#030 『二人目の魔眼持ち』


「巻き込んでしまってすまなかったな、少年」


 今回の共同依頼の要求素材である『ストーンバットの赤眼』を回収し、メリオル大洞窟を抜けて早々ライドがこちらに向かって頭を下げた。こちらに対し敵意を向けていない様子だが、それでも警戒しつつライドに問う。


「もう隠すも何も無いだろ。……ライド、お前は一体何者なんだ……? なんであれだけの実力があって、Eランク冒険者なんかやってるんだ……?」


 あれほどの剣技を見せつけられたらライドがかなりの実力者であると誰だって気付く。

 カシュア曰く、Aランク相当の剣技を身に着けていながら何故Eランク冒険者という立場に居るのか。

 迷宮に入る前の発言といい、ライドは非常に複雑な事情を抱えているのは分かっている。

 ライドは少しだけ悩む様子を見せてから、仕方ないとばかりに深く息を吐き出した。


「……そうだな。あれを見せてしまった以上、言い逃れは出来まい。君が口外しないと約束してくれるのなら、答えられる範囲で教えるとしよう」


「分かった。元から口外するつもりは無いけどな」


 口外したら、あの迷宮に置き去りにされた男と同じ末路を辿りそうだしな……。

 ライドはその翡翠の瞳でこちらをじっと見つめた後、ゆっくりと語り始める。


「では、まず君が懸念しているであろう事から先に話そうか。──、私も魔眼を持っている。名を【真贋の魔眼ライアーズ・アイ】。簡単に説明すると、目の前の人物が、嘘を言っているかどうかを判別出来るという魔眼だ」


「っ」


 あの冒険者狩りの男とのやり取りを見ていた時に薄々そんな気がしていたが、やはりそうだったのか。

 そして、俺が魔眼の保持者である事についても気が付いていた。どの時点で気付いていたのか、という点についてはまだ不明だが、ストーンバットの事について言及した段階で確信したに違いない。

 俺が動揺している隣で佇んでいたカシュアは、難しい表情をしながら首を傾げる。


『……聞いた事の無い魔眼だ。その持ち主があまり表舞台に出てこなかったから、認知されていないんだろうか……』


 どうやらカシュアですら知らないという珍しい魔眼らしい。だが、元々魔眼は希少な存在らしいから彼女が知らなかったとしてもおかしくは無いだろう。


「あまり戦闘向きじゃないけど、かなり便利な魔眼なんだな。詐欺とかに引っ掛からなさそうだ」


「確かに便利だが、本人が本当の事だと信じ切っている物に関しては判別が付かないから少し微妙ではあるがな。だが、君が見た通り、嘘を吐こうと演技している輩ぐらいならすぐに看破出来る」


 ライドはあの時、降服したように見せかけ、ひっそりと復讐の機会を伺おうとしていた男の思考を見抜いていた。魔眼の力で嘘を言っていると分かっていたのなら納得だ。

 ライドは穏やかな笑みを浮かべたまま、俺の方をじっと見つめ。


「だからこそ、この迷宮に来るまでの道中で交わした君との問答で、君が信頼に値する人物だという事は分かっていた。非常に素直で、純粋。絶対に裏切ったりしない人柄であると判断した」


「……っ、そこまで確認してたのかよ……」


 俺としては冒険者として何気ない会話を交わしていたと思っていたのだが、ライドは俺を見定めていたのか。その時点で裏切ると判断されていたらどうなっていた事か……。

 最悪、迷宮内で置き去りにされていたのは俺だったかもしれないと身震いしていると。


「所で少年。君を襲ったあの冒険者狩りの男が、私達がギルドに居た時に、陰で話を盗み聞いていた事に気付いていたか?」


「えっ」


「やはり気付いていなかったか」


 ライドから明かされる衝撃の事実に、驚きの声を上げる。

 少しだけ困ったように笑いながら、ライドは人差し指を立てて説明する。

 

