青の魔法使い

@tan_shin_

序章 Ⅰ

どれほどの人が転生というものを信じているのだろうか。

自分は誰かの生まれ変わりだろうか、前世はなんだろう、来世は誰々になりたいとみんな考えているのだろうか。俺はふと考えてしまう。別に信じているとかではないのだが、たまに、勇者の像に似てるね、生まれ変わりかしら、次の英雄はお前だ、と言われる。像を見にいくと確かに似ていた。だがしかし俺は思う。俺が像に似ているのではない。見栄えのために美形に作られた像が必然的に美形の俺に似ているだけだと。


五百年前、勇者の称号を与えられた者によって魔王が打ち倒された。

そして、魔王が現れる前の平和が戻ってきたのだ。

三百年がたち、魔王がいたころの恐怖を覚えているものはいなくなってしまった。

しかし、平和で平穏な、なんてことない日々は終わりを告げた。

世界中の女神の使徒たちは予言する。


「悪魔がくる」と。





・・・・・なんだが、全然悪魔来ません。

二百年たちました。

悪魔遅刻してます。

いや、もう悪魔来ないんじゃないん?って感じ。

悪魔のことなんてみんな忘れてる。

知らんけど。

だけど、平和な世界だからといって、不幸とか厄災、苦悩、苦痛はなくならないものである。



「死ぬ気でやれーー!!!お前はいつも気合が足りねんだよ!!!クソガキが!!!!」



なにやら男が叫んでいる。

いや、つんざくように叫んでいるやつはほかにもたくさんいる。ここは人が多くとても騒がしい。

だけど、死ぬ気でやれ、と叫ぶ声が特に耳に入ってくる。

こんな暴言はかれる、かわいそうな奴は誰なんだ。



「てめえに言ってんだぞ、この馬鹿が!!」



男はこちらを指差し、唾をまき散らす。

おれか~。

おれだったか~。

あのおじさんの様子から察するにどうやら俺に命運を賭けたようだ。

ご愁傷さまです。

一礼をし、絡まれないうちにさっさと逃げるとしよう。

酔っ払いの酒臭い人ごみをかき分ける。

魔力の姿が鼻水っぽいおじさんだった。というかそもそも顔面も鼻水っぽい。ていうか鼻水。ふけ。

魔力の姿とか何を言ってるん?って感じだろうが、普通に魔力探知をした結果である。

だけど普通の人の魔力探知よりもずっと色んなものが見える。

魔力の核のようなものを中心にまとうオーラや体の隅々まで血管のように流れる魔力で手に取るように相手の特性が理解できる。

得意な魔術の属性、熟練度、魔力量、性格、一瞬先の行動、嘘つきかどうか、魔法使いかどうかも。

まあ、色とか雰囲気と経験でなんとなくだが。

人ごみをかき分けていくと湧き上がる歓声が耳をつんざく。皆が何に歓声を上げているのかも見えてくる。

二人の男が剣を交え戦っている。

この勝敗も俺の魔力探知ですぐ分かる。まあ、魔力探知せずともここにいる誰もが分かることだが。

勝ったのは



「パスカ・シュー!!!!」



勝利のゴングと審判の雄叫びが響く。

ここにいる誰もが知っている名が叫ばれる。

第二騎士団団長の名だ。

そして、ここは市民の安全と安心、そしてこの国、ウィング王国の繁栄を願う、第二騎士団の歴史と伝統ある訓練場だ。まあ、今は訓練なんてせずに酒を浴びまくって泥酔しているものもいるが。

