第52話 梓ちゃんと2人きり

 フルーツパーラーは昼前だというのに、土曜日だからか10分ほど待つことに。


「2名様、ご案内します。こちらのお席になります」と店員さんに案内され、席に着いてメニューをパラパラとめくる。

 梓ちゃんはフルーツパフェに紅茶のセット。瑞々しいメロンが目を引く。

 オレはモンブランケーキセット。もちろんブラックコーヒー。

「……忍さん、美少女がブラックコーヒーって、ちょっとギャップ萌えですね〜」と梓ちゃんが微笑む。

「そ、そう? わ……わたし、コーヒーのほうが好きだし〜 変かな?」

「いえ〜、そういったところも忍さんらしくて素敵ですよ〜」


「あれ、そういえば梓ちゃんだってレモンティーじゃなくてストレートティーなんだね〜」

「あはは〜、好きなものを好きなように楽しむのが一番ですよ〜」

「たしかに〜! ん〜モンブラン美味しいぃ〜」


 すると梓ちゃんがオレをじっと見つめながら、「忍さん、モンブラン一口くださいな〜」

「いいよ〜」と言いつつ、梓ちゃんの表情にドキッとする。顔をほんのり赤らめて目をつぶりながら「あ〜ん」と口を開けてるじゃないか!

 うわわわ、こ、これは……どうしたら……!  と少し戸惑いつつも、モンブランのトップに乗っているマロン部分を恐る恐る彼女の口へ運ぶ。


 パクッと食べた梓ちゃんは、目をキラキラさせながら「ん〜美味しいぃ〜! あ、もしかしてマロン取っておいたんじゃないですか〜?」と笑顔を向けてくる。

「そ、そうだね……」

「じゃ、私もお返しにパフェのメロンを〜 はい、忍さんも『あ〜ん』してくださいね〜!」


「う、うん……」少し緊張しながらも、梓ちゃんの差し出すメロンを「あ〜ん」と口に入れる。

「ん〜美味しい〜」と感想を述べつつも、オレの心臓はバクバク。


 女の子同士のデート……恐るべし!

 ってか、普通のデート経験すらないのに、これが普通なのか?

 元童貞現処女の身には、どう考えても刺激が強すぎるぅ〜!


 一休みしてリフレッシュできたので、次は新しい服と下着を選びに行くことに。


 手を繋ぐのもいいけれど、梓ちゃんとの身長差が20センチ以上あるせいで、まるで『連行される宇宙人』みたいな感じになる。

 それに手が疲れちゃうから、代わりに梓ちゃんの左腕にしがみついて歩くことにした。


 こんなところを秀明に見られたら、またヤキモチ妬かれちゃうかもな〜なんて思いつつ、ふと前を歩く女の子たちに目がいく。

 よく見ると、手を握ったり腕にしがみついたりしている女の子同士って、案外いるもんなんだよね。


 ――だったら、気にしない気にしな〜い。


「まずは〜、かわいい下着から選びましょうね〜」と梓ちゃんが張り切って言う。

「ん〜、別にかわいくなくてもいいんだけど〜」と気乗りしない返事をする。

「え〜、でもそれじゃ、いざってときに……」


 えっ、いざって何? そんな話をされると思わず慌てる。

「そ、そんな、いざって事態はないから! 可能性はゼロだし、オレ、女の子のほうが好きだよ〜! 精神的にはまだ男だと思うし……けど、女の子の生活も楽しいし……う〜、なんか自分でもわかんない!」