「冒険者が短期間で成長を遂げるのには、必ず何かしらの裏がある。元々特別な才能を持っていたり、迷宮探索中に強力な遺物を手に入れたりなど色々あるが……大体は外部要因が多い。元々Gランクとして冒険者になった筈の君がたった二日でDランクの魔物を倒すなんて、余程の事が無い限り有り得ないからな」


 確かに、俺は遺物を手に入れた訳じゃ無いが、偶然発現した魔眼のお陰で元勇者であるカシュアに出会えた。そして、彼女の的確な指示もあって魔物との戦闘経験が浅い俺でもEランクやDランクの魔物とも戦えたのだ。他人からすれば異常な成長速度だし、俺を実力以上に引き上げるような遺物を手に入れたと考えるのが自然だろう。


「だからこそ、君が迷宮で強力な遺物を手に入れたのだろうと目を付けた輩が君を襲おうとした……というのが今回の背景だろうな」


「……実際、遺物を持ってると勘違いして襲ってきた奴も居たからな……」


 俺がカシュアと出会ったあの日、俺の事を追いかけ回した冒険者狩りは、俺が必死に逃げるから貴重な遺物を持っていると勘違いしていた。実際は殺されると判断したから逃げただけで、そんなことは無いのだが。

 ……もしかしなくても、今後俺は冒険者狩りに付きまとわれる未来が確定してしまったのでは無いだろうか。不意打ちで死ぬのだけはごめんだな……。

 そんな嫌な未来を想像してげんなりしていると、ライドが頭を下げた。


「その輩を騙す為とは言え、君を必要以上に驚かせてしまった。すまない。だが、あれぐらいせねば、勘違いしてくれないと思ったのでね」


「ああ……あの時の視線はそういう……。でも本当に殺されるかと思ったんだぞ……」


 俺を魔眼持ちだと断定した時の視線に込められた殺気は、とても演技とは思えない程だった。

 だからこそ冒険者狩りがライドも同類と勘違いして奇襲してきた訳だが、何も知らされていなかった俺からしたら非常に心臓に悪かった。実力を隠していると分かっていたから尚更。

 ライドは頭を上げると、顎に手を添えて考えこむ。


「……強力な遺物を手に入れた訳ではないとなると……私の推測だが、君は魔眼持ちに加えて精霊憑きなんじゃ無いだろうか。ギルドで君と出会った時の反応を見るからに、魔眼持ち以外にも特別な事情があるように見受けられた」


 その言葉にギクリ、と肩を震わせる。

 初めて会った時、ライドがカシュアを視認出来ると思わせたのは、俺へのブラフだったのか。実際は見えてはいないが、こちらが勘違いするような仕草を取る事で情報を探っていた、と。

 本当に、何から何まで見透かされている。


「……凄いな、ライド。魔眼もあるから嘘も吐けないしな。ライドの推測で合ってるよ」


 精霊憑き……確かに、カシュアも実力者だったらカシュアを精霊か何かと勘違いするんじゃないかと推測していた。実際今の彼女は魔力の塊であって、精霊と似たような存在なのかもしれない。まあ、ライドにそこまで知られる必要は無いだろうと判断し、頷くと。


「……ふむ。部分的には合っているが少し違う……と言った所か」


「そ、そんなことまで分かるのか!?」


『……レイン君……』


 嘘が分かるとは言っていたが、少し誤魔化そうとしただけで見抜かれるのか!?

