第50話 魔王軍幹部・ヴァグラ2

「...長話は互いに無用だな。俺達は騎士団の者だ。お前の首を取るためにここへ潜入してきた。さっきの騒動も俺達によるもの...これで満足か?」



「イイヤ、キシダンノ...ナンダ?ナマエガアルダロ?ジッセキトカ、ソレヲイエ。オマエタチガココニキタモクテキトカ、ホウホウナゾドウデモイイ。

 ジュウヨウナノハジッセキダ。」



「それは、何故だ?」



「キマッテイル。キサマヲコロシタトキニ、マオウサマニホウコクデキンカラダ。コノヨウナムシケラガマヨイコミ、ムザンニコロシテヤリマシタトイエナイカラダ。」



 多分だが、この台詞は冷静に言いたかったんだろうな〜。だけど、さっきの俺の挑発が効きすぎて血管浮き上がってるし....



「全然自慢にできるようなものじゃないが...元S級であり勇者候補として名を挙げたことがある。ベグドだ。」



「ユウシャコウホ...マダソンナバカゲタショウゴウヲモツモノガ、イキノコッテイタトハナ。マァイイ...マオウサマヘノホウコクニ、スコシハナガソエラレルダケダナ。」



 生き残っていたとは....か。つまり、かつてそう呼ばれてた奴らは皆死んじまったってことか...そりゃあそうだよな。ここまで王国が攻められてんだ。勇者候補が立ち向かって倒されなきゃこうはなってないか。



「それで?他に何か聞きたいことはあるか?今なら答えてやらんこともないぞ?」



「イヤ、イイ。"ナガイハムヨウ"トオマエガイッタヨウニ、コレイジョウノカイワハヒツヨウナイ。ダカラサッサト....」



 消えるような言葉で呟いたと思うと、ヴァグラの殺気が一段階上がった。ビリビリと大気を震わせ、めり込ませていた爪を更に奥まで刺したのが見えた時、確信した。溜め込んでいた物が飛んでくると。


 俺の予感通り、ヴァグラは溜めた力と怒りをバネに突進してきた。天使の試練で強くなった俺でも辛うじて見切れるほどのスピード。試練終了後、ここまでの速さを持つ敵に出会っていないため、俺は緊張感と冷や汗が溢れてきた。

 ヴァグラは俺に向かって大きな右拳を振りかぶる。キリキリと引いた矢のように、俺という忌々しい存在を粉砕せんと大砲のような拳が疼いているようだ。



「トリアエズ...シネ!!!!!」



 死刑宣告を言い放つと同時に拳が俺目掛けて放たれる。その大きな拳は俺だけでなく他三人まで巻き込むだろう。その危機感を感じ取ったのか、俺が後ろへ飛び避けるのと同時に三人共俺と同じ方向へ避けた。


 拳は俺ではなく床を捉えるが、その破壊力は凄まじい。拳が床を突き抜け、ヒビを伝わらせ破壊し、壊れた床の破片が飛び避けた筈の俺達に追尾してくる。


 流石に小さく早い瓦礫を全て受け止めることは出来ず、何ヶ所か食らってしまう。


 痛ッ!骨は折れて無いだろうが、この痛みは結構こたえる...


 着地すると瓦礫に打たれた箇所が軋む。しかし、俺はそれを悟られぬよう表情には表さず、真顔でヴァグラに剣を構える。



「皆俺から離れろ!このブチギレヴァグラちゃんは俺がご指名らしい!!巻き添え食らうぞ!!」



 三人が俺の指示に従うのと同時に挑発が効いたヴァグラは雄叫びを上げながら再び突進してくる。とてつもない圧迫感と迫力、自分を殺さんと殺意の塊が急速に向かってくる。

 普通の物ならこの恐怖に足が竦んでしまうだろうな。だが、俺は逆に懐かしささえ感じていた。


 まるでこいつは聖獣だ。天使の試練で長年戦ったあの聖獣のようだった。確かにここまで迫力ある殺気や怒りはぶつけられたことは無いが、このスピードと破壊力は聖獣に類似する。


