、立派になっていくのは私としても嬉しいから。……でも、この依頼を受けるとなるとこの国から離れる事になるね」
「……はい。短い間でしたが、ナターシャさんにはお世話になりました」
サナボラ樹海を──迷宮を破壊したら、もう後には引き返せない。ほとぼりが冷めるまで、俺はこの国に戻ってくる事は無いだろう。
もし後で俺が迷宮を破壊したとバレてしまったら、彼女も少なからずショックを受けるだろう。だからこそ、その時のショックが少しでも軽くなるように、関係は浅いままの方が良い。
そんな俺の内心も知らず、微笑むナターシャさん。
「うん。『族長の試練』が終わったら、いつでもこの国に戻ってきて良いんだよ。また依頼を受けたい時は私を通してもらえれば良いからさ」
「……そうしたい所ですが……しばらくはライトを離れて、他の国を回ってみようと思います。世界を見る事もまた、冒険者としての醍醐味だと思うので」
「それもそっか。うーん、寂しくなるなあ」
「またいつの日か、ライトに戻ってきます。その時に、絶対顔を出しますから」
そう言いつつ、最後に名前をサインしてから依頼書をナターシャさんに差し出した。それを受け取り、ギルドの受領印が押されるのを眺めていると、ナターシャさんはぽつりと呟いた。
「ねぇ、レイン君」
「はい、なんでしょう」
顔を上げると、ナターシャさんは儚げな表情で微笑んだ。
「──死なないでね」
「──っ」
ぎゅっと心臓が鷲掴みにされるような感覚を覚える。数多の冒険者を見送ってきたギルドの受付嬢としての勘だろうか。俺が死地に飛び込んでいこうとしているのを何となく察したのか、そんな言葉を掛けてくる。
だからこそ、俺は彼女を安心させるように勝気な笑みを見せる。
「生憎、俺はまだまだ死ぬつもりはありません。見たい物、やりたい事、沢山ありますから」
カシュアと共に迷宮を破壊して回るというのは大前提だが、それだけが旅の目的じゃない。
色々な世界を見て回り、見識を深める事もまた、冒険の醍醐味だ。
ぽかんとした様子で俺を見ていたナターシャさんは、首を振ってから。
「そうだね、こんな湿っぽい別れは縁起でもないね! やっぱり今の無し! 仕切り直そう!」
ぱんっ!と聞いていて気持ちの良い程良い音を両頬から奏で、ナターシャさんは満面の笑みを向ける。
「行ってらっしゃい! 君が他の国で経験してきたことを聞ける日を、楽しみにしてるからね!」
「はい。──行ってきます」
ナターシャさんに見送られ、俺は冒険者ギルドを後にした。
これで別れは済ませた。後は、ヴェル爺とライドに挨拶に行かないとな。
◇
「ヴェル爺!」
「よう坊主、久しぶりだな。ちゃんと依頼の品は出来てるぜ」
ギルドでの用事を終えヴェル爺の家に辿り着くと、斧を背負い、仁王立ちしながら待つヴェル爺の姿があった。
その手に握られているのは、赤と黒を基調とした短剣。恐らく、俺が依頼した短剣だろう。
ヴェル爺はこちらを見るなり、にやりと口端を大きく吊り上げた。
「坊主……あの条件、忘れてないよな?」
「ああ」
「なら早速、腕試しと行こうじゃねえか!」
ヴェル爺はにやりと笑うと、俺が依頼した短剣を投げて寄越してくる。
その短剣を掴み取ると、ヴェル爺がこちらに向かって一直線に突っ込んできた。
(──落ち着いて、ヴェル爺の動きを見極めるんだ)
斧を用いての攻撃なら素手での攻撃よりも隙がある。だからここは避けるべき──否。
(折角打ってくれた短剣を粉々にする訳ない、それに──鍛冶師のプライドとして、たった一度の打ち合いで壊れる程
ただ回避するだけじゃ、ヴェル爺は納得しないかもしれない。
だからこそ、正面から迎え撃ってヴェル爺を認めさせる!
(短剣を握る右手に魔力を9割集中! 短剣が斧に当たった瞬間に、衝撃をいなす為に足と腰に魔力を分散させる!)
