第一片 舞い降りた花弁

 空は雲が少なく晴れていた。

 眩しい程に光が降り注ぎ、やや暖かい温度。


 それとは裏腹の雨が好きな私は雨が降らないかと無謀な願いで眉間にシワを寄せ、一向に空を睨むように見つめていた。


 見上げながら歩いていると、何やら大きいものが空の青さを覆い隠した。


 その儚げなものに気を取られた私は、一目でそれが何か分かった。

 おそらく多くの人が一目で分かるであろうそれは、とても大きい。


 いつも通る道に木は沢山あれど、こんなに大きな木は見たことなどない。

 その木の美しさに圧巻され、思わず立ち止まる。


 なんだかとてつもなく儚いような、そんな感じがした。

 「そりゃ桜だし儚くて当然だろ…!」と軽く心の中でツッコミを入れながらも、これでもかってくらいに桜を眺めてい―


「お姉さん、何してるの?」


 不意に知らない少年の声が聞こえた。


(何その声可愛いかよ。正直、タイプです。)

 とはいっても、見た目が好みかは知らない。


 (だって見てないもん…!今もずっと桜見上げてるもん…!)


 正直、そろそろ首が唸る頃だ。



「…あのお。」


 なんの反応も見せずに桜の木を見上げているからか、少年は再び声を掛けてきた。

 しかし、私は素知らぬ顔で、一向に石の如く動かぬ首のまま桜を見上げ続ける。


 その最中、私の脳内はというと…

(…だだだだだって!!こんなかわよい声初めて聞くし…!!

 何この声!?甘いプリンとそれに乗っかったクリームを同時に食べてるみたいな…弱弱しいはずが声自体は当にプリンの厚みで目覚ましい声なんだが…!?♡


 …正直動揺してます。

 それに、!私に声を掛けてるという確証がないし、?いやあるんだけど、ここまでずっとショタの方を向かずしてそれを突き通したなら最後まで突き通したい…的な、?!)


 …めちゃくちゃパニクっていた。


 私は、人の姿や声、何かしらの感触などを食べ物に例える癖がある。

 ここでは「甘いプリン」だとか「クリーム」だとかがその例である。


 これは誰にも伝わることがないと思われがちだが、唯一父親だけには伝わるのだ。


 私特有の表現はアニメの見過ぎによる想像力なのかもしれないし、それは原因の一欠に過ぎないのかもしれない。

 昔からアニメを見て育っているので、今は一応オタクと呼べる程の存在になっている。


 しかも!

 なんと偶然にも、最近見ているアニメの中でも、特にハマっている系統のキャラがショタであり、カワボである。


 おそらく隣に居るであろうその少年は、私の好みにドンピシャである。


「…子供は嫌い?」


 私が一人でくだらないプライドを突き通しながら内心動揺しているのを余所に、不安げな声で悲しげに訊かれた。

 その声を聴いた瞬間私は、普段自分が手を差し伸べなかった…あるいは差し伸べることのできなかった苦しい出来事を思い出した。


 …また見捨てるの?


 ふと自分に問いかける。


 そんなこと、もう二度とごめんだ。


 …こんなに勇気のない未熟な自分は大嫌いだ。

 いつも後悔ばかり。


 何もできない。


 誰も救えない。


 迷惑掛けてばかり。


 ……と、ついネガティブモードに入ってしまった。これは私の癖である。


(だったら…それで悩むのなら…今目の前にあるこの状況を変えなくちゃ…!負けるな私…!)


 長いようで短い数秒の中で決心する。

 心のなかでの発言は自分が思っているよりも短い時間に行われるものであるから不思議だ。


 自分を鼓舞しながら少年の声のする方へ振り向く。首の疲れは残りつつ緊張もしていたが、そんなことはどうでもいい程に少年は美しかった。


「…お姉さん、やっとこっちを見てくれたね。」


 少年の美しさに見惚れ、ぼーっと眺めて(観察して)いることしかできない私であった。

 が、少年はそんな私を見て、まるで花を慈しむような瞳で微笑んだ。

 その姿はどこか大人びているようにも感じられた。


 全体的に透明感のあるその少年の肌は白く艷やかで、春風で靡いた髪は、ふわふわと散りゆく桜の花弁のように感じた。


「えっと…可愛いね?」


「よく言われます!」


「ひぇ…!?」


 なんと言うべきか分からず、変に慌てて不審者になってしまった…。


 しかし少年は惹いたりせずに、寧ろ肯定して「ニカッ」っと笑って見せた。

 想定外の反応に驚愕した私は、うっかり奇声を上げてしまった。


 そうこうしていると、少年の口から「お姉さんも可愛いですよ…」とか出てきたんですけどこれどうしたらいいですか助けてください最高ですありがとうございます(早口)。


 しかも少し照れ臭そうに眼を背けている。更に頬が赤みがかっているのは気のせいだろうか。

 気のせいでなくては私が犯罪者になり兼ねないから困る。

 気恥ずかしくはあるが、素直に「ありがとう」と言い返すことにした。



 そして私は、早くも欲を口走った。




「髪の毛綺麗だね、触ってもいいかな?」





「いいですよ!」





 ……………………………………………………………………え?…いいの?





 私が戸惑うのと同時に、少年はサッと頭をこちらに傾けてきた。しかも上目遣い。



 まぁ、なんということでしょう…!


 可愛い少年の距離が近づき、更に上目遣いになることで

 少し距離のある所為でハッキリと見ることのできなかった可愛さがこんなふうに…!



 おっと聞き馴染みのあるbefore afterが…。


 このまま撫でなければいい話なのだが、フリーズしている私には(多分)一切気づかず、それはもうニッコニコで私に撫でられるのを心待ちにしているようだった。



(そんなん撫でるしかないだろぉおお…!!!!)

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