第2話 ゴードン=近藤?

「ねぇ、あれNBA選手?」

「いや、ラグビーじゃね、、、?」

「こっわ、何あれ、てかてか隣にいる人ちょーカッコよくない?」

「マジだ!芸能人のあれに似てる、あれ」

「なんだっけ、あれだ、キサラだよキサラ。後妻業の誤算ってドラマに出てる!」

「ああ、似てる似てる!本物かな?」


そんな雑音も踏みしめて、ゴードンは華南市の駅前に来ていた。

街に出るのは初めてではない。

ただ、


「いつ見ても、まだ慣れんなぁ」

「そりゃそうでしょ、まだこっちの世界?来て3か月くらいなんだし」


勇音が聞くところによると、ゴードンのいた世界はこちらでいう中世とか近世とかそんなイメージらしい。中学の教科書に載っていたサグラダファミリアを見て、「こっちの世界にも魔女がいるのか、、、」と言っていた。


今日も電車に乗る際にぶつぶつと、


「もしだ、もしこいつが城に突撃してきたらどうする、、、俺は勝てるのだろうか、、、いや、勝たねばなるまい」

「城壁を破って侵入し、中から武装した兵隊がわんさかと出てくる、、、恐ろしい、、、」

「運転手とやらが肝だ、、、突入を許す前にまずは運転手を狙撃しなければ」


何やら物騒なことを言っていた。


ちなみにゴードンの恰好といえば、恰幅のいいアメリカのラッパーのようである。

だぼだぼのジャージに、バッシュ、それこそ上はNBAのレプリカユニフォームを着ている。

あとはサングラスさえあれば完成だが、それは視野が狭まるから嫌だと、いつかの古着屋で拒否していた。こちらの世界に来て以来、急速に目が悪くなったゴードンは色の入ってない近視用の丸眼鏡をかけている。


「今日はとりあえず弁当箱とハンカチだな」

「うむ、かたじけない」

「謝るなよ、お礼ならばあちゃんにね」

「そうだな。わかった。あ、、、友五郎殿に連絡しなければ」


友五郎とは、防衛省の官僚である。

異世界云々の話や、ゴードンの身柄について面倒を見てくれているいわば後見人、監督者だ。


「友五郎殿、、はは、お忙しいときに大変恐れ入る。今よりうぃんどうしょっぴんぐでーとなるものをしてくる。ああ、、うむ、、勇音がいる。よろしくお願い申す」


学校に行くにあたって、文房具等はすでにある。

ゴードンは見かけに反して勉学というものが好きであった。

この3か月、ゴードンはほとんど読書、時おり人助けをして過ごしてきた。


ちなみに高校の入学試験も突破している。

日本語は簡単な物しか分からないが、英語はもともと使っていた言語に近いらしく、留学生用の試験で乗り切ったらしい。


試験までの間は、友五郎の勧めで近所のぐもん塾に通っていた。

年長コースに所属していたらしく、一度勇音が見学に行くと、


「すぇんせぇーーーーー!できました!!!」

「どれどれ、ゴードンくん、これは数字の3じゃなくてωになってるね」

「大変申し訳ない!!!やりなおしまぁーーーーーーす!」

「他の子がびっくりするからね、静かにね」

「すぇんしぇーーーーーーー!できましたぁーーーーー!」

「違うね、これはWだね、静かにね」

「しぇんじぇーーーーーーー!やったぞーーーーーー!」

「うるせぇぞ!このでかぶつがぁ!!」


齢60は超えていると思われる白髪の老婆に頭頂部を殴られていた。

それを見て慄いた他の年長児のプリントに対する集中力といったらすごかった。


「あんな大男でもなぐるんだあの先生」

「こわい、こわいよぉ、間違えたくないよぉ」

「いいか、みんなでやりきって生きてここを卒業するんだ」

「助けてママ、ママぁ」


その年は小学校入試で過去最高の成績を収め、その塾は今や教育ママお勧めの大人気塾となっていた。

なみにその老婆の先生はかつて、熱血教師として進学校の教師をしていたらしく、


「ゴードンくんのおかげで、また熱意を取り戻せたよ」


と感謝していたらしい。




そんなこともありつつ、受験日。

別室で受験していたゴードンと勇音は帰りに待ち合わせをすると、


「うぉぉぉぉぉぉぉ、悲しい、、、、、、、、、、、、、、!」


大泣きをしていた。

周りの受験生は、試験がうまくいかなかったのだろうかと、その大男を遠巻きに見ていた。


「どうした?だめだったか?ぐもん教室でやったことが出なかったか?」

「まったく出なかった、、いや、違うんだ、キャシーが、キャシーが、、、」

「キャシー?」

「キャシーが、妹のためにリンゴとみかんを買いにいったそうだ。果物を買うなんて、きっと妹は病に伏せているのだろう、、、たくさん買って帰りたいに決まっている。だけどな、それぞれ何個買ったか分からなくなってしまったんだ、、、。かわいそうに、きっとあまりに悲しくて、不安で、数も数えられなくなってしまったんだ、、、」