 自分でも言い訳みたいなことを口走ると、今度は梓ちゃんが慌て始めた。

「じ、じゃあ、ほんの少しだけかわいいのにしましょう〜!」

「う、うん……それでいいよ」何とか話を落ち着けようと返事をすると、梓ちゃんがしゅんとした顔でこっちを見てきた。

「ごめんなさい……忍さんが普通に女の子してるから、つい調子に乗っちゃって……ごめんなさい……」

「あ、梓ちゃんが謝ることないってば〜! むしろこっちがごめん! かわいいの選んでいいから!」

「は〜い!」


 梓ちゃんは攻めた黒の上下。対してオレは少し控えめでかわいらしいオレンジ系のブラとパンツを選ぶ。

 アバターのスリーサイズはバスト72センチ、ウエスト60、ヒップ75。でも、生身になってからはちゃんと測ったことがない。


「ね、梓ちゃん。生身になってからサイズ測ってないけど、今着けてるのと同じサイズでいいのかな?」

「そうですね〜 せっかくですから店員さんに測ってもらいましょうか?」

「そ、そうだね」


 梓ちゃんが店員さんを呼び止めてくれる。

「あの〜、すみません。この子、サイズをちゃんと測ってなくて……見ていただけますか〜?」

 ええっ! 「この子」って……いくらなんでもそれはちょっと……! なんて思っている間に、店員さんがにこやかに答えた。

「では、カーディガンだけ脱いでくださいね〜」

 店員さんは手際よくメジャーを取り出し、スルスルと測っていく。あ、ワンピースは脱がなくてもいいんだ……少し安心。でも、測られるのって恥ずかしいし、なんだかこそばゆいなぁ。

 結果はバスト72センチ。トップとアンダーの差は約10センチで、Aカップ……う〜ん、やっぱりチッパイだなぁ。ウエストとヒップもアバターと変わらない。


 一方、梓ちゃんのスタイルの良さよ。同じものを食べてるはずなのになんてお姉さん……なんでこんなに違うんだろう。でも、この身体はまだ成長期の途中だから! と自分を励ましてみる。

「さっき選んだのでサイズ問題なしですね〜 じゃあお会計しちゃいましょう!」と梓ちゃんが明るく締めくくる。


 次は洋服かぁ〜 でもセンスないし、普段着と会社用、どっちを優先するべきか悩む……。

「忍さん、普段着も会社用もまだまだ少ないから、両方買っちゃいます〜?」

「う〜ん……」


 答えあぐねていると、梓ちゃんがこちらをのぞき込むように聞いてくる。

「あれ? もしかして疲れちゃいました〜?」

「いや、そんなことないけど〜」

 すると、梓ちゃんが急にハッとした顔になる。

「……あっ! もしかしてさっき私が『この子』って言ったの、怒ってます〜?」


 どきっ……正直、ちょっと引っかかってたかも……。あぁ、オレってやっぱり面倒なヤツだなぁ。

「……」

 返事に詰まるオレを見て、梓ちゃんが慌てたように言葉を重ねる。

「ごめんなさい〜! 忍さん、顔も雰囲気も全然違うんですけど、妹のユイみたいでつい……」


 妹……そうだよね〜

「あ〜、こっちこそごめんって〜 オレ、なんかめんどくさい子だよね〜」

「そんなことないですよ〜 忍さんは忍さんですから! 大丈夫です〜」

 梓ちゃんの言葉に、心が軽くなる。


 普段着にも会社用にもなりそうな服を一緒に選ぶことに。

 オレはターコイズブルーのノースリーブティアードワンピースと、それに合うベージュのカーディガンをチョイス。梓ちゃんは「ネイルに合わせちゃいました〜」と、モスグリーンのVネックサロペットパンツを選んだ。


「楽しかったけど、ちょっと疲れちゃったよ〜」と、梓ちゃんの腕に軽くしがみつきながらつぶやく。別に意識してやったわけじゃないけど、身長差のせいで自然と上目遣いになる。