 驚いたあまり声を大きくすると、ライドは困ったように苦笑する。


「君は本当に正直な人間だな。その真っすぐな性根は人に付け込まれる要因に成り得るから気を付けた方が良いぞ」


『彼の言う通りだ。正直なのは君の美徳だが、必要以上に情報を渡す事になるから、今後はすぐに声に出さないように心掛けてくれ』


「はい……」


 ライドとカシュアから同時に注意され、項垂れる。


「……まあ、だからこそ君を信用したのだがな。私も、君ぐらいの年齢の時は純粋だったな……」


 まるで遠い昔を懐かしむかのように遠い目で虚空を見つめるライド。

 でも、ライドと俺は数歳ぐらいしか変わらなそうなのにな……。それほど大変な人生を歩んできたのだろうか。冒険者には危険が付き物だが、ライドの反応を見るに一般的なそれよりも遥かに過酷な環境に身を置いていたようにも思える。

 一応、話が一段落したので、本題に入る。


「それで、なんでEランクの冒険者に留まっているんだ? ライドぐらいの実力があれば最低でもBランクまでならすぐに上り詰められそうだけど……」


 と、そこまで言ってからようやく思い至る。

 何故わざわざライドが先に俺の懸念していた事から話してくれたのか。そこから推測すれば……。


「もしかして、これまでの話の流れから察するに、魔眼持ちだと悟られない為か?」


「その通りだ。急速に実力を伸ばせば、今回の君のように冒険者狩りに狙われるリスクもあるのでね。……それに、私はとある存在を追っていて、そいつに知られない為でもある」


「とある存在?」


 首を傾げて問うと、ライドは一つ頷いてから。


「【魔眼収集家】ドーラ・ドレッドハート。その名の通り、世界に存在する魔眼を収集している男だ。奴は各地に存在する拠点を転々としているから居場所が中々掴めずにいてな。魔眼を得る為ならば何でもするような奴で、何人もの罪無き魔眼保持者がその犠牲になってしまっている。だからこそ、私は早急に奴を討たねばならない」


 その翡翠の瞳を輝かせながら、拳を握り、決意を新たにしている様子のライド。

 魔眼の収集家となれば、俺だって無関係の話じゃない。ライドのように、自重するべきなのかも……。

 と、そんな隣で、カシュアはまたも何かに悩んでいる様子だった。


『──ドーラ・ドレッドハート? その名前、どこかで……』


 どこか思い当たる節があるらしく、むむむと唸りながらカシュアが何とか思い出そうとしている。

 だが、結局思い出せなかったようで、諦めたように大きくため息を吐いた。


「ライドはそいつを倒す為にそれほどの実力を付けたのか?」


「……君が過大評価してくれている所悪いが、私は良くてBランク程度の実力しかない。もうが限界になってしまっているからな」


「……器?」


 ──大事なのは日々の鍛錬を継続して、魔力を受け入れる事が出来る器を作り上げる事。


 以前、カシュアがそう言っていた。強くなる為には、外傷から魔力を取り込み、自分の内部の魔力に馴染ませる為の器を作り上げる事が必要不可欠だと。ライドが言う器とは、そう言う事なのだろうが……。


「……なあ、ライド。今お前何歳なんだ?」


「18だ」


 やっぱり、俺と3歳しか変わらないじゃないか。3歳しか変わらないのにこれほど達観した精神性になるなんて、余程の修羅場を潜ってきたのだろう。だけど、18歳で器が限界を迎えるなんて到底思えない。


『因みにボクは17だぜ。肉体の年齢は、だけど』


 どや顔で自分に親指を向けるカシュア。今はライドの事が知りたいからちょっと静かにしててほしい。


『おい、今絶対に余計な情報は後で良いみたいな顔しただろ!? 相棒についてもっと知ろうと思ってくれても良いじゃないか!!』


 ダメだ、見透かされてる。そんなに俺って分かりやすいのだろうか。

 取り敢えず怒っているカシュアの事は後回しにして……。


「18でもう器が限界だと諦めているのか? これからもっと伸びるんじゃ……」



 少しだけ物哀しそうに、穏やかな笑みを浮かべながら断言するライド。

 その表情から、まだ歳若いというのに途方も無い苦労を重ねてきたような……そんな感じがした。


「どれだけ足掻こうと、これ以上は正攻法で伸びやしない。伸びる可能性があるとすれば、Aランク以上の迷宮を攻略し……ないといけないだろうな」


「……?」


 今、なんか妙な間があったような? 気のせいか……?