 その懐かしさ故に俺の足取りは軽かった。奴の攻撃に対応するのではなく、逆に奴に対応してもらう為、俺はヴァグラの懐目掛けて足を前に踏み込んだ。



「コノ...ニンゲンフゼイガアァァァァァ!!!」



 俺の挑発はかなりの効果があるようだ。ヴァグラは怒りでかなりの単調となり、今度は左の殴り。しかもかなり大きく振りかぶっている。

 こんな小さな的にそんな大ぶりは不必要だ。これならまだ聖獣や他の魔物の方が厄介だったぞ?余計な知能がない分、必要最低限のことしかしないからな。


 俺は奴の拳を掻い潜り懐へ潜ると、両足に力を込めて走り飛ぶ。まるでカエルのように高く前へ俺は飛び、狙う先は腹筋でしか守られていない腹だ。

 大剣を握り直し、左手一本による全力の斬撃を食らわしてやる。しかし大剣は狙い通りの的に刃を当てることは出来たが、その音は奇妙だった。

 明らかに肉なその腹を切ったのに、聞こえたのは金属音。一瞬頭が錯乱したが、よくよく考えれば奴は身体が鱗に守られている。奴の命に剣をつき立てるには奴の鱗が邪魔だ。



 成程な。これほどの破壊力に加えてそれに引けを取らない防御力、怒りやすい性格なのに魔王軍幹部で居られるわけだ。こいつはフィジカルお化けって訳か。



 俺は鼻で笑いつつ飛んだ反動でヴァグラと距離を離す。大剣に薄らと着いた緑色の血を払い、腹を傷物にされたヴァグラはピクピクと更に血管を浮き出してこちらを睨む。



「チョコマカトウットウシイ....ホントウニイライラスル。オマエノヨウナニンゲントタタカウノハ!!!」



 ....作戦変更だ。幹部の突進を恐れてたが大したことない。これ以上ある程度素早くなっても対応出来る。限界まで挑発作戦だ。...昔を思い出すからあんまり気は進まんが、まぁ勝つ為に泥を啜るか。



「まるで虫みたいだって?そうさ、俺は虫だ。そしてそんな虫に傷物にされたお前はなんだ?ただの餌さ。魔王軍幹部っていう肩書きだけ得てしまった無能、俺達虫にとってはご褒美さ。」



「コロス....ブッコロス!!!!」



 ヴァグラは馬鹿の一つ覚えと言わんばかりにまたもや突進。そして大きく右足を振り上げ俺を潰そうとしている。だがそんな大振りは通用しない。俺はそれを紙一重に避け、足の鱗だけを剥ぎ取るように下から上へと斬った。

 まぁそんな上手くは行かず、鱗ではなく鱗に生える棘しか取れなかった。やはり戦闘中に鱗だけを取るのは至難の業か。


 ギリギリ避けた俺を悔しそうに睨み付ける俺をヴァグラは何度も何度も踏みつけて殺そうとするが、俺はそれを余裕で避け続ける。そして同じように鱗だけに狙いを定めて斬る。


 ヴァグラには何のダメージも与えられていないだろう。しかし、それが効くのだ。いつでも斬れるぞと宣告されているようだとヴァグラは感じるだろうな。事実、怖い顔が更に怖くなっていく。



「グォォォォォォォ!!!ナメルナ!ナメルナ!ナメルナ!ナメルナ!コノオレヲナメルナァァァァ!!!」



 まるで欲しいものを買って貰えない駄々っ子のようだ。完全に怒りの熱が頭の中をどっぷり満たしているようだ。確かに当たったら最後だが当たる気すらしない。

 余裕に行動出来るし、余所見だって出来る。俺達から距離を空けて俺を見守っている三人は口をポカーンとあけていた。レネも本来なら援護射撃をするはずが、弓すら構えていない。

 まぁ、この状況なら仕方がない。俺だって想像すらしていなかったんだ。魔王軍幹部をスキルも使っていない俺が軽くあしらっているんだからな。


 まぁ、相性が良かった。ヴァグラはかなりのタフネスっぽいし、破壊力も申し分ない。スピードだって、俺でなければ追い付けない。

 だが、見切れる上にスピードも俺の方が上となると、何の造作もない。これならさっきの魔物の群れの方がキツかった。遅いとはいえ、あらゆる方向から致命傷を狙ってくるんだからな。



「魔王軍で実力示しても、こうなっちゃあ幹部の名が泣いちまうな。そろそろ諦めたらどうだ?」



「ウルサイ!!ダマレダマレダマレ!!シネシネシネシネシネ!!」



「さっきから同じことばかりしか言わないじゃんか。もっと言葉を覚えるんだったな。

 もう終わらせるぜ...スキル・神速ゴッドラッシュ!!」



 スキルを発動し、俺は自分が出せる最大限の速さをヴァグラに魅せた。ヴァグラに格の違いを見せつけるかのように、痛めつけるかのように、全身の表面だけを切り刻む。

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