俺は、ウィング王国の三つある騎士団の中の第二騎士団に所属しているんだ。


ああ、訓練場で何をしてるかって?それは見たまんまのことさ。


今日は心躍る宴の日。


おのれの地位、名誉、そして今月の給料を賭けた決闘だ。


いや、何をしてるんだ、という話だが、いろいろとストレスがたまる騎士という役目を忘れて、楽しみたいみたいなんだ。

今回は団員の半数ほどが参加している。

勝てば勝つほど給料は増えていくし、負ければ負けるほど給料は減っていく。

決闘に参加する気がないやつも、決闘の勝敗に金をかけている。

たまに負けすぎて給料が底をついた奴は訓練場で寝泊まりし、近くの飯屋で皿洗いして食わせてもらってるらしい。

そしてこの決闘で金以外でかけられているものがある。

それは団長と副団長の椅子だ。副団長と団長は決闘に強制参加。

つまり、団長に勝ったやつが今日から第二騎士団団長様である。

そして、団長は迷宮一級遺物の水魔の剣を得ることができる。

結構貴重な剣っぽい。


騎士団のみんなは騎士としての仕事と厳しい訓練の日々のストレスからくる反動で月に一度か二度ほどおかしくなってしまうんだ。

賭け事が楽しくて仕方がないみたい。

それに決闘で使う剣は木だから死にはしない。

そして今から行われる決闘が最後の一戦。やるのは俺。

ちなみに俺は副団長。

この騎士団の歴代最年少副団長だぜ。


人ごみを抜けて、騎士団の人たちが取り囲む広い空間の中心に向かって止まる。


相対してるのは団長様。

紫の髪に紫の瞳、なかなかに整った顔立ち。俺ほどじゃないが。

体をめぐる魔力は均一で乱れがない。魔力の核も水色でよどみがない。

余裕そうにこちらを見てくる。



「おいガキ!今度こそ団長の座を奪わねえとぶっ飛ばすぞ!」



怖い、怖い。

吹き抜けの大広場。地面は騎士たちの汗と涙と血で湿っている。

俺たち二人をぐるりとほかの騎士たちが取り囲んで騒いでる。

そろそろ審判が声を上げる。集中しなくては、

俺は剣を構える。

やる気は十分だ。

今日はいつもよりも早く、家に帰れる。

そして、明日も休み。

そしてそして、明後日の休みも、もぎ取ってきた。

今日は最高の日になる。

そして明日も最高の日になる

そしてそして明後日も最高の日になる。


ということでサクッとこの決闘に、負けていく。



「始め!」



合図と同時に剣をふるう。

団長は大柄な体格だが、動きが俊敏で、一撃一撃が重い。

まずは一つ一つ攻撃をさばいていくことに集中する。



「しっかしかわいい顔して団長の攻撃を防ぎ続けるなんて、恐ろしいやつだな、これが最年少十五歳副団長の力かぁ」

「かわいいっつうか、美人っつうか、つい見惚れちゃうというか、もう男でもいいかも」

「…あんまきもいこと言うなよ、友達止めたくなる」

「そういや、あの話、知ってる?」

「……あの話ってなんだよ」

「なんかさっ、団長と同じ宿から出入りしてるのを見たことあるってやつがいるらしい」

「それだけ?」

「いや、見たのは一度きりじゃないらしいぞ、団長も俺と同じでそっちのけがあんじゃねえ!?それに金のやり取りがあるって話だ」

「やめとけよ、そういう妄想」

「じゃあ、俺にかわいい彼女紹介してよ。もうすぐパラディ祭だろ。親に言い報告とかしたいんだよ」

「もうすぐっつうか、明後日じゃん。むりむり」

「この仕事って、出会いないのが一番の欠点だよな。騎士団にいる女は筋肉ムキムキのチンパンジーだし」

「それな。それにほとんどの女は団長と副団長の美形二人にメロメロだし。あの二人がそろってるだけで尊いんだとよ。それ以外の男はゴリラだってよ」

「そりゃ、こっちのセリフだ!…あーあ、あの青の魔法を彼女と一緒に見たかったなぁ」

「来年があんじゃん。ま、今年も青の魔法が見れるとは限らないけど」

「確かになぁ。でも去年だけってのは、惜しいよな」



チンパンジーって言ってるからゴリラと言われているのでは?