「ああ、連立方程式の問題ね」

「俺の配下の者に、非常に強者つわものの若い女戦士がいてな。彼女は貧乏で、妹のためにおいしいものを買ってやりたいと俺の配下になったんだ。だから俺は、金貨を与えて好きなものを買えと言った。だがな、彼女はどうしたと思う?たった1個、1個だけプランムリーの実を買って、これで十分です、ありがとうございますと、、、なんと美しい心の持ち主だろう、、、」

「ふーん、女の人も戦うんだね、そっちの世界は」

「うむ、彼女は神と天使の子どもでな、光より速く走ることができた。彼女は結局敵方に寝返り、俺も殺されかけたが、元気にしているだろうか、、、」

「神、天使、、、」

「ふむ、あっちの神はこの世界の神とは違って荒々しいやつだ。こっちの世界の神は真に尊ぶべき存在だ」


ゴードンと勇音はカトリック系の進学校に進むのだが、神学の勉強をゴードンは心より楽しみにしているらしかった。


二人は駅に直結している雑貨屋で買い物をした。

ゴードンは、フードライダーという子ども向けアニメの弁当にしたらしかった。


「それ、少なくない?」

「いや、これでいい。フードライダーは悪を挫く正義のヒーローだからな」


父が息子にプレゼントを買い与えるような笑顔で言った。

それからハンカチだの、細かいものを買って、昼食を取ることになった。

フードコードの脇にはゲームセンターがあり、興味を持ったゴードンは社会科見学中の小学生のような真剣な表情でクレーンゲームや音ゲーの筐体を見ていた。


「おおおお、あそこで踊っているのは白拍子しらびょうしか?」


白拍子、男装した遊女のことだ。

勇音はゴードンが平家物語を熱中して呼んでいたのを思い出す。

そして祇王と仏御前の話でティッシュ1箱分泣いていたのも知っている。

高校に入っても古文の授業にはついていけそうである。


「あれはね、ダンスってやつで、、、、、ねぇあれ」


まずダンスを説明し、それからダンスゲームについて説明しなければと算段を立てていた勇音は、ふと気づいた。


「どうした勇音」

「あそこ、柄の悪い奴らがスマホ向けてる」

「スマホ、これだな」


ゴードンは首から下げたスマホを服の中から出した。汗でべちょべちょである。

ゴードンは音声入力を駆使してその文明の利器を利用している。


「うん。カメラって教えたでしょ?」

「ああ、ザルマンダ地方に伝わる儀式に似たやつだな」


勇音は先を急ぐため異世界情報はスルーする。


「ねぇ、異世界でもさ、女の人を辱めるのって駄目なの?」

「辱めるというのがどういうものか分からん。それにあちらの世界にはブルジョア革命も日本国憲法もないからな、奴隷もいれば娼婦もいる。全般的に女性の地位は低いのだ」


勇音はゴードンのこちらの知識に改めて驚きつつ、カンパンマンのポップコーン製造機の陰から様子を伺う。

ちなみにゴードンはその車を模した機材に乗り、上手にポップコーンを作っている最中であった。


そんなゴードンを見て、勇音の顔は少し暗くなったようだった。


そうだ。こちらの世界の倫理観とあちらの世界のものは違うのだろう。

ゴードンは向こうの世界の基準にしたがって人助けをしているだけだ。


ダンスゲームをしている女子中学生か女子高生。

スカートが短く、いわゆるギャルに近いような、少し派手な格好だ。

そして遠くから柄の悪い大学生っぽい集団がスマホをそちらに向けてにやついている。


勇音は考える。

SNS用か?

同じグループということも考えられる。

現に、その集団は今まさに、2人組のその女子に近づいて何やら話している。

困っているようにも見える。


、、、、行くか?


