ゾンビストーリー
浅倉 茉白
ゾンビストーリー
お母さんが死んだ。
荒い呼吸は穏やかになって、息がなくなった。
綺麗な顔をしていた。優しい顔をしていた。
それに少しホッとしたけど、まだぼくはあきらめていなかった。
「お母さんを、生き返らせる!」
古くから伝わるゾンビの伝説。ゾンビは、よくわからないけど、死んでいるようで生きているという。
昔、世界にゾンビがたくさんいた。だけど、誰かがゾンビを倒してしまい、その元凶も絶ってしまったという。
どうしてそんなことしたのかわからない。大切な人が死んだらとても悲しいはずなのに。
でもぼくはあきらめていない。お母さんをゾンビにすれば、きっと生き返って、愉快に踊り出すんだ。
『本当にそうかな』
「えっ、だれ」
どこかから声がする。周りを見回しても誰もいない。目の前には布団と寝そべるお母さん。
そう思ったら、ぼくの目の前に、きらきらした光が降りてきた。ぼくは、おどろいて立ち上がった。
『わたしは精霊。人の死について、よく知っているの』
「えぇ、なにそれ」
『本当のことを言うと、人の死については、人が考えればいい。でもね、ゾンビはあなたが思っているものとは違うの』
「そうなの?」
『ええ。ゾンビはわたしたちが倒したの』
「えぇっ、人殺し!」
『今はそう思っているのね。確かに、ゾンビの始まりは不老不死を目指したものだった。けどね、上手くいかなかった。ゾンビには心が宿らなかったの』
「こころ?」
『心は、目に見えないもの。記憶でもなければ、言葉でもないし、耳でも心臓でもない。感じればそこにあるもの』
「それが、なかった?」
『そう。だからもし、お母さんがゾンビになって動くようになっても、残念だけどそれはあなたの知るお母さんじゃない』
「そんなぁ……」
ぼくは体から力が抜けて、床に座り込んだ。そしてお母さんに目を向けると、死んだはずだけど、どこかまだ実感が湧かないような気がした。
でも、その体は人形みたいで、時が止まったように思えた。
「ねぇ、今、お母さんのこころはどこにあるの?」
『どこかしらねぇ』
「ぼくから希望を奪ったんだから、教えてよ」
『きっと、あなたが感じたところにいる』
「ぼくが? うーん」
『今はまだわからなくても、いつか感じるときがあるんじゃないかしら』
「うーん……」
そんなことよりぼくは、だんだん悲しくなってきた。でもなぜか、泣きたくはなかった。泣いてしまったら、死を受け入れた気になってしまいそうだから。
「どうして、ゾンビじゃダメなんだろう」
『えっ?』
「ゾンビだって、わからないじゃないか。もしかしたら、お母さんのゾンビにはこころが宿るかもしれないじゃないか!」
ぼくは行くあてもなく、部屋を飛び出そうとした。けれど。
『待って!』
ぼくは足を止めた。
『あなたにはまだ、お母さんとの思い出がある。それはときに、あなたを苦しめるかもしれない。でも、ゾンビになったお母さんを見たら、あなたの心はそれよりひどく、壊れてしまうでしょう』
「うぅ」
『無理に受け入れなくていい。でも、精霊は知っている。ゾンビから取り戻した命を、ゾンビの体にはなかった心を』
「……」
『そしてあなたは夢を見る。息をする。わたしをここに呼んだのも、実はあなた。あなたは知りたがっていたの、命はどうなるのかを、お母さんはどうなるのかを』
「うん……」
『だから教える。お母さんの心はまだ生きている。疲れた体から解放されて、あなたと共にいる』
「ともに」
『辛いときは泣いていい。もうダメになっても仕方ない。でもそれは、心が死ぬのとは違うから。心を、精一杯感じて』
「こころ……」
『そうしていたら、お母さんにまた会えるから。何度だって会えるから』
精霊はそう言って消えた。
ぼくはちょっと泣いた。
あの精霊が、どれだけ本当のことを言っていたのかわからない。
ぼくがあの日疲れて見た、夢だったのかもしれない。
それでもちょっと、心についてわかるような気がしてきた。
悲しさとか辛さとか、それもまた、お母さんを感じる方法。
お母さんはどこかにいる気がした。笑ったり怒ったり、踊ったりしているかもしれない。ゾンビじゃなくても。
ゾンビストーリー 浅倉 茉白 @asakura_mashiro
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