そのフルーツパフェ、死にたい人限定です。人生最後のご注文をどうぞ。

むぎ茶

第一章 大沢紫乃の場合

第1話:喫茶店『again』

1-1

「相変わらずボロボロだな……」


 午後4時過ぎ。繁華街のざわめきから少し離れた路地裏に、喫茶店『again』は静かに佇んでいた。


 古びた木製の看板にはぶっきらぼうに『営業中』と書かれており、角には申し訳程度にうさぎの絵が付け足されている。

 木目には細かい傷が刻まれ、まるでこの店の歴史を物語っているようだった。

 だが、通りすがりの人がこの看板を目にすることはほとんどない。それもそのはず、店の外観は蔦だらけで喫茶店として目を引く装飾が看板以外ほとんどなく、店内から漏れる淡い明かりが、かろうじてその存在を知らせているにすぎない。


この店でバイトをしている高校2年生の桂木聡太かつらぎ そうたは、この静けさにはすでに慣れたものだった。

 働き始めて2ヶ月ほどだが、毎日この店の独特の空気を吸い込むうちに、違和感は薄れていった。


「おはようございまーす」


 入り口の扉を開けると、かすかにきしむ音を立てる。

 開けるとすぐに、アンティーク調の内装が迎え入れた。重厚な木目が特徴的なテーブルが四つ、それぞれに設置された椅子は適度に使い込まれており、古びた中にも温かみを感じさせる。

 天井から下がるシャンデリア風のランプは、壁やテーブルに柔らかな光を投げかけ、空間全体を包み込んでいた。

 その光は、店の奥に並ぶ銅製のカップや、コーヒー豆の入ったガラス瓶を静かに照らしている。


 カウンターの後ろ棚に整然と並べられた道具類は、どれも長く使われているものばかりだった。それでも埃一つないその整然とした佇まいは、店の隅々まで手入れが行き届いている証拠でもある。新しいものは一つも見当たらないが、それがかえってこの場所の特別な空気を際立たせていた。


 外の路地からは、時折車の走行音が聞こえてくる。その音は、かえってこの店の中の静寂を際立たせているようだった。この店の空間に一歩足を踏み入れると、外界の喧騒から切り離されたかのような感覚に包まれる。時間の流れが変わり、まるで別の世界に迷い込んだような気分になるのだ。


「聡太君おはよ。今日そこの入り口を跨いだのは私を除いて君が初めてだよ」


「おはよう。今日も暇そうだな」


「暇だよ暇。超暇。店長も来ないし」


 こちらを見ることなくカウンターに突っ伏している少女、宮本結茉みやもと ゆまは退屈そうに両腕を適当に広げ、テーブルの冷たい木目に触れていた。

 肩まで満たない長さの髪は、ふわりと広がっており、所々ピンクのインナーカラーが見えている。


「こうも退屈だと眠くなっちゃうよ」


「まぁ、確かに……。ここ、居心地良いもんな」


 結茉はふわぁとあくびをすると、眠そうに目をこすった。

 その姿はまるで日向で寝転んでいる猫のようで、聡太は思わずふっと笑みがこぼれる。


「そうだ、珈琲入れるよ。店長が新しい豆買ったって言ってたし俺も練習したいからさ」


「やったね! じゃあ私はお菓子用意しとく」


 先ほどまでの眠気はどこにいったのか、結茉は飛び起きて裏の控室に向かった。


 この喫茶店『again』には、不思議な力があるように思える。訪れる人々にとっては、この空間そのものが特別であり、日常とは異なる何かを感じさせる場所だ。

 だが、その特別さは訪れる理由によって大きく異なっていた。

 ここに偶然立ち寄る者もいれば、意図的に『この喫茶店を選ぶ者』もいる。

 

 そして、その後者がここに訪れる理由は必ず平凡なものではないのだ。

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