そんな逡巡をしている時であった。


男4人と女2人のその輪の中に、ポップコーンをあたかも人を食らうかのように鷲掴む修羅がいた。

もちろん異世界少年ゴードンである。


「いつの間に、、、」


勇音はやれやれといった様子で近づいていく。

その顔は少しだけ明るくなっていた。


☆☆


「ねえ!消してってば」

「消してと言っているが、消せるのかそのザルマンダ儀式の成果物は」

「消してほしければ俺たちと遊ぼうぜ」

「遊ぼうって言ってるが、遊んでやらんのか?寂しいんじゃないか?」

「マジ無理なんだけど、鏡見てから言ってくれる?行こ、るい

「鏡見ろって、そういえばプリクラっていうものをさっき勇音に教えてもらったな、みんなでいけば顔見れるぞ」

「いいのかなぁ、、、これ拡散しちゃおうかなぁ、君たち聖ルカリー中でしょ?あそこってゲーセンとかだめなんじゃないっけ?それにほらパンツも谷間も見えてる」

「くそ、離せよ!!類、大丈夫??この子に触れんな、マジぶっ殺す」

「殺し合いか、、、?こちらの世界でも決闘とかあるのか?すまんが法律はまだ憲法と商法しか勉強してなくてな、あれか民事訴訟法には決闘法とかあるのか?」



「「うるさい!!!」」「「うるせーーよ!!!」」


その怒声とともに、ゲームセンターの雑音が一層大きく皆の耳に聞こえてきた。

なぜなら、その時まで、その場にいた誰もその大男に気づいていなかったのである。


ぎゃるっぽい女①「ひっ、、、、へっつつつ、、、ごめんなさぃぃい」

るいと呼ばれた女②「、、、、」

男①~④「な、、、、なんだてめぇ!!」「デカ、、、」「バケモンかよ、、、」「ひぃいいぃいぃ」

勇音「全然、会話かみ合ってないよ、ゴードン」


まるで喜劇のように、それぞれの登場人物がうろたえる。

勇音はその場を収めるために、ゴードンに耳打ちした。

しかも1個1個確認しなければならないことがある。

正直、ゴードンが現れたことで事態は解決しそうではあるが、説明してほしそうに見てくるからしかたない。

勇音は素早く、防衛省の友五郎にスタンプを送る。ゴードンがトラブルを起こしそうなときは「すぐにプロテインを」というマッチョ松村のスタンプを送ることに決めている。


「ゴードン、そっちの世界でも女性が下着を見られたら恥ずかしいものなの?」


その勇音のささやきに、ゴードンは顔を真っ赤にして首をかくかくする。

汗も滝のように出始めたので、勇音は自分のトートバックからスキンヘッドのバスケット選手がつけるようなバンドをゴードンの頭にはめた。


「戦士は別だが、淑女はな、、、あれはベーリントン城でとあるプリンセスと会ったときだった、、、」

「うん、はいはい。で、もしすごいたくさんの人に見られたら?」


すでにゴードンは顔からほとんど火が出ている。


「うむ。であるからあのときプリンセスは、もう生きていけないと言い、俺はそれを必死に、、、」

「はいはい。じゃあさ、パンツをみんなに見られたくなければ俺と性交渉をしろと無理やり迫るのは?」


そこでゴードンの巨体がぴたっと止まった。


「ほほう。ザルマンダの儀式というのは、遠く遠方の景色を羊皮紙に写し取りとどめるもの。第一次ザルマンダ=ペリランド内乱の際、敵方ペリランドの大将の内の一人のよ、、よ、、、夜、、夜のいとなーみを写し取り、それを以て脅し、味方につけたという。非力なザルマンダ民族の知略が光った戦があってな」

「よほどばれたくない性癖だったんだね、、、」

「うむ、、、老いた女に尻、、、尻、、、、尻の毛を一本一本抜かれるのが、、、好きだったらしい。彼はのちにその反動から毛をなくす薬剤を開発し、高貴な女性に受け、商人として財を築いたんだ。彼にはいろいろ助けられた。元気だろうか。酒を飲みすぎてないといいが、、、」


ゴードンは望郷の目で中空を眺めたのち、


「なるほど、勇音、状況がわかった」


ゴードンがキッと男たちをにらみつける。


「なんだよ、でかぶつ。不細工はひっこんでろ」

「ふむ、確かに私の顔はロッテンバッハの遺物の壁画に似ていると良く馬鹿にされたものだ。しかしだ!!心まではお前たちのように歪んではおらん。女が欲しいならば!!、、、あ、欲しいって、ちがう、、そうではなく、、、あれだ、なんだ、チョメチョメしたいなら、己の力・財・誇りで女を惚れさせてみろ!!」