「じゃあ、お夕飯の食材買って――あ、ワインも忘れずにね。お家でディナーにしましょう」

「うん、そうしよ〜」


 疲れたけど……女の子デート、楽しかったなぁ。


 ◇


 部屋着に着替えてお化粧を落とし、梓ちゃんと2人だけの夕飯の前に一休み。


「コーヒー淹れるね〜、インスタントだけど〜」

「ありがとうございます〜」


「ステーキ、ほんとはガスで焼きたいよねぇ〜 ここってIHだから、なんかねぇ……やっぱりお肉は火で焼かないと美味しくない気がする〜」

「じゃぁ〜、せめてリビングのテーブルで焼きながら頂きません? ちょっとだけでも雰囲気出ると思いますよ〜」

「あ〜それいいね〜 じゃ、そうしちゃおうか〜」

「は〜い。じゃ、ちょっと副菜作りますから、忍さんはホットプレート出しておいてくださいな〜」

「うん……」


 あれ? 返事をしたはいいけど、前の家ではレンチンだったし、ホットプレートは使う機会なんてなかったはずなのに……?

「あ、ホットプレートは箱に入ったまま物置にありますよ〜?」と梓ちゃん。

言われた通り物置にしているサービスルームで、新品未開封の状態で発見。ん〜、なんで梓ちゃんが知ってるんだ? ま、いっか〜


「お待たせでーす」

梓ちゃんがお肉と副菜の乗ったトレイを持ってくる。


「ホットプレート、持ってなかった気がするんだよ……」

「あ、それはですね〜、私がノートPC買いに行ったとき、ついでに買ったんですよ〜 フライパンとかお鍋はあっても、ホットプレートはなかったでしょ〜?」

「あ、そういうことだったんだ! 1人のときはほぼレンチンで済ませてたからねぇ」

「だから、秀明くんと話して、食卓を豪華にするために〜って」

「なるほどね〜、ありがと〜」


 野菜を乗せて〜、お肉をトングで自分の分を焼いていく。

 今日は奮発して特上カルビ、特上ロース、それに牛タン!


「お肉も美味しそうだけど、これ何?」

「あ、これはキャベツのアンチョビにんにく炒めですよ〜 お野菜も食べないと〜 炒めるだけで簡単にできちゃいましたよ〜 では、めしあがれ〜」


「いただきます! うん! うまいっ! やっぱりステーキは塩胡椒が一番だね〜」

「忍さんのお好みですしね〜 私はお醤油とわさび派ですよ〜 あ、お野菜もちゃんと食べてくださいね」


「うんうん、アンチョビの塩気がキャベツとよく合ってて絶品だね!」

「良かったぁ〜 あ、ワインも開けちゃいましょう」

「あ、力無いから開けるのお願い〜」

「任せてください〜」


「今日は一日楽しかった〜! ありがとうね!」

「では、かんぱ〜い」


「今日は初めてのことが多くて、ちょっと疲れたけど楽しかった〜」

「ですねぇ〜」

「普段っていうか、前は床屋さんで髪を洗ってもらうときは前屈みだったけど、ヘアサロンだとは仰向けで洗ってくれるんだね〜 ちょっとカルチャーショックだったよ〜」

 美容師さんの胸が顔に当たってちょっと驚いたけど、黙っておこう。

「床屋さんだと前屈みで、ちょっとつらそうですね〜」

「うん、そうなんだよね〜」

「あ、ヘアサロンだと美容師さんの胸が顔に当たらないですか?」

 あれ、黙ってたのに〜

「あははは〜、ちょっとびっくりしたけど、幸せだった〜」

「忍さん、えっち!」


 わいわい言いながら、2人きりでの夕飯というか、ディナー。

 梓ちゃん、食べるよりワインを飲むほうが少し多くて、しかもピッチがちょっと早い。

「ね、梓ちゃん、ワイン飲むペースちょっと早くない? お肉と野菜ももっと食べないと、酔っぱらっちゃうよ〜?」

「そうれすね〜」

 あ〜、普段以上にほえほえになってる〜

 秀明がいないから寂しいのかな?


