#026 『反省会と新たな出会い』


『さて、君が望んだ反省会の時間だ』


「ああ」


 ギルドに行く前に一度宿に戻り、帰る途中で購入してきた治癒ポーションをちびちび飲みながらカシュアと向き合う。

 緊張している俺の顔を見てか、カシュアはふふっと微笑んでから、三本の指を立てた。


『厳しめの採点と、甘めな採点と、すっご~く甘めな採点の三種類用意したけど、どれが良いかい? 因みに、100点満点で評価するよ』


「…………厳しめな採点で」


『おや、ちょっと間があったね』


「いやまあ、そりゃ逃げ道が用意されたらそれに飛びつきたくなるもんだろ……」


『違いない』


 とはいえ、厳しめな評価で判断してもらわなければ、俺はいつまで経っても強くなれない。

 厳しい評価でも、それを受け止めて次に活かそう。

 ……60点ぐらいは貰えているだろうか。いや、50点ぐらいか……?


 カシュアは微笑みの表情を潜めると、真剣な顔で言い放つ。


『──30点。それが君にあげられる点数だ』


 カシュアの採点を聞いて、想像よりも低い点数に表情を強張らせる。

 そして、カシュアは俺に指を向けながら、諭すように言う。


『君、模擬戦だからって死ぬ前提で動いていただろう。本来ならば、その時点で0点だ。……だが、最後の機転と着眼点を評価して30点、と言った所かな』


 カシュアの言葉は尤もで、反論出来ずに口を引き結ぶ。

 確かに、今回のヴェル爺との模擬戦は認められればそれで良い……なんて考えていたからこそ、自分の命を度外視した戦法を取っていた。実戦ならば最初の攻防の時点で死んでいたからな。


『冒険者はその職業柄いつ死ぬかなんて分からない。だからは止めた方が良い。実戦でその場面に遭遇した時、経験則から行動しかねないからね。それに、負け癖が付いてしまう』


「負け癖……」


 確かに、それは嫌だな。相手を油断させる為とは言え、自分が負ける前提で戦うというのは、俺の理想とは対極の戦い方だ。


『いくら強い冒険者と言えど、突発的な事態が発生すればあっさり死ぬことだってある。命運を分けるのはその場その場の対応力と言っても過言じゃない。だから、色々な経験を積むのは非常に大事だ。だけど、それが負ける前提の戦い方であってはならないんだよ。勝つ為なら醜くったって良い。必死に生に執着し続ける者だけが、冒険者として大成するんだからね』


「……分かった」


 かつて勇者と呼ばれる冒険者にまで成長したカシュアの言葉を、胸にしっかり刻み込む。

 カシュアは真剣な表情を緩めると、口元に弧を描きながら言う。


『そもそもヴェル爺はね、君が実戦想定で死ぬ気で戦っていたらその時点で合格を出していたと思うよ』


「……え」


『当然さ。殺す気で掛かって来いって言ってるのに君が正面から突撃してったのを見た時はあっちゃ~って思っちゃったよ。ボクは意図を汲み取れたけど、ヴェル爺からすれば期待外れも良い所だっただろうね。強くなりたいって言ってる奴が、こんな戦い方をするとは、なんて落胆していただろうね』


「うぐっ」


 やれやれ、と言った風にカシュアは肩を竦めながら言う。

 カシュアの評価を聞いて縮こまっていた俺を見て、カシュアはくつくつと笑ってから。


『まあ、お小言はこれぐらいにしておこう。でも、開幕の【フレイム・エンチャント】の無詠唱、そして最後の防ぐしかない状況下での【フレイム・ランス】は見事だった。いつの間に覚えていたんだい?』


「……突発で、考えた」


 予めカシュアから魔法の詠唱はイメージを補強する為の物であり、本来は必要ないという事は聞いていたから、魔法発動後の状態をイメージしてみたら上手く行っただけ。

 最後のカシュアが言う【フレイム・ランス】もヴェル爺にただ魔法を当てるだけじゃあダメージすら与えられないだろうから、身体を穿つつもりで想像したのが槍だった、というだけの話。

 また呆れられるかな、と恐る恐るカシュアの方を見ると、素直に感心したように驚いていた。


『……勇者に憧れる夢想家だとは知っていたけど、まさかここまでとはね』


「……それ、褒めてるのか?」


『当然褒めてるさ。想像力が足りない人間は魔法使いに向いていないからね。それに、即興で練習してもいない魔法を構築出来るのは魔法使いの中でも一握りしか居ない。お師様のお孫さんなだけあって、君はやっぱり魔法使いとしての適性が高いみたいだ』


「そう言えば、ヴェル爺もアルベルト・シュナイダーの戦い方に似てるって言ってたな……」


 ヴェル爺も『あの野郎』と言っていた、俺の祖父。しかも、その戦い方までも似ていると評価していた。一体どんな人物だったのか、余計気になってくる。


『確かに、自分を犠牲にする戦い方はお師様のそれを思い出したね。他人に興味ないように見えて、人一倍他人思いな人だったよ、お師様は』


 遠い思い出に浸るように、虚空を見つめるカシュア。

 祖父について聞こうとした所で、彼女は空気を換えるようにパンと手を叩いた。


『さて、休憩も十分取った事だし、そろそろ今日の分の依頼を受けにギルドに向かおうか。少しでもギルドの評価を上げて、Eランクに到達すれば【族長の試練】の指名依頼を受けられる可能性が高くなるだろうからね』