「器が限界だからこそ、私は技術の方を伸ばす事にした。元より得意だった剣術を伸ばす事で、実力者と渡り合えるように、な。長年の修行の甲斐もあって、そこそこはやれるようになった」


「そこそこって……」


 カシュア曰く、彼の剣術は国に数名レベルしか存在しないAランク相当の実力にまで到達している。そのレベルの剣術を『そこそこ』と表現する彼は、一体どこまで強くなるつもりなのか。

 剣術だけで言えば、セリカにも匹敵するであろう実力だろうに……。


「正直、もう手詰まりでな。だからこそ、私と一緒に歩んでくれる友の存在を欲している。私一人でやれる事には限界があるのでね」


 ……なるほど。相棒が欲しいと言っていたのはそう言う事だったのか。

 自分の実力に限界を感じ、共に戦える相手を欲していると。

 ならば、もしかしたら──この願いも叶えてくれるかもしれない。


「なあ、ライド。……お願いしたい事があるんだが」


「なんだ? 先に言っておくが、【異常事態イレギュラー】の件について教える気は──」


「2週間……いや、正確には13日で良い。俺の修行を手伝ってくれないか」


『えっ、レイン君!?』


 その言葉を聞いて、ライドは少し驚いたように目を瞬かせる。


「……修行?」


「ああ。俺には成したい事がある。その為に、一刻も早く強くならなくちゃいけない。魔法の修行はアテがあるから良いんだが、剣術の方はまるでダメなんだ。知り合いにも、指南書を読む事から始めろって言われた。……だけど、基礎部分を読むだけで実践が出来なくちゃ意味が無いと思ってる」


「……そうだな、剣術を磨きたいのであれば実践は欠かせない」


「だから、既に卓越した剣術を身に着けているライドに直接教わりたい。……でもそれは、ライドにとって大切な時間を奪う事になる。だから、対価としてライドに修行を手伝ってもらう間は毎日ギルドの依頼を受けてその分の報酬を全部ライドに譲る。それで、何とか請け負ってもらえないか」


 Fランク冒険者の報酬なんてたかが知れているだろうし、Eランクと言えどライドの稼ぎの方がずっと良いだろう。本来であればBランク以上の腕前を持つライドの時間を奪うのならもっと対価が必要だろう。

 それは分かっている。だけど……これが今俺に出来る精一杯の対価だ。


「この通りだ。……頼むライド。俺に剣術を教えて欲しい」


 頭を下げ、心の底から懇願する。俺自身の矜持プライドなんてどうでも良い。今はただ、強くなりたい。俺の憧れる存在に近付く為にも、カシュアの願いを叶える為にも。

 そのまま頭を下げ続ける事数秒。ライドがこちらに近寄り、肩に手を乗せる。


「顔を上げてくれ、少年。……強くなりたいという気持ちは、人一倍理解しているつもりだ」


 顔を上げると、ライドは口元に微笑をたたえたまま言葉を続ける。


「剣術の指導に、金はいらない。冒険者になったばかりなのであれば何かと入り用だろうしな。金銭よりも──君自身に興味が湧いた。修行の間、君の事を教えてくれないか? それを対価にしてくれるのであれば、君の修行を手伝うとしよう」


「本当か!?」


 ライドの両手を掴み、満面の笑みを浮かべる。それに対し、ライドはゆっくりと頷く。


「13日で良いのだろう? どれぐらい伸びるかは君次第だが、その期間しっかり指導すると約束しよう」


「ああ! お願いします、師匠!!」


「変わらずライドで良いさ、レイン少年」


 これなら、ヴェル爺が武器を打つ条件である、短期間でDランク相当の実力を身に着ける事も可能かもしれない。後は俺がどれだけ過酷でも折れずに鍛錬を続ける事が出来れば、きっと間に合うだろう。


 一方、カシュアは、何かがマズイとばかりに顔を青冷めさせていた。


『ボ、ボクの師匠としての立場が危うい……!! これは早急に何とかしないと……!!』

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