いや、どっちもどっちなのか。

ていうかこの噂結構広まってる。めんどくさいなぁ。

どうしよう。

ああ、モテない男の話聞いてないで、決闘に集中しないと。



「身体強化《エンハンスドボディ》」



団長が呪文を唱えると同時に団長の体が赤いオーラを帯びる。団長と俺との距離が一瞬にして縮まる。距離が詰まると同時に俺の頭に向かって横に剣をふるう。

すぐに後ろに飛び、すれすれでかわす。



身体強化エンハンスドボディ



俺も青いオーラを帯びる。剣を振りぬいたことでがら空きになったふところに右手に持った剣をふるう。団長は素早くそれに反応し剣で受け止める。

身体強化された一撃はその前とは比べられないほど重く、ぶつかり合った剣から甲高い音が鳴り、周りに衝撃がはしる。

剣がぶつかり合った衝撃が返ってきて、後ろに退く。


戦闘にはよく魔術が使われる。

最近は魔術の発展が目覚ましい。

誰でも比較的簡単に魔術が使える時代がやってきている。

だからだろう。魔法使いの数は年々少なくなっている。

魔法使いは限られた才能だ。


それに加えて魔術を使えば魔法を使えなくなるからね。


騎士団は魔術訓練も手厚い。


手のひらサイズの陣を体や身に着けているものに刻んでおく。そして、呪文を唱える。それだけである程度の魔術は使うことができるようになる。

こんな風に、



炎剣ブレイズ



剣が炎をまとう。

その剣を横にふるうだけで離れたところにいる団長まで炎の衝撃が届く。

団長は素早く上に飛んで炎をよけた。



水剣ドゥーロ



空中で水の刃をいくつもこっちに飛ばしてくる。

炎剣でそれをすべて薙ぎ払う。

薙ぎ払ったそのすぐ先に団長がこちらに剣を振り下ろしてくる。おろしきる前に剣をぶつけそのまま上に流して団長の剣を払う。すぐさま空いたふところに剣を直進させ突く。

団長は直進してくる剣に自分の剣を添えて俺の剣の方向をずらしていく。



「かはっっ」



勢いそのままに距離が近づいた瞬間に腹に一発こぶしを食らう。メキメキと嫌な音を立てながらこぶしが腹に食い込んでくる。

体が一瞬宙に浮いて、そのまま前傾姿勢で後ろによろける。

すぐ顔を上げようとするが、のどに剣先があたる。

負けは確定だ。敗者宣言をしなくてはならない。



「…まいった」


「勝者、我らが団長、パスカ・シューーーっ!!」



審判の声とともに、わっと、一斉に歓声が上がる。



「またパスカ団長の勝ちだ!さすが!」

「あーーーーーっ!なに負けてんのっ、ばかーーーーーーー!!!」

「馬鹿だなお前、パスカ団長はこれまで全戦全勝だぜ。賭けたお前が悪い」



何人かがこちらをにらんできているのを感じる。こんな居心地が悪い場所からは早くここから離れよう。

俺はこれから大事なようがあるんだ。



「よ、女もどき。また負けちまったなぁ」

「ゴリラ。酔いすぎだ」



人ごみをかき分けて進んでいたら、捕まってしまった。

後ろから腕を首に組まれると、強い酒の匂いがする。



「すまん、副団長。こいつ酔ってて。」



酔っ払いをやめとけ、と注意するもう一人、ヤベが俺に謝る。

基本的に、騎士団の人たちには敬語を使わないように言ってある。

正直言うと、俺が一番年下だから敬語を使われると気まずいし、やっぱり騎士団のみんなとは良好な関係を築きたい。



「おしかったなー。団長にあと少しで勝てたと思うぜ。女もどきはよくやってると思う」

「うぜー」



無駄にこちらに体重をかけながら、上機嫌に話しかけてくる。

ヤベは申し訳なさそうに、酔っ払いを俺から引きはがして、連れて帰ろうとする。



「あ、そうだ、ヤベ。来月から担当する地区がゴルクレスト地区に変わったから。よろしくなー」

「りょうかいっす!」




ヤベたちと別れた後、とある宿を訪れた。




「お疲れ様」


「はい、団長もお疲れ様です」



先ほど戦ったばかりの団長が微笑んで部屋の真ん中に立っていた。

すぐに俺が部屋に入ってきたのに気づくと、近づいてきてこちらに手を伸ばし、つかむ。

札束を握らされていた。これは今回の報酬だ。



「今日もいい負けっぷりだったよ、次も頼む」

「もちろんです。まじ任せてください」

「ああ、信頼してる」



実は、俺は団長から金をもらうために、わざと負けている。

なかなかに迫真の演技ではなかっただろうか。

騎士団に入ってすぐの頃の話だ。騎士団に入って一年も満たないものは見習いという立ち位置だった。第二騎士団の中でも主に見習い騎士で、森に入り、魔物を狩る訓練をしていた。そんなとき、馬鹿な団員の一人が森の深くにいるはずの強力な魔物をどこからか連れてきてしまったんだ。身に着けている装備の準備も心もとない状態。団長は団員たちにすぐ逃げるよう指示して、一人でおとりになって戦ってた。そこに俺が華麗に助太刀に入って、魔物を倒しちゃったんだ。

