ルーバー窓の外の異世界

淡水うさぎ

第1話 トイレに閉じ込められて 死にかけた。

2023年 夏。盆休みだって事で エアコンも付けずに その暑さを堪能していた。チョコミントアイスを片手に。


「フェーン現象だか、エルニーニャ現象だか、テジナーニャ現象だか知らねェけどさ…ん?ニーニャ?ニーニョだったか?って どうだって良いんだよ!

それよりもだ!室内温度38度超えって すげえな?

オレんち、田んぼの真ん中だぞ?全方位水田に囲まれてんだぞ? 夜とか蛙の大合唱が子守唄なんだぞ?その蛙も暑さに負けて 最近 歌ってくれ無いけどな?おかげさまで、静かで良いけど 寝苦しいのは変わらないんだよ⁉︎


…誰に言ってんだ オレは。

さて 次が最後のチョコミントか…」


某有名コンビニチェーンのオリジナルブランドのチョコミント ファミリーパックを二箱 空にしても 乗り切れない暑さに 辟易としながら、アイスコーヒーにガンガンに氷を放り込み 一気に腹に流し込む。


「…ふぅ。いくら休みでも 冷たい物 ばかり…。…あッ⁉︎ もしかして…やらかした?」


慌てて 尻の割れ目に気を使いながら、膝だけ動かしてトイレに向かう。


「……セーフ。パンツは汚れてない。この歳になって 汚れたパンツを洗うのは 切ないからな…」


便座に腰を下ろし 安堵のため息を吐いたと同時に 突然と言うか当然の腹痛。大噴射のビッチャビチャ。


「…ですよねー?コレは長い戦いになりそうだ。頼むぞ戦友便器‼︎

オレ、この戦争排便が終わったら、コンビニ行くんだ…」


そのコンビニで 何を買うつもりなのかは 言わずもがな。

それはさておき、この男の孤独な戦い排便は 50分を過ぎて 1時間に迫っていた。


「やば…い?拭いて立ち上がると また波がくる…。いつからオレの腹は 波打ち際に置きっぱにされてんだよ…。埼玉に海は無いんだぞ?」


その時 男の耳に微かに雨音が聞こえてきた。そして その雨音は ゆっくりだが確実に大きく、激しくなって行った。


「おいおい。風も出てきたのかよ?って 便所の窓からも吹き込んでるしッ⁉︎」


戦友便座に下ろしたままの腰を 僅かに上げて、力一杯 身体を捻り、押し寄せる悠久の波をどうにか堪えながら、トイレの窓を開閉するハンドルを反時計回りに回した。


「って⁉︎安心してる場合じゃねぇよ!部屋の窓も閉めに…。…無理だな。撒き散らされた銃弾ブツを掃除するより、ただ濡れただけの床を拭く方が 精神的ダメージが少ないはずだ。」