「……分かった」


 ──まあ、祖父の事を聞くのはまた今度でも良いか。魔法の修行中にでも聞こう。


 軽い身支度を整えてから、俺とカシュアは冒険者ギルドへと向かった。




「あっ、レイン君。丁度良かった」


 冒険者ギルドに顔を出すと、受付に居たナターシャさんがこちらへと手を振ってくる。

 何か用があるようだったので、依頼が張り出されている掲示板の方へと行かず、彼女の方へと真っすぐ歩いていく。


「どうしたんですか?」


 ナターシャさんは何やら書類を取り出すと、ウインクしながら。


「昨日、指名依頼があったら優先的に回して欲しいって言ってたでしょ? 一件、Fランク以上の冒険者に対しての指名依頼が入ったから、レイン君が受けないかなと思って」


「本当ですか!?」


 まさかこんなに早く話が回ってくるなんて。

 二週間後にサナボラ樹海のコアを破壊しに行く都合上、早めに話が来るかどうかが賭けだったのでこのタイミングで話を持ち掛けられるのは本当にラッキーだった。


『落ち着くんだ、レイン君。きっとこの指名依頼は【族長の試練】とは無関係だ。まだ時期的に早すぎるからね』


「あっ……」


 カシュアに冷静に諭され、反射的に伸ばした手を降ろそうとする。

 その様子を見て、ナターシャさんは不思議そうに首を傾げた。


「……どうしたの? やっぱり受けない?」


「あっ、いえ、受けようと思います」


 まだ大した実績も積めていないのに依頼を選り好みしているようでは、ギルドからの指名依頼を受けられなくなるかもしれない。書類を引っ込めようとするナターシャさんを止めるようにそう言うと、不思議そうな顔のまま書類をこちらに置いた。


「そう? なら、依頼書を作成するからこの書類にサインしてね」


 差し出された羽ペンを受け取り、書類に目を通していく。

 カシュアの言った通り、アヤラルで行われるという【族長の試練】とは全く無関係の、迷宮で魔物を狩るだけの依頼だった。

 しかし、途中で気になる項目があり、思わず声に出す。


「……?」


「うん。他の冒険者と一緒に受ける依頼形式だね。残念ながら報酬はその冒険者と二等分になっちゃうけど、今のレイン君からしたら破格の報酬なんじゃないかな」


「……成功報酬、50万マギア!? Fランクの冒険者って、こんなに稼げるのか……!?」


 こうしてみると、日銭を稼ぐのに精一杯と言われているGランクを早々に抜け出せたのはかなり幸運だった。一回の依頼でこれだけの大金が手に入るのならば、早々食いっぱぐれる事は無いだろう。

 書類を見ながら驚愕していると、ナターシャさんは慌てて訂正する。


「ああ、普段はその十分の一ぐらいなんだよ? 今回だけ特別な依頼なんだ」


「……特別な依頼?」


「うん。君自身巻き込まれたから分かるかもしれないけど、サナボラ樹海で【異常事態イレギュラー】が起きたじゃない? だから、周辺地域の迷宮に関する依頼は、【異常事態イレギュラー】が起きるかもしれないって事で一時的にかなり値上がりするの。……勿論、危険な事には変わりないから私としてはあまり受けて欲しくは無いんだけど……」


 心配性気味なナターシャさんからしたら複雑だろうが、俺としては依頼を受けない理由は無い。

 内容を見ている感じ、Fランク迷宮でFランクの魔物を数匹狩ってその素材を取りに行くだけだし、共同依頼なら他にも冒険者が居るって考えれば安全そうではある。

 ちらっと視線をカシュアに向けると、彼女も一つ頷いてから。


『レイン君、サナボラ樹海の一件で【異常事態イレギュラー】が発生した時の魔力波形はある程度理解した。もし【異常事態イレギュラー】が発生した時はボクがすぐに警告するから安心してくれ』


「いえ、それでも受けます。もし発生したとしても、生き延びる事を第一に考えます」


「……分かったわ。でも、無理だけは絶対にしないでね」


 カシュアの言葉に後押しされ、書類にサインする。

 自分の名前を書いた所の下に、既にこの依頼を受けている人物の名前が書かれていた。


「……ん? なんて書いてあるんだ……? ライ……」


「大丈夫。【異常事態イレギュラー】は起きない。私の勘が、そう言っている」


 と、その時だった。

 突然背後から声が聞こえ、思わずビクリと肩を震わせる。

 後ろに振り向くと、そこに立っていたのは、17~18歳ぐらいの非常に整った顔立ちの金髪の男だった。

 見た目と反して落ち着いた雰囲気を纏う男は、こちらに向かって手を差し出してくる。


「やあ、少年。君と同じ依頼を受ける、ライドだ。短い付き合いにはなるが、宜しく頼む」



 ──それが、後に俺の運命と深く関わってくる男、ライドとの最初の出会いだった。

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