 お肉もサラダも結構残っているのに、ワインはもう空になっていた。

 そのうち、こっくりこっくりと船を漕ぎ始める。

「梓ちゃん、こんなところで寝ちゃうと風邪ひいちゃうよ〜 ベッドに行こう? ね?」

 なんとか後ろから両手で抱え起こし、梓ちゃんの部屋へ肩を貸して連れて行く。


「うわっ!」何かにつまづいて、2人してベッドに倒れ込む。

「ん〜〜〜〜」梓ちゃんの下敷きになってしまった。なんとか仰向けに寝かせようとすると、両手を伸ばして抱きついてくる。

「あ、梓ちゃん〜、抱きつく相手が違うよ〜、オレだよオレ! 秀明じゃないから〜」

 それでもギューっとしがみついてくる。

 わわわ、これってオレの貞操の危機……?

 そんなことをパニクりながら考えていると、「ユ、イ……」梓ちゃんの目から涙がすーっとこぼれる……。


 寝息が聞こえ、腕の力が緩くなるまでしばらく抱きつかれたままでいた――


 梓ちゃんが寝入ってから、そっと腕を外して部屋を出る。

 シャワーを浴びて、自室に戻る。

 梓ちゃん、ユイって言ってたな……。オレはちゃんと妹役をできてるのかな……? 悩んでも仕方ないか。今日はもう寝よう――


 ◇


 翌日、日曜の朝。早めに目が覚める。

 コーヒーを淹れ、リビングでテレビを消音にし、タバコを吸いながらぼーっと見ていると、梓ちゃんが起きてくる。


「忍さん、おはようございます〜……頭が痛いですぅ〜」

「おはよ〜 昨夜はワイン一本、ほとんど梓ちゃんが空けちゃったからね〜」オレはユイって言ってたことと、涙には触れなかった。

「ええ〜? それにいつの間にか部屋で、しかも着替えないで寝てました〜」

「リビングで船漕ぎ出したから、部屋に連れてったんだよ〜 そしたらそのまんま寝ちゃってさ〜」

「着替えさせてくれればいいのに〜」

「な、何言ってるんだよ〜! オレがそんなことできるわけないだろ〜!」

「あははは〜 そうですよね〜」

「ふん。コーヒー淹れてあげようと思ったけど、や〜めた!」

「あ〜ん、ごめんなさい〜! 謝りますから、淹れてください〜」

「わかった、わかった」


 コーヒーを淹れてテーブルに置く。

「ありがとうございます〜 私、なんか寝言とか言ってませんでした〜?」

「ん〜? 別に言ってなかったけど〜 すぐにすーすー寝息立てて寝ちゃったよ〜」

「そっか〜……なんかちょっといい夢、見ちゃったんですよ〜」

「え? 何なに? 教えてよ〜」

「だ〜め。秘密ですぅ〜」


 そのあとは梓ちゃん朝ごはんの定番、フレンチトースト。

「秀明は夕方に帰ってくるんだっけ? 今日も訓練はお休みだから、それまで今日は特にやることないね〜 またどっか行く〜?」

「ん〜今日はゆっくりしたい気分です〜」

「そっか〜」


 しばらくの間、無音のTVを眺めたりスマホをいじったりしていると、

「ね、忍さん……」

「ん? どしたの?」

「私に妹がいたって、2週間くらい前に……」

「うん、あのときね。崔部長の娘さんとおんなじユイさんだっけ?」

「そうです……で、それよりも前に勝野チームに入ったときから、なんかこう、忍さんって男性ですけど、なんかユイみたいだな〜って思ってたんですよ。そばにいると安心できるっていうか……」

「……」

「で、アバター、あ、ごめんなさい――女の子になっちゃって、余計に忍さんのこと、妹が生き返ったみたいって思ったのも本当なんですよ……」

「うん」

「目の色も髪も背格好も、全然違うんですけどね……」


「……梓ちゃん、」

「はい」

「ユイさんの代わりにはなれないけど、梓ちゃんがいいなら、オレ妹でもいいよ?」

「あははは〜、そんな無理しなくていいですよぉ〜」目元にはうっすら涙が浮かんでいる。


 そして――「ユイ〜」と抱きついてくる――オレは梓ちゃんの気が済むまでそのままにしていた。

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