その数日後に、札束を押し付けてきて、俺に言ったんだ。

私の親は金持ちでね、腐るほど金を持ってるから金には困っていない。だが団長という地位は誰にも譲れない。金をやるから、決闘では私に負けてくれ、とのこと。

俺は快く了承した。



「団長、そういえば変な噂が広まってまして。俺らが宿に入っていくのを見られていたようです」

「その噂は知っている。馬鹿馬鹿しい。暇な奴が多すぎるんだ。訓練をもう少し厳しくするか。」

「あらー」



噂について呆れた顔をしながらも、訓練を厳しくすることについては目が本気だ。

今も結構厳しいのに、泣いちゃう人続出ですよー。

もう、かわいそうなので騎士団の全員の給料を上げましょう。



「余裕そうにしてるが、君の場合は、その女々しい見た目をやめて、髪切って男らしくした方がいいんじゃないか。」

「いやー、そっすねー」



いやはや、美しい顔はかわいさを引き出してしまうんですね。罪な顔だわ。

髪を切らないのは特に理由はない。

朝、鏡を見て、長髪も似合ってるなーと思って、切ってない。

まあ、少し邪魔だから、後ろでまとめている。

それに、まだ肩までしか伸びてないから、時期早々かなと。



「そんなだから、変な噂が立つんだ。もっと舐められない見た目になった方がいい。そのダサい長髪はやめて、短く刈り上げなさい。その切れ長なのに大きな瞳もやめて、人も殺せそうな鋭い目つきにできないのか。なぜ訓練しているというのにいつまでもそんな、なよなよした体なんだ。男だろ」



いいすぎ、いいすぎ。俺のイケメンすぎる顔に嫉妬してます?



「あー、はいはい。頑張ってムキムキになりまーす」



俺の返事に不満そうなため息を団長はこぼした。

団長ってたまに、人間関係大丈夫か心配になる発言するよな。

モラハラ夫になりそう。



「そういえば、パラディ祭まで休みがとれたんですけど…団長が何とかしてくれたんですか?」

「もうすぐパラディ祭だというのにガキを働かせるほど腐ってないだけだ」

「まじ感謝感激です。団長はパラディ祭当日も仕事ですか?」

「ああ。今年も青の魔法使いが現れるかもしれんしな。敵意や害はないかもしれんが、正体不明のままでは少々恐ろしい存在だ」

「ほへー。頑張ってください、応援してます」



俺は団長からのありがたいお金を大事にしまって、その場を後にした。




なんだか急に寒くなった。

吐息も白くただよう。

しかし俺の財布はすごく温かい。

今日もいい厚みだった。

そういえば訓練着のまま来てしまったから訓練場に戻って、着替えなければならない。

今日は早く帰りたかったから、早足で、いや走って訓練場に戻った。



訓練場にはまだバカ騒ぎしているやつらがわんさかいた。

そんな奴らの間をするするするっと通り抜け、更衣室で着替えて出る。


早く帰りたい。

なのにそう簡単には家には帰れないかも。

訓練場の入り口には物々しい鎧を着た騎士が立っている。黄金色のマントがはためいているのを察するに第一騎士団の者だ。

するとこちらに気が付いたのかズンズンという足音を立てながら近づいてくる。近づいてきてわかる、団長よりも高い身長の大柄な体格、伝わる威圧感、顔には斜めに大きな傷がある。

瞬きを一切せず、眼光は俺をにらみ続けている。

これが男の中の男なのかもしれない。

団長は俺にこんな感じを求めてるのかもしれない。



「ルリ・ステラか?」

「はっ、はい!」

「……女?」

「いえ、男です」



女に間違えられるのも飽きてきた。

やっぱり髪を短くした方がいいかもしれない。



「…すまない、失礼した。私は第一騎士団団長フェイズ・フォルという」



フェイズと名乗る男の魔力は、銀の筋が血液のように体中に広がっている。

身体強化の魔術を極めた歴戦の勇士って感じの人に見られる魔力の形だ。

いや、王宮勤めの騎士は不思議と魔力の形はこんな風になる。

あらためて迫力を感じる。



「王女様がお呼びです」





「……はい?」































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