ゴードンが雷のように吠えると、恐れた犬のように、男どもは「うるせーーー!」と、反射的にゴードンに殴りかかってきた。

彼らも対抗したくて手が出たわけではないだろう、あれは防衛本能だ。


が、その反撃は一瞬であった。


ゴードンは持っていたポッポコーンを1粒づつ男どもに投げつけた。


ばーーーーん。


その軽い質量からは考えられないような音があたりに響き、男たちは額を赤くして、いわゆる「へそ天」の恰好でくたばった。


「あああ、ババに怒られる!食べ物を粗末にしてしまった」


そういってゴードンは丁寧に1粒づつポップコーンを拾って口に入れる。


「、、、、汚な、、、、」


そこで汚いと言えるギャルは、なかなか肝が据わっていると勇音は思った。


☆☆☆


「ラーメンはいつ食っても旨いな!ありがとう!」


まるでお茶碗をかきこむようにラーメンを食らうゴードン。


「、、、、いや、お礼だから」


と、顔を引きつらせながらギャル。

彼女は光石小百合みついしさゆりと名乗った。


「お前はそんなんで足りるのか、もっと食え、食わないと成長しないぞ」


ゴードンが発破をかけたのは、黒髪ボブ、背丈が小さく、右目の涙ぼくろが特徴的な少女。

名前は桜坂類さくらざかるいと言った。


類という少女は、三段に積まれたアイスを小さい舌でちろちろしながら、


「成長してるも~ん、胸とか」


と小さな声で言った。


「ん?なんか言ったか、ほれ食わないから声が小さいのだ」


と、ゴードンは自分の食い散らかしたラーメンを類に差し出す。


「くれるの?やったーありがとーございまーす」


と彼女は嬉しいのか嫌なのか分からない平坦な声で答える。


「君たち、聖ルカリー中学なんだって?」


と勇音が場をまとめる。


「そうなんです!3年!てかおにーさんイケメンすぎない?これから遊ぼうよ」


ギャルの小百合が乗り出して言う。


「いやいや、もう帰るところだから」

「なーんだ、残念。お兄さんはいくつなの?」

「同い年だね」

「え、マジ??おとなっぽ。連絡先交換しよーよ」


勇音は逡巡したが、ゴードンが関わっているため一応連絡先を交換した方が良いと判断した。


「やりー、今度絶対遊ぼうね。ほら、類、寮に帰ろ。夕方のわんにゃんカーニバル見ないと」


それは国営放送で流している動物番組だった。

存外、まじめなものを見ているのだと勇音は思った。


類は友人に肩を突かれたが、ラーメンに夢中であった。

短い髪を耳にかけ、その耳にはピアスがごてごてしていた。

類は麺を啜らず、れんげにミニラーメンを作りちびちびと食いながら、


「まだ子どもが食べてるとちゅーでしょーがーー」


と気の抜けたことを言っている。


「あんたよくあんな化物、、、いや、ガタイのいい男の人の食ったもの食えるね、、、」


小百合はまだ若干おびえながら、


「とにかく、そっちのおにーさん、またねーー」


と、類を引きづって逃げるように去っていった。


「今回は警察も呼ばれず、ごはんもおごってもらってよかった」


とゴードンは類が残したラーメンを一息に食いながら言った。


☆☆


「ねねね、類。絡まれたのは最悪だったけど、めっちゃイケメンと出会えてラッキーだったね。寮抜け出したかいあったわ」


聖ルカリー中学校の寮に向かう、帰りのバスの中であった。


「あれで金持ちの息子だったらなおよし」

「そーお?わたしはねぇ、あっちのおっきい人がいいなーー」

「あんたまじで言ってんの?ゴリラを超えた存在じゃん、マナティーだよマナティー」

「小百合ちゃん馬鹿すぎー。それを言うならイエティでしょー」

「あんた、ほんと辛辣ね、友達やめようかな」


名前:桜坂類さくらざかるい

年齢:15歳

体形:身長147センチ、45キロ

チャームポイント:右目の涙ぼくろ

誕生日:1月8日生まれ、やぎ座

住所:聖ルカリー中学校学生寮


「あの人、名前勇音って言うんだって、かっこよ」


と、小百合は交換した連絡先を見て言う。


「大男の方はなんだっけ、ゴンドー?」


類は煽情的にチロリと舌を出して、


「近藤くんだよ、二度目ましてーってかんじ」

「二度目?あんたあんなのに会ったことあったの?道理であんな化物見ても落ち着いてるわけだわ」


類は友達の言葉など意に介さず、流れ去るバスの外の景色を見ていた。


「もうすぐまた会えるねー、近藤君。だーれにもわたさないよ。間接キスしちゃったし」


大きな丸い瞳が細く、徐々に鋭くなっていった。























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