浮かした時に僅かに出ちゃった銃弾ブツが、戦友便座を汚したが 気が付かずに 戦友にを預ける。

もう、1時間も戦い続けていて、汗なのか銃弾ブツなのかは 尻肌では判別できない。


「予定変更。この戦争が終わったら ホムセン行って 壁掛け扇風機買ってこよう。ここ便所に付ける!じゃなきゃ倒れる!」


電源は換気扇のコンセントに分岐タップを付ければいい。…なんて考えていると、外から聞こえる雨音が、静かになっていた。


「なんだよ!通り雨なのかよッ⁉︎まったく、こっちの都合も考えてくれよな?」


天気に向かって愚痴を言いながら、また身体を捻りルーバー窓のハンドルを回して 全開にした。

ただでさえ気温38度超えのトイレの中。小さな窓でも 開けておかなければ 大袈裟でなく、倒れかねない。

もし 戦場トイレで倒れでもしたら、良い笑い者になる。

ひと雨 あったお陰か 開いた窓から 冷ややかな空気が流れ込んで来た。


「おぉ…。涼しい。こんなに涼しくなるほど降ったのか。さっきは少し言い過ぎた。ゴメンな天気…。明日も頼むぞ?」


そんなこんなで、なんとか悠久の波を押し返し パンツを履こうと立ち上がる。フッと視界に入った戦友便座の変わり果てた姿に戦慄した。


「おいおい…。お前便座…いつの間に被弾したんだよ…。って オレにも流れ弾⁉︎」


時既に遅し。気が付いた時には、パンツに2次被害が…。

汗か涙か区別できない、頬を伝う液体をそのままに 被害者パンツ治療洗濯しようと トイレのドアに手を掛ける。


「………?あ…れ?開かない?おいおいおい⁉︎ 今日は誰も居ないんだぞ?なんで開かないんだよ⁉︎

…あ、鍵。…掛けた覚えないんだけどなぁ…」


鍵を開け ひと安心して ドアを開けようとドアノブを回す。…が やはり 開かない。


「なんだよ…。なんなんだよ!もう戦場トイレには 敵は居ないんだよ⁉︎ もう戦争は終わったんだよ!帰らせてくれ…」


鍵を閉め、もう一度開け直してもダメ。

ならば、鍵のツマミを閉めた状態でノブを回すが もちろん動かず。


「クッソ! 背に腹は変えられない。窓から助けを求めるしか無いのか…。尻に被弾した姿を見られてしまうが……?って、なにこれ?」


全開にしたルーバー窓の外を見て 目を疑う。

自室は二階にある。トイレも二階に作ってある。見える景色は 自室の窓と そう変わらないはずだ。一面の田んぼが見えたはずだった。


だが、ルーバー窓の向こうには 鬱蒼とした森の木々が見えた。視点位置は、ほぼ地面に近い。まるで 半地下の窓から外を見ているような景色。


「いや…。いやいやいや⁉︎なによ?コレ…。ゆめ?オレってば やっぱり戦場便所で倒れちゃったの?

頑張れオレ!目覚めろオレ‼︎」


悪夢を見ている時や 金縛りに遭ってる時、こうして自分を奮い立たせると 案外簡単に解放されることがある。


だが、今回は どれだけ頑張っても 無意味だった。


「夢じゃない…のか?じゃあ幻覚?熱中症で幻覚見てるのか?でも良い具合に涼しいしな?汗も引いてるし…。

じゃあ いったいなんなんだよぉ〜!」


自棄っぱち気味に ルーバー窓から見える森に向かって 大声で叫んだ声に 返答があった。


『グギャ?』と。


その声の主は、絵に描いたような、あからさまに、何がなんでも、どこからどう見ても…『ゴブリン』


例えゴブリンじゃ無かったとしても、『ゴブリン』に改名させたくなるほどの『ゴブリン』だった。


「え…っと?オハヨウコニチワサヨーナラ?

フジヤマテンプラ スシイクラ?」


英語は苦手だ。それに限らず外国語全般理解不能。

異種族言語なんて 聞いたことも無い。


『グギャグギャッ‼︎』


「ですよねー」


意思の疎通は無理そうなので 救出して貰えそうに無い。どころか このゴブリン。ルーバー窓のガラスの間目掛けて こちらに向かって手を伸ばして来た。…が、何かに阻まれて 突き指でもした様だ。網戸か?


「えっと?大丈夫?…ッて⁉︎何してんだよ?そんな事したら 割れちゃうだろがッ!」


突き指したのが 我慢ならなかったのか どこかその辺で拾って来た様な木の棒でルーバー窓を叩き始めたゴブリン。


それに驚き 慌ててルーバー窓を閉めるハンドルを回してしまった。


『ピタリ』と窓が閉まった途端、土砂降りの雨がその窓を叩いた。


「あっ!また降って来たのか⁉︎部屋が更に水浸しになる!」


重ねて慌てて トイレから出て、自室の窓を閉めに行く。

案の定、自室の床は ビッチャビチャ…。


「あぁ…。雑巾とバケツ持ってこなきゃ…。ッてその前にケツのクソか?」


二階の風呂場でパンツを脱ぎ、それのヨゴレを落とすついでに 身体も洗った。尻は もちろん念入りに。

窓を開け、外を見ると いつもの風景が目に入る。

強めの雨が、吹き込んでくるが 浴室だから気にしない。


「あ。部屋の床 忘れてた。ベッドが濡れなかったのは 不幸中の幸いかな…」


そこで、思い出した。トイレのドアが開かなかった事を。


「あれ?そういえば なんで 出られたんだろ…?オレ」

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