この2週間、魔力による身体能力強化の修行を行い続けた。身体能力強化は魔力操作の基本だが、基本だからこそ奥深く、戦闘において最も体得し熟知すべき技術である──とライドは言っていた。
右手に集中させた魔力が浸透していき、淡く赤い光を纏い始めた短剣。力を込めて短剣を振るうと弧を描き、斧の刃先と接触した。
「「──勝負!」」
ガキィン! と甲高い金属音と共に、盛大に火花が散った。ヴェル爺による斧の振り下ろしの衝撃が俺の身体から地面へと伝播していき、地面に大きな陥没が生じる。
全身が粉々になりそうな程の凄まじい衝撃をいなす為に身体を落とし、片膝を突きながらもその一撃を何とか耐え切り──やがて、ヴェル爺は斧をゆっくりと持ち上げ、豪快に笑った。
「がっはっはっは!! この野郎、たった二週間で俺の一撃を防ぎおったか!」
「手加減して貰わなかったら潰れてましたけどね……!!」
「たりめぇだクソガキ、二週間そこらで俺の全力の一撃が防がれてたまるかっての」
こちらに近寄ってきたヴェル爺のデコピンで頭を小突かれ、その衝撃で思わず仰け反る。
今もまだ全身が痺れている。それだけ凄まじい一撃だったが、それでも何とか防ぐことが出来た。
2週間前の俺なら、この手加減の一撃ですら死んでいたかもしれない。
ヴェル爺は顎髭をさすりながら、感心したように息を漏らす。
「しっかし、本当に間に合わせてくるとは思わなかったぜ。それなりの練度に到達してればくれてやると思ってたが、ここまで仕上げてくるとはな」
「この2週間、死ぬ気で修行してきましたからね」
「みてぇだな。だが、死ぬ気で修行つったって一人でどうやって──」
「──こんな所に居たのか、レイン少年」
その時、背後から聞こえた声に驚きながら振り向く。
ゆっくりとした足取りでこちらに歩いて来たのは、ライドだった。
「……ほう、なんでお前さんがこんな所に? 俺はてっきりもうこの国を離れてるもんだと思ってたが」
「彼の修行を手伝っていてな。少年との待ち合わせの時間になっても正門前に来ていなかったから探しに来たんだ」
「ごめんライド、もうそんな時間だったのか。……というかライド、ヴェル爺と知り合いなのか?」
ヴェル爺の予想外の反応に目を丸くしていると、ヴェル爺はにやりと笑い。
「まあな。俺の大事な顧客の内の一人だ」
「ライドが……?」
確か、ヴェル爺は一般客に対してもう武器は打っていないと言っていた。
つまり、ライドはヴェル爺が認めた冒険者という事になる。
確かにライドはB級以上の実力を持っていると知っていたが、意外な繋がりだ。
「お前さんが修行に付き合っていたのなら納得だ。武器を扱う上での基礎的な部分は確実に身に着いているし、魔力操作の筋も良い。良い指導者が居なければここまで成長していなかっただろうよ」
「なに、私はただ普通に教えただけさ。言われた事を素直に呑み込み、基礎の継続を怠らなかったレイン少年の努力の賜物だ」
手放しにライドに褒められ、照れくさくなって頬を掻く。
ヴェル爺も俺達を見て口元を緩めていると、俺が握る短剣に視線を向けた。
「所で坊主、その短剣の使用感はどんなもんだ?」
「適度に軽くて扱いやすいのと……魔力が短剣にスッと流れ込む感じがして凄く扱いやすいです」
「魔力が伝わりやすいのは坊主が持ってきた『
確かに、『
その性質を受け継いでいるとなると、今魔力操作を主体に戦っている俺にとって一番嬉しい武器だ。
「その短剣の名は【
「分かりました」
「後、おまけでこれも持ってけ」
「これは……?」
そう言ってヴェル爺は砥石の他に二つの装備を渡してくる。
一つは仮面と、もう一つはローブのような物だった。
首を傾げていると、ヴェル爺は自分の目元を、指先でとんとんと叩く。
「坊主は気付かれちゃいねぇと思っていそうだが、戦闘中目ぇギラつかせすぎだ。勘のいい奴ぁすぐに気付く。人に見られるような戦闘をする時はこいつを付けとけ」
「……ッ!」
ヴェル爺が何を言っているのか察し、冷や汗を流す。
俺自身気付いていなかったが、
「……忠告、ありがとうございます」
「んな警戒すんなって。坊主のソレがどんな能力持ってるのかは知らんが、戦闘に活かせるんならどんどん使え。そんでもって、バレても自分でなんとか出来るぐらいに強くなりゃあ良いだけの話だ」
ヴェル爺の言葉にハッとする。
魔眼を持っている事が周囲にバレる事によって発生する面倒事は魔眼目当ての冒険者狩りに狙われてしまうという事だ。その冒険者狩りを軽々あしらえるぐらい強くなれば、隠し続ける理由も無くなる。確かにその通りだ。
「それで、このローブは……?」
「『シャドウ・ラビット』っつぅ黒い兎の皮で作ったローブだ。夜行性な上に体表が黒いから滅多に見つからん魔物でな。元が隠密性の高い奴の魔石を使ってるから、その性質が引き継がれてる。真昼間に付けると逆に目立っちまうが、暗がりとか夜に羽織れば意識しなきゃ見つからんぐらいには見分けが付かなくなるぜ」
「そんな良い装備を、なんで俺に?」
仮面とローブを手に取りまじまじと眺めてみるが、そのどちらもが一切妥協されていなく丁寧に作られた品だと言う事が素人の俺で分かった。
どういう意図があってこんなに良くしてくれているのか分からず、ヴェル爺に困惑の視線を向けると、ヴェル爺は何か考え込むような仕草をした後。
「……迷宮攻略の役に立つからな。後はまあ、カシュアの弟子に対する餞別の品って所か」
スッと言葉を出さなかった所を見るに、本当は何か別の理由があるように思えたが、俺の気のせいだろうか?
だが、タダで貰えるというのであれば、ありがたく貰う事にしよう。
「ありがとうございます。短剣と一緒に、大事に使わせて頂きます」
「ちゃんと有効活用しろよ? んじゃ、渡すもんは渡したし、俺はもうこの国を離れるぜ。達者でな、レイン」
ニッと笑みを浮かべてから、ヴェル爺はリュックを背負って工具箱片手に去っていく。
そう言えば、ヴェル爺はこの街に戻ってきた用事は済んでいたと言っていたな。
俺の武器を作る為だけに二週間も留まらせてしまったし、もう一度お礼を言わないと。
「本当に、ありがとうございました!!」
大きな声でお礼を言い、頭を下げる。
ヴェル爺はこちらを見ず、ただ左手を上げてこの場